第51話 壊される距離

 ちらと後ろを伺うと、男子が三人。いつも心音ここねと一緒に居る……って、あれ、ちょっと待て。待て待て待て。

 今目の前にいるのは――


 やっぱり、心音ここねだった。あれ、なんで気付かなかったんだろ。おかしいな。顔は覚えていたはずだった。名前と顔、唯一一致したクラスメイトじゃなかったか?

 一致、してたよな。


「え~、ほんと~。嘘ついてんじゃないの~」


 なんか女子が一人増えた。


比奈ひな、止めなって、か、心奏かなで君が困ってるから……」

「え~、いいじゃん別に~、ねえ、雛沢ひなざわ


 知らん。


 何だこの状況。どうしてこんなに囲まれているんだ。前に二人、後ろに三人。包囲されている。逃がさないつもりか。悲鳴を上げたほうがいいんだろうか。

 少しだけ視線を巡らせてみれば、誰もこちらを気にするつもりはないらしい。なるほど、カツアゲと言うやつはこうやって黙認されるわけだ。


「え、ってかてか、じゃあ一緒に居たのって誰よ。あれか、レンタル彼女か?」

「ぶっ、雄二ゆうじお前、それはないって!」

「普通に兄弟とか従姉とかじゃねぇの?」

「馬鹿だなぁ水流つる、そんな感じじゃなかったって言ってんだろ?」


 雄二、とか言ったか。がたいのいい、恐らくはサッカー部の男はそんなことを言う。……口ぶりからすると、こいつが見てたのか? その上面白半分で噂を広げた犯人? 

 頭の中が煮え立つような感覚がして、血管が千切れるんじゃないかというほどに熱くなる。


「そーそー、一人はゴスロリコスプレだったしぃ」

「ちょ、ちょっと比奈!」

「なーにー、さっきから心音ここね。ほんとのことだしー」


 スプリングと一緒に居たのを見たのはこいつか。流石にどっちも同一人物だとは思っていなかったが、犯人が明らかに――


 ピースが埋まって、答えが薄っすらと見えた時、頭の中が真っ白になった。


 目撃者二人が一緒に居て、噂の中心にいて、こんな状況までも作り出して、ここ最近近づいて来ていて。誰だ、怪しい奴。いるじゃないか、目の前に。なんだ、つまりそういうことか。悪いのは全部、心音ここねということか。


 思わず振り上げそうになった拳を、すんでのところで抑え込む。待て、待つんだ、落ち着け。そうと決まったわけじゃない。偶然だ、そうに決まってる。そうじゃなきゃおかしいだろ、そうじゃなきゃ。

 そうじゃなきゃ、誰も信じられる人はいないということになる。そんな酷いことはあってはいけない。


「てかてか、聞けばよくね? なな、結局一緒に居たのは誰だったん?」


 雄二がそんなことを、また肩を組みながら聞いてくる。こいつはいちいち肩を組まない時が済まない質なのだろうか。いつかセクハラで捕まっちまえ。

 さて、この場をどうやった乗り越えたものか。少しだけ見渡してみるも、やはり助け船が出る気配はない。周りにいる他の四人も気になっているようで答えを待っているし。

 これがもし恋バナか何かのような感覚なのだとしたら勘弁願いたいところである。こちらとしては脅迫されているような感覚だ。


「あーいたいた、心奏かなで、付いてきなさい」


 そんな状況から解放してくれたのは我が双子、心羽みうだった。

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