第49話 見えない距離

「えっ? でも、行ったんですよね、遊園地」

「行きました」

「ティスニーランド?」

「そうです」

「彼女さんと一緒に行ったんですよね?」

「いや、行ってませんよ。彼女なんていませんし」

「あれれ?」


 いや、あれれじゃなくて。

 心奏かなで義弘よしひろ先生から質問攻めにあっていた。


「おかしいですね。私の耳には、心奏かなで君らしき人が遊園地で彼女らしき人と奇声を発していたという情報が流れて来たのですが」


 彼女と一緒に奇声? 何のことだ?

 と、考えそうになって止める。よくよく考えてみたらなるほど分かった。


「俺たちを見たその人がどう思ったかは知りませんが、一緒に居たのは家族ですし、楽しかった、って叫んだだけですよ? これが迷惑って言うんなら、そうなのかもしれませんが」

「楽しすぎて、思わず大声を出しちゃった、と?」

「まあ、そんな感じです」


 今思い返してみれば確かに恥ずかしいことだったし、近寄りがたい何かになってしまっていたかもしれないが、そんな迷惑と言うわけでもないと思う。それとも一般的には迷惑なのだろうか。


「うぅ、それは答えに困りますね。先生、楽しんでいることを否定するつもりは全くありません。それに不順異性交遊だとかなんだとか、そういう感じだったと聞いていたのですが、家族さんと行ったんですよね?」

「はい」

「カップルで入ることが多いお化け屋敷とか、観覧車に乗っていたという話は」

「本当ですけど、家族でも乗ったら悪いってことはないですよね。何なら本人を呼んできましょうか?」


 なんと言う言いがかりだ。というか、どれだけ観察していたんだその目撃者。ストーカーだろ普通に。


「い、いえ、結構です。先生、雛沢ひなざわ君は嘘を付かないって信じてます」

「でも、遊園地で迷惑をかけたとは思ってたんですよね?」

「うっ……だ、だって先生は、私の生徒は誰も嘘つかないって信じてますから」


 気まずげに目を逸らしながら言う義弘先生を見て、心奏かなではこの人も被害者なのかと思い直す。


 もし、目撃者が悪意なく告げ口したのだとしたら勘違いで終わりだが、悪意がなくてわざわざそんな告げ口をするだろうか。万一心奏かなでに彼女がいて、それで遊園地に行くことは何ら不思議な事ではないはずだ。


雛沢ひなざわ君、不快な思いをさせてしまったならごめんなさい。先生、雛沢ひなざわ君はちょっぴり常識が足りない子だと思っていたので。あ、何かするとしても悪気が無いというのは分かっていますよ?」

「先生、それ悪気なく言っているんだとしたら先生も先生です」

「へっ?」


 おい、この先生やばいぞ。流石は心美ぴゅあなんて命名されているだけあって天然らしい。名は体を表すとはこのことだな。


「と、とにかくごめんなさい。でしたら、ゲームのイベントにレンタル彼女を雇って、その上コスプレオプションを頼んで遊びに行ったというのも、何かの勘違いなんですよね?」


 ゲームのイベントに、レンタル彼女、コスプレオプション……って、スプリングのことか。色々と酷い見方をされているらしい。


「普通に友達と遊びに行っただけですよ。コスプレは……気まぐれらしいです」

「そうですか、良かったです。先生、雛沢ひなざわ君が校外では女の子をとっかえ引っ返している危ない子かと思ってしまうところでした」


 嬉しそうな笑顔で言うのを見るに、かなりひどいことを言っている自覚はないらしい。少なからず全く信用がないことは分かった。


 まあ、友達が少ないこと、社交性がないことはそれ即ち信頼と味方が不足しているということなのだろう。改めて、身の振り方には気を配ったほうがいいなと思う心奏かなでであった。

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