第48話 知れる距離

 火曜日の朝礼前。ふと気になって、心奏かなではクラス内の会話に耳を澄ました。

 今日も心音ここねはクラスメイト達に囲まれていて話し掛けられそうになれなかったのだが、どうせならどんなことを話しているのか知っておこうと思った。そうすればそれを取っかかりに話し掛けることも出来るかもと思ったからだ。


「なあなあ、こいつこの前空振りして失点したんだぜ!」

「ちょ、おい言うなって言っただろ!」

「んだよ、お前が悪いんだろうが!」

「マジかよお前~」

「ちょいちょい、いじめてあげるなって~、ねえ、心音ここね

「う、うん、やめなよ、嫌がってるよ?」

「いいっていいって、いつものことだから!」


 会話の内容から察して、三人いる男子のうちの二人がサッカー部なのだろう。そこに女子が一人と、心音ここねの五人で話しているようだ。なんか、似たような会話を最近聞いた気がする。確かクラス会の時だったか。


「いじられキャラってやつか」


 嫌がっている様子は見えるが、必死の抵抗をするわけでもなく、半ばそれを受け入れた様子の男子が一人。サッカー部のようで、同じサッカー部の男子にいじられているんだろう。

 他の二人がそれを助長して、心音ここねが控えめに宥めるのがお決まりってところか。


 この光景のことを、強気な方のサッカー部もそうだが、心音ここねも前にいつものことと言っていた。

 いつものことなら、いいのだろうか。


 昼休み。また一人でお弁当を食べているところに、クラスの誰かが声をかけて来た。はて、何か用だろうか。


雛沢ひなざわさん、ちょっといいかな」

「ん? どうかした?」


 量産的な顔をした、特徴的なもののない女子生徒。

 最近になってようやく、こういう表現が不適切だって本心から思えるようになってきた。それでもやはり人の顔を覚えるのは苦手だ。まだ、大抵の人の顔にはもやがかかり、声にはノイズが入る。


心美ぴゅあ先生が呼んでたよ。職員室に来てくれって」

「俺を? 分かった、行ってくる」


 お弁当を仕舞って立ち上がり、教室を出る。その過程で廊下側に席のある心音ここねの近くを通る。一瞬、視線を感じたような気がした。


「ん?」


 振り返って見ると、誰もこちらを見ていない。それもそうか。


 普段から視線に敏感になりすぎている。いつでも誰かに見られているような気がするからか、実際に誰かに見られると、見られた場所に針が刺さったような感覚が走る時がある。滅多にないが、たまにある。

 右頬に刺さった数本の針に、持ち主はいたのだろうか。


 やってきた職員室。扉を開いて義弘よしひろ先生の名前を呼ぶと返事があったので中に入る。見渡してみると、特徴的な低身長がすぐに目に留まった。そこにいたのか。


雛沢ひなざわ君、来てくれてありがとうございます。ちょっとお聞きしたいことがあるんです。一先ずこちらに座ってください」


 長話の予定なのだろうか。義弘よしひろ先生は壁に掛けてあったパイプ椅子を広げてそう言った。

 心奏かなでが従順に席に着くと、義弘先生も同じく座った。


「それではお聞きします。先日遊園地に行ったというのは本当のことですか?」

「遊園地? ……行きましたね」


 もしかしてこの学校の校則には遊園地に行ってはいけないという項目があるのだろうか。


「本当でしたか……では、そこで他のお客さんに迷惑をかけたというのは本当のことですか?」

「身に覚えがありませんね」

「そうですか、やはり……えっ、無いんですか?」

「ないですが?」


 今この人、迷惑をかけた前提で話をしていたよな。

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