第44話 お土産

「よしっ、結構買えたわね」

「こんなにいるか? 買い過ぎなんじゃないか?」

「何言ってるのよ、せっかく来たんだし、たくさん買えれば買えるだけいいのよ」


 その理屈はよく分からなかったが、お金を払うのは心羽みうなので気にしないことにする。


「そういう心奏かなでは何も買わなくていいの?」

「思い出が、あるからな」

「透かした顔で何言ってんのよ、似合わないわよ」

「知ってるよ」

「不貞腐れないでよ……」


 別に不貞腐れてなんてない。こんなセリフが全く似合わないことくらい分かってるんだ。ああ、まったく不貞腐れてなんてない。


「あ、そうだ。これを聞こうと思ってたのよね」

「ん? なんだ?」


 両手いっぱいにお土産を抱えた心羽みうが聞いてくる。


「今日、楽しかった?」

「いきなりだな。まあ、どうだろうな。よく分からない」


 詰らないなんてことは無かったはずだ。面白いと言ってしまったら、その言葉が安っぽく聞こえてしまいそうな気がした。そんな風に考えていると、溜息が聞こえた。楽しいかどうかも分からないなんてやはり呆れられるよな、と思って心羽みうを見ればその口元は仕方ないなと言わんばかりに弧を描いていた。


「どうせそんなことを言うだろうと思っていたわよ」

「……じゃあ、なんで聞いたんだよ」

「あんた、昨日心梛ここなにクラス会は楽しかったかって聞かれた時も、似たようなことを言っていたわね」

「そう、だったか?」

「ええ、はっきりと。よく分からない、って。そんなあんたに、いいことを教えてあげるわ」


 心羽みうはそう言ってにやりと笑うと、荷物をその場に置いて両手を上げた。何事かと見ていると、大きく息を吸ってから叫んだ。


「楽しかったーっ!」

「ちょ、急にどうした!」


 いきなり叫び出した心羽みうに周囲の人達の視線が集まるのがよく分かる。と言うか当然だ。皆これから帰ろうって人が集まっているその中で大声を上げるとか何考えてんだ。

 そんな俺の動揺が伝わってか、心羽みうは悪戯を成功させた子どものような顔を浮かべて言った。


「ほら、あんたも一緒に言いなさい。私だけに恥ずかしい思いさせるわけ?」

「は、恥ずかしいなら止めろよ!」

「ばーか。今更後戻りはできないわよ。ほら、一緒に言いなさい」


 な、なんだってんだ? はしゃぎすぎて気でも狂ったのかと思っていると、心羽みうはもう一度叫び出す。


「楽しかったーっ!」


 心羽みうの顔を見てみると、嫉妬するほどに綺麗な造形で笑みを彩っていた。楽しいからこっちにおいでと、そんな風に手招きしているように見えた。


「た、楽しかったー?」

「もっと大きく!」

「楽しかったーっ」

「もっと心から!」

「た、楽しかったーっ!」

「楽しかったぁーっ!」

「楽しかったあぁっー!」

「楽しかったああぁぁっっ!!」


 一際大きく心羽みうが叫んだ頃、心奏かなでの心は大きく跳ねていた。体験したことないような高揚とか、味わったことのない興奮に包まれるような。体が熱いのはたぶん羞恥もあっただろうけど、それでも何か。

 すっげ―楽しい気がする。


「「楽しかったああああああああぁぁぁぁぁっっっっーーーー!!!」」


 その日遊園地に響いた叫びは、とっても可愛らしい恋人が大声を上げていたという噂と共にしばらくその日の雰囲気を纏い続けた。


 思わず、誰もが楽しいなんて勘違いしてしまうような、素敵な土産話だった。

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