第43話 観覧車

 遊園地にあるアトラクションの半分ほどを回ったら、既に日が暮れる直前だった。


「本当はもっと回りたいけど……仕方ないわね。最後にあれに乗りましょうか」

「観覧車か? 分かった」


 良かった。もう絶叫系はこりごりだったのだ。

 

 向かってみると、観覧車は意外と空いていた。心奏かなでたちの前にいるのは男女のペアが三組くらいか。って。


「おい、これなんかカップルで乗るやつなんじゃないか?」

「そうね。恋愛成就の噂があるって話よ」

「何で連れて来たんだよ……」


 何なのだ。お化け屋敷といい、心羽みうは暗に好きだとでも言いたいのだろうか。兄弟で恋愛する気は微塵もないぞ。


「なによ、不満? 一度くらい乗ってみたっていいじゃない。カップルじゃなきゃ乗っちゃ駄目ってわけでもないんだし」

「いやまあ、それはそうだけど。どうせなら俺じゃなくて彼氏と来いよ」

「ばーか、いたら来てるっての。いいじゃない、お互い予行演習ってことで」

「俺の場合、当分本番は来なさそうだけどな」

 

 むしろ一生来ないのではないだろうか。恋人どころかまともに友人もいないというのに。


「……なるほど、これは苦労しそうね」

「今更だ」

「ああ、そういう意味じゃないんだけど。まあいいわ、さ、次私たちの番よ」


 気付けば順番が回って来ていた。心羽みうに手を引かれて観覧車に乗り込む。

 傍から見れば、恋人に見えているのだろうか。見えているとしたら、心羽みうはどんな風に思っているのだろうか。


 俺も、どう思っているんだろうか。


 少なからず心奏かなでは嫌だとは思っていなかった。

 身内とはいえ誰かの憧れの的の相手と仲睦まじげに見えているのなら、ある意味では誇らしいことだからな。有名人と会ったことがあったら誰かに自慢したくなるような、そんな感覚である。

 少しおかしい自覚はある。


 そんな考え事をしていると、観覧車は既に頂上付近にいた。心羽みうを見てみれば静かに窓の外を眺めるばかり。食い入るように見るわけでも、心奏かなでに話しかけるでもなくぼんやりと景色を見ているようだ。


「なにか見えるのか?」

「ん? 別にー。ただ、ゆったりするのもいいわねぇ、って。絶叫系とかホラーもいいけど、やっぱり最後はこういうのに限るわ。何て言うか、興奮してた体がいい感じに整う気がするのよね」

「それ、おじさんがサウナに入る時のセリフだぞ」

「ほんっとうに減らず口ね。いいじゃない、せっかく人が楽しんでんのに水を差すんじゃないわよ」

「サウナだけにってか?」

「そうそうサウナストーンに水をかけて水蒸気を、って違うわよ。てかよくロウリュなんて知ってたわね」


 おお、良い乗り突っ込みだ。ちなみにロウリュを知っていたのに驚いたのはこちらもだ。本当にサウナが好きだったりするのだろうか。確かフィンランド式のサウナだったか。名前は心羽みうが言うまで忘れていたくらいのうろ覚えだった。


「って、もう終わっちゃうじゃない」

「面白かったし、いいじゃないか」

「あんたが楽しんでたのは私の乗り突っ込みでしょうが」

「そうかもな。面白かった」

「はいはい、お土産買って帰るわよ」

「分かった」


 どうせ荷物持たされるんだろうなと思いながら、遊園地に遊びに来るのもたまには悪くないなと思う心奏かなでだった。

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