墓地の妖精 1

 夜の墓地が怖いのは、世界が違えど共通の事実です。


 ……うぅ、なんか出そう……。


 週末の土曜日の夜。

 わたしは、アレクサンダー様と、そして当然のようにくっついてきたお兄様と三人で、王都の南にある墓地に訪れていた。

 お兄様から聞いた情報をアレクサンダー様に伝えたところ、次の休みにすぐに確認に行くことになったのだ。


 アレクサンダー様の中でわたしはすでに「アグネスを目覚めさせる仲間」認識されているのだろう。わたしが一緒に行くことは、わざわざ口に出さなくても決定事項のようだった。

 そして当然、「ついて行く」宣言をしたお兄様も一緒である。


 一応「婚約者を夜に、それも他の男と出歩かせるわけにはいかないだろう」というのが名目だ。さすがにそう言われると、アレクサンダー様も反論できなかったらしい。

 平日の門限は厳しいが、土日は学生が自宅に帰ったりするので、申請を出せば夜に出かけることも可能だ。何故なら貴族であるわたしたちは、社交という切っても切り離せない仕事がある。

 今は社交シーズンではないが、社交シーズンになると、パーティーとかで夜に出かけなければならなくなるので、あまり厳しい規律にはできないのだ。


 ……さて、お兄様の妖精情報が本当かどうかは知らないけど、今日、どこかのタイミングで、「拾った」とか言ってうまい具合に「光の妖精の翅の鱗粉」を渡せないかしら?


 わたしはもちろん、ハイライドからもらった鱗粉を持って来ている。

 墓地の妖精が光の妖精だとは限らないし、光の妖精だったとしてもあっさり鱗粉を渡してくれるとは思えない。ハイライドも渋っていたし、あまり安易に渡してはならないものなのだろう。


 ……それにしても、怖いよう!


 わたしはひしっとお兄様の腕にしがみついた。

 時折通り過ぎていく風の音が、お化けの声みたいに聞こえる。


 この国の墓石って十字架なのよ。十字架が、いっぱい並んでるの! 普通の墓石も怖いけど、こう、十字架が並んでいると、前世で見たヴァンパイアものの映画を思い出して背筋がぞわぞわしてくるのよね。


 今週の補講でポイントを合計五ポイントゲットしたから、レベルが上がらないかとレベルに全部振り分けてみたけれど、レベル二から三に上がるには五ポイントでは足りなかったらしい。

 つまり、今のわたし個人の戦力は、ファイアーボール二発分。お化けが出ると仮定して、この戦力はあまりに心もとない。だから絶対にお兄様から離れないようにしないと!


「マリア、さすがに墓地で誘惑されるとおにいちゃま困っちゃうよ」

「誘惑してません! 怖がってるんです!」


 まったくもう! お兄様ってばすぐそうやって揶揄うんだから!

 だけど、いつも通りのお兄様にわたしはホッとする。


「マリア、ジークハルトは迷惑なようだ。怖いなら私の側にいればいい」


 ……よくわかんないけど、いつも間にかアレクサンダー様のわたしの呼び方がフルネームから「マリア」に変わったわね。毎回フルネームで呼ばれるよりよほどいいから、わたしとしてはありがたいけどね!


 そうか、お兄様はわたしにくっつかれて迷惑だったのかと離れようとしたわたしだったけれど、アレクサンダー様の背後に隠れようとする前にお兄様に手を取られて引き寄せられた。


「アレクサンダー、勝手に私の気持ちを代弁しないでくれないか。私はちっとも迷惑なんてしていない。むしろマリアの豊満でふわふわな胸が腕に当たって大変気分がいいんだ。邪魔をしないでくれ」


 ……お兄様、そんなことを言われると、余計に離れたくなります。


 急に恥ずかしくなってそーっと逃げようとしたら、さっきよりも強く引き寄せられてしまった。

 アレクサンダー様があきれ顔でお兄様を睨む。


「ジークハルト、君はもう少し言葉を選んだ方がいい。女性の胸のことについて、口に出してとやかく言うのはマナー違反だ」

「アレクサンダー、以前も言ったが私は一学年先輩なのだから、先輩とつけたまえよ」


 ……なんか、お兄様とアレクサンダー様の間にバチバチと火花の幻覚が見えるような。気のせいかしら? そしてお兄様、アレクサンダー様がおっしゃる通り、女性の胸について発言するのはマナー違反ですよ。いくらわたしでも恥ずかしいんです。


 夜なので墓地の中は真っ暗なんだけど、お兄様とアレクサンダー様がそれぞれ火魔法で灯りをともしてくれているから、わたしたちの周りはとても明るい。

 お兄様とアレクサンダー様に挟まれながら、わたしはゆっくりと墓地の奥へと向かう。


 ……本当にここに妖精がいるのかしら? お兄様が仕入れた情報だから、それなりに信憑性があるとは思うけど、妖精ってそもそも、そんなにたくさん人間の世界に来ていないはずよね。


 ノルンの森を経由しなければやって来られないため、人間の世界に紛れ込んでいるにしても、多くはいないはずだ。そう都合よくほいほい見つかるだろうか。……ハイライドは都合よく見つかったけどね。


「それにしても、ここに本当に妖精がいるのか?」


 アレクサンダー様が周囲に視線を走らせながら怪訝そうに眉を寄せる。


「この近くの教会の人間が、夜にそれらしいものを見たと言っているそうだ。それも一度や二度ではなく、何度もな。司祭経由で国に調査依頼をしたそうだが、取り合ってもらえなかったと聞いた」


 ……お兄様って、情報通よね。


 お兄様にはお兄様独自の情報網があるみたいで、いろいろなことを知っている。お兄様の持つ情報の中には、例えばどこそこの大臣が不倫しているなどというどうでもいいものも多いのだが、その情報の信憑性は結構高い。

 つまり、この墓地に光の妖精がいるかどうかはさておき、妖精もしくはそれと見まがう何かがいる可能性は高いと判断すべきだ。


「気になったから、我が家の人間を遣わして確認させようと思っていたところだったんだが、アレクサンダーが妖精を探していると聞いたものでね、わざわざ情報を進呈してあげたのだよ」


 恩着せがましく言われて、アレクサンダー様が鼻に皺を寄せた。


「それは、わざわざすまないな」

「いやいや、気にしないでくれ。いつまでも可愛い妹を引っ張りまわされたらかなわないからね。これはむしろ私の都合だよ」


 ……なんか、お兄様とアレクサンダー様から冷気が漂ってくる気がするわ。寒っ!


 この二人、仲はそれほど悪くなかったはずなのに、なんだか険悪なムードが漂っている気がする。喧嘩でもしたのかしら? そうだとしても、わたしを巻き込まないでほしいわ。怖いから。

 お兄様とアレクサンダー様に挟まれていると心臓が縮みあがりそうだ。

 わたしはさっさと妖精を見つけて、タイミングを見て手元にあるハイライドの鱗粉を拾ったように見せかけてアレクサンダー様に渡すべく、墓地の中に目を凝らす。


 ……妖精! どこにいるの、妖精~! さっさと出てきなさいよ~! あれ、でも、妖精が本当にいたとして……お兄様たち、妖精の姿が見えるのかしら?


 そこでわたしはふと、妖精の姿はお兄様たちに見えるのかしらという事実に気が付いた。

 妖精は、「資格持ち」の人間にしか見えない。

 そして、ハイライドが売られていたとき、お兄様の目にはハイライドはカナリアにしか見えなかった。

 つまり、お兄様は「資格持ち」ではないのだ。

 アレクサンダー様も「資格持ち」ではないだろう。ゲーム「ブルーメ」で、ヒロインと共にノルンの森を訪れた時、アレクサンダー様の目にはハイライドは見えなかった。


「……おかしいわ」


 急に不安を覚えてきて、わたしは足を止めた。


「どうしたんだ? どこか具合でも」


 アレクサンダー様が心配そうに訊ねてくる。


 ……アレクサンダー様に心配されるのは、なんか新鮮ね。ちょっと前のアレクサンダー様なら「君、具合が悪いなら帰りなさい。足手まといだ」くらいは言っていたはずだからである。やはり、わたしに仲間意識でも芽生えたのかしら? 「アグネスを目覚めさせ隊」の一号二号、な~んてね!


 って、ふざけたことを考えている場合ではなかった。


「お兄様、アレクサンダー様、わたし、気づいたことがあるのですけど……、妖精は、『資格持ち』にしか見えないんですよね? そして『資格持ち』は世の中のほんの一握りの人しかいませんよね? どうやって妖精を確認しますか? あと、この墓地で妖精を見たという人は、『資格持ち』なんでしょうか……」


 わたしの指摘に、お兄様とアレクサンダー様は揃って目を見開いた。


「……そうだったな」

「ああ。そう言えばそうだった。妖精なんて普通に生きていれば会うことなんてないから、すっかりその事実を失念していたな……」


 お兄様もアレクサンダー様も、「資格持ち」について忘れていたらしい。

 お兄様がぽん、とわたしの頭に手を置いた。


「マリア、お手柄だ。お前にしては素晴らしい閃きだよ。……この墓地にいるのは、妖精じゃない」


 ……ですよね~!


 そして、ここにいるのが妖精ではない別の何かだと言うことは――うう、嫌な予感がぷんぷんします。

 だって墓地だからね! 墓地にいるものと言えば、だいたい相場が決まっているはずで――


「これはいいタイミングと言うべきか、悪いタイミングと言うべきか……お出ましのようだ」


 冷や汗をかくわたしの前に、アレクサンダー様が一歩足を踏み出す。


「やれやれ、私としたことが、この可能性を失念していたなんてね。マリアと結婚が決まってちょっと浮かれすぎていたかな」


 お兄様もわたしを背にかばうように一歩前に出た。

 悲鳴を上げなかったわたしを、誰か褒めてほしい。


 ――わたしたち三人を取り囲むように、闇よりもなお暗い何かの影が、陽炎のようにいくつも揺らめいているのが見えた。



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