デートと妖精 6
お兄様と手を繋いで南の広場に行くと、市場が立っているだけあって人でごった返していた。
白いテントがいくつも張られていて、その下に畳一畳分から二畳分くらいの店が所狭しと並んでいる。
扱う商品で店の場所が分けられているようで、雑然としていながらもまとまりがある。
「さすがに人が多いな。マリア、迷子にならないように気を付けるんだよ」
「はい」
「おや、今日はやけに素直だね。てっきり、『わたしは子供ではありませんプンプン』とか言い出すと思ったんだが」
お兄様、いくらわたしがおバカさんでも、「プンプン」なんて口に出して言いませんよ。
そして、今のわたしは歩く金塊のようなものなので、お兄様にしっかりとくっついておくんです。迷子になったりしたら、攫われて外国に売られちゃうから‼
ぎゅうっとお兄様の腕にしがみつくと、お兄様がちょっぴり複雑そうな顔でわたしを見下ろした。
「マリア、ぎゅっと抱き着いてくれるのは嬉しいんだが、そんなに胸を押し付けられると、おにいちゃまはいけない気持ちになってしまうよ。お前、胸が大きいからねえ」
「お兄様そういうことは口に出して言ったりしたらダメなんです!」
恥ずかしい発言をしたお兄様ではなくわたしの方が真っ赤になってしまう。
しかし、離れるのは怖い。でも、お兄様に指摘されてなおしがみついたままでいるのは恥ずかしい。
うーっと赤い顔で唸っていると、お兄様が「ははっ」と笑いだした。
「困った子だねえ。そんなにぎゅっとしがみつかなくても、おにいちゃまはお前を離したりしないよ。こうして手を繋いでおけば大丈夫だ」
お兄様が指同士を組み合わせる恋人つなぎでわたしの手を繋いでくれる。
……ちょ! わたし的には、お兄様にしがみつくよりこっちの方が恥ずかしいです‼
人生初(前世含む)恋人つなぎ‼
なにこれなにこれ! ぴたっと手のひらが密着するんだけど! 恥ずかしい恥ずかしい、でもなんだか、普通に手を繋ぐよりほどけにくそうな感じが安心する!
照れるわたしに対して、お兄様は平然としたもので、わたしの手を引いて歩き出す。
「さてマリア、何を見たい?」
「そ、そうですね。食べ物などは買っても持ち歩くのに困るでしょうから、雑貨類が見たいです」
「なるほど、ではこちら側だな」
広場には立て看板があって、そこに市の見取り図が張り出されていた。
お兄様は見取り図を確かめると、雑貨類を扱う店が並んでいる方に向かう。
雑貨と言っても、店によって扱っている商品は様々だ。
可愛らしいリボンや髪飾りを並べている店もあれば、異国の民族衣装を並べている店もある。
……見ているだけでも面白いわね!
ちょっとだけ、お祭りのような気分になる。
お祭りで屋台を見て回るのもこんな気持ちだ。
気になったお店を一軒一軒見て回っていると、遠くから「あら~」という野太い声が聞こえてきた。
……この、野太いおネエ声は、ものすごく聞き覚えがありますよ。
顔を上げると、やっぱりいた!
白いピチピチのシャツの上からふりふりのエプロンを身に着けたリック――リッチーが、片手を振りながらおネエ走りでこちらに駆けてくる。
「…………マリア、知り合いか?」
さすがのお兄様も、リッチーの出で立ちには度肝を抜かれたらしい。
スキンヘッドにふりふりエプロンの厳ついおっさんに、目をぱちくりとさせていた。
……というか、リッチー、すごいわ。人がよけていく。
市はとても人が多くて、到底、あんなにブンブンと手を振って走れないはずなのに、リッチーの周りにいた人が次々と脇によけていくせいで、彼の行く先に妙な空白の道ができていた。その空白の道がまっすぐにわたしたちのところまで伸びていることに泣きそうになる。
……なんか嫌! 同類って思われたくない! リッチー、せめて時と場所を選んで! 服装には、TPOが大切なんです‼
せめてあのふりふりエプロンを脱げばいいのに、なぜそれを身につけている⁉
しかしリッチーはすでにわたしをロックオンしているので、逃げることもできないだろう。逃げようとしたが最後「マリアちゃんどこに行くの~」と、わたしの名前が、リッチーの野太い声でこの市場中に響き渡るのだ。それだけは絶対いやああ!
「マリア、知り合いか?」
お兄様が、再度同じ問いを口にする。
「ほ、ほほほ、ほほほほほ、そ、そ、そのようですわね~」
「そうか。……お兄様は、お前の交友関係についていちいち口出しするような狭量な男にはなりたくないが、友達は選んだ方がいいと思うとだけ忠告しておこう」
ええ、そうでしょうとも!
リッチーのせいで滅茶苦茶注目を浴びる結果になったわたしは、その言葉が痛いほど身に沁みましたよ。
というか、リッチーは店の外でもこうなのね。侯爵家の次男なのに。アレクサンダー様の、叔父なのに。大丈夫なのか、これ。
アレクサンダー様はわたしのことをとやかく言う前に、自分の叔父を何とかすべきじゃあないかしら。他人よりまず身内でしょう!
「こんなところで会うなんて奇遇ねえマリアちゃん♡ うふふ、今日が例のデートの日なのね! いい男じゃな~い!」
「あ、ありがとうリッチー。ええっと、リッチー、こちらは、わ、わ、わ、わたしの婚約者のジークハルト様です。お兄様、こちら、雑貨屋リーベの店主で、アレクサンダー様の叔父様でもある、リックさんです」
「リッチーって呼んでね♡ あたしもジークちゃんって呼ぶわ♡」
「…………アレクサンダーの、叔父だって?」
お兄様は「リッチーって呼んでね♡ あたしもジークちゃんって呼ぶわ♡」というリッチーの言葉をまるっと無視して茫然とつぶやいた。
あ、お兄様が笑顔のまま固まった。お兄様が思考放棄したそうな顔をしているわ。お兄様のこんな顔、超レアね! 見たことがないもの!
「それにしても、恋人のことをお兄様って呼ぶなんて、うふふふふ、なんだか背徳感がある感じがしてとっても素敵ね! ぞくぞくしちゃう♡」
……なるほど、背徳感って、素敵なんだ~。
リッチーは茶化しているけど、高位貴族出身なのだ。我がアラトルソワ公爵家の事情も知っているだろうから、わたしとお兄様が兄妹として育った従兄妹同士だというのは知っているだろう。なので、いちいち説明はしない。
「それでリッチーはどうしてここに? お店は?」
「お店はアレクちゃんに押し付けて買い物に来ちゃった♡」
……え⁉ アレクサンダー様に店番をさせてるの⁉
リッチーは微笑んだまま、頬に手を当てて少しだけ困った顔をする。
「ほら、アグネスちゃんの件があるでしょう? あたしの方でもいろいろ探しているのよ。で、何かヒントになるものがないかしら~って、市場を見に来たってわけ! でも、お店をからっぽにできないから、アレクちゃんを呼び出して店番してもらってるの!」
……な、なるほど~。アレクサンダー様も、妹を目覚めさせるためにはあのお店の店番も辞さない覚悟なのね。
でも、大丈夫かしら?
あんな超イケメンが店番なんてしていたら、今頃、お店はお嬢様方が押しかけて大変なことになっているような……。
うん、想像するだけで怖いから考えないでおこうっと!
「マリア、アグネスとはアレクサンダーの妹のアグネス嬢のことか? 彼女がどうかしたのかい?」
リッチーのショックから回復したお兄様が、不思議そうに訊ねてくる。
「え、ええっと……お兄様、これは、ナルツィッセ公爵家の機密情報なんです!」
「お前はいつの間に、アレクサンダーとナルツィッセ公爵家の秘密を共有する仲になったんだい?」
いえ、別にそんな仲にはなってませんけどね!
成り行きで耳にしちゃっただけで!
だけどいちいち説明するのも長くなるし、説明するとなるとアグネスの話をまったくしないわけにもいかなくなるし……よし、流そう。
そう思ったのだが、賢いイケメンは簡単に流されてはくれなかった。
「マリア、お前は私というものがありながら、堂々と浮気をするつもりかい?」
「妙な言いがかりはつけないでくださいませっ」
浮気ってなんだ、浮気って!
そもそも、卒業前までに結婚相手を探せとかなんとか条件を付けてきたのはお兄様でしょう?
アレクサンダー様がわたしのお相手になることは天地がひっくり返ってもないでしょうけど、そんな条件を付けて来たお兄様に浮気がどうとかと責められたくはありませんよ!
「だが、秘密を共有する仲なのだろう?」
「それはその、成り行きというか……」
「マリアは成り行きで機密情報を共有するのかい?」
「い、いろいろありまして……」
「いろいろって?」
「い、いろいろはいろいろです」
「つまり、アレクサンダーと秘密を共有するような仲になったと、そう言うことだね」
「ち、違いますよ!」
「本当かな?」
「本当です! 信じてください!」
何故わたしは、必死になって浮気の弁明のようなことをしているのだろうか! 浮気なんて、してないのに!
「そうだねえ、その機密情報とやらを教えてくれたら、信じて上げなくもないかな。やましいことがないのならば、お兄様に共有できるはずだろう?」
「そ――」
そうですね、と頷きかけたわたしは慌てて首を横に振った。
いやいや、他人の機密情報をべらべら喋ったらダメでしょう!
一瞬、うっかり乗せられそうになっちゃったよ!
「お兄様、ナルツィッセ公爵家の機密情報なので、アレクサンダー様の許可がなければお教えできません」
「……ちっ」
あ、お兄様、舌打ちしたわね。浮気とか言ってわたしを脅せばあっさり吐くと、そう思っていたんでしょう? おあいにく様! マリアはそこまでおバカじゃないですよ!
わたしとお兄様がわいわい言い合いをしていると、リッチーが楽しそうにくすくすと笑う。
「あらあら、仲良しなのねえ」
リッチーの目にはこれが仲良くしているように見えるらしい。リッチーって、前から思っていたけど、目に変なフィルターがかかっているんじゃないかしら?
お兄様はわざとらしく傷ついた顔を作った。
「おにいちゃまはお前に秘密を作られてとっても悲しいよ。あんまり悲しくて、お前にとっても意地悪をしてしまいたくなるね」
ひぃ‼
よくわからないけど、お兄様の意地悪スイッチを押してしまったらしいです!
怖い! 怖いから、わたしはリッチーに話題を振って逃げることにする。
「そ、それで、何かいいものは見つかったの? リッチー」
リッチーは残念そうな顔で首を横に振る。
「それがぜーんぜん! これっぽっちも手掛かりになりそうなものはなかったわ。あ、ただ、面白いものはたくさん仕入れられたけどね☆ じゃーん! ほら見て? こっちの赤い瓶に入っている方は、ここからずーっと南の砂漠地帯の国で売られている惚れ薬らしくって~、こっちの黄色い小箱は~、好きな人の髪を入れて枕の下に置いて眠ると、その人の気持ちが自分に向くようになる呪いのアイテム……」
待て待て待て‼
思いっきり怪しいアイテムを手に入れてるじゃあないの‼
「へえ、面白いね」
って、お兄様も、何食いついてるの‼
ダメだ! リッチーとお兄様の組み合わせは、とっても危険な気配がするわ‼
お兄様がリッチーの扱う商品に興味を示す前に、とっとと引き離さないとヤバい!
「リッチー! あんまり長くお店を開けておくと、アレクサンダー様が不安だと思うの! お買い物が終わったなら、早く戻ってあげた方がいいわ!」
「確かにそうねえ~。もう、市場はざっと見て回ったし、そろそろ帰ろうかしら。じゃあマリアちゃん、ジークちゃん、デート楽しんでね~♡」
リッチーが「じゃーねー」と手を振りながら去っていく。
走っていなくても、リッチーが進む先は人がよけて通るらしい。すごいわね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます