赤く染まる山 1

 討伐が終わった後は自由時間だ。

 ほとんどの生徒は、お友達とお茶をしたりおしゃべりをしたり、近くの湖に遊びに行ったりしている。

 が、わたしを誘ってくれるような奇特な人は誰もいないので、わたしはひとり寂しく部屋でヴィルマとお茶をしていた。

 ヴィルマはわたしがどこにもいかないと言うと目を丸くして「今夜は雨でしょうか」なんて言い出してたけど、前世の記憶を取り戻してレベルアップしたわたしは、去年と同じ轍は踏まないんですよ!


 去年のわたしは第一王子ルーカス殿下がお友達と湖で釣りをして楽しんでいるところに乱入し、散々邪魔をした挙句に、湖にドボンと落ちて救出されるというとんでもない恥をさらした。

 前世の記憶を取り戻す前のわたしが今日のために水着を購入していたのは、去年湖に落ちて優しく救出してもらったことに味を占めて、それなら最初から湖に入ればいいと頓珍漢な考えを起こしたためだ。


 ……マリア、あんたの脳は本当に(頓珍漢な)恋愛脳ね!


 自分自身のことながら、わたしはマリア・アラトルソワという女の思考回路が恐ろしくなる。

 客観的にみれば、自分がとんでもなく傍迷惑で面倒くさい女であるとわかるはずなのに、何故その状況でも「わたしは誰からも愛される存在♡」なんて思えるのか不思議で仕方がない。

 際どい水着を着て溺れて助けてもらったあとに相手を悩殺しようとか、どうすればそのようなアホなことが考えられるのか!


「ああそう言えばお嬢様。お嬢様は魔物討伐の際に配られた地図が読めなくて迷子になりかけたらしいですね」

「ちょっと待てー‼」


 ヴィルマ、あんたその話をどこで聞いたの⁉ そして、わたしは迷子になってないわ‼ ちょっと反対の道に行きかけただけよ!


 昨日のことと言い今日のことと言い、これはもう、新入生の女の子のうちのどちらか、もしくは両方が言いふらしていると考えてよさそうだった。

 しかしどうして事実を悪い方へ悪い方へ湾曲して伝えるのだろう。悪意があるとしか思えない。まああるんだろうけどね。


 わたしがテーブルに突っ伏してしくしく泣いていると、ヴィルマが「まあまあ」と言いながらわたしの前にミルクティーを差し出した。


「甘めのミルクティーですよ。それからこちらはお嬢様が大好きなフロランタンです。それにしてもお嬢様。お嬢様はようやく恥を恥だと認識できるようになったんですね。ヴィルマは感動で涙がちょちょぎれそうです」

「……泣きまねはせめて偽の涙が出せるくらいになってすれば?」

「今はちょうど小道具(目薬)を切らしておりまして」


 ヴィルマはわたしを慰めたいのか、それとも揶揄って遊びたいのかいまいちわからない。

 しかし、ヴィルマはぼっちなわたしとお茶をしてくれる数少ない人間だ。多少の失礼には目をつむるよ。


「そう言えばお嬢様、ジークハルト様はどうなさったんですか?」

「お兄様は確かめたいことがあるってどこかに行ったわよ」

「確かめたいこと? 魔物討伐で何か問題でも?」

「問題なんて何もなかったわ」


 ええ、わたしがしょぼすぎるファイアーボールを放って大恥をかいた以外にはね‼

 お兄様もまさかわたしの魔法があそこまでしょぼいとは思っていなかったのだろう。さすがに驚いた顔をして、わたしを焚きつけたことを申し訳なさそうにしていた。

 お兄様にしてみれば、わたしのことを散々バカにしている新入生二人に、わたしがかっこいいところを見せる場面を作ろうとしてくれた違いない。まさか、よりバカにされる結果に終わるとは思わなかったのだろう。


 ……だって、初級魔法だもん。ああなるとは思わないよね?


 あれではお兄様もフォローのしようがなかっただろう。

 ごめんなさいお兄様。マリアはせっかくのお兄様のお膳立てを生かせませんでした。


「……ヴィルマ、あなた、魔法は得意よね?」

「もちろんですお嬢様。このヴィルマ、できないことなどありません!」


 できないことがない人間なんていないはずだが、このヴィルマは口は悪いが本当に有能なので、あながち嘘とも言えない。


 ……こいつ、魔法も物理攻撃も何でもござれだもんね。お仕着せの下に暗器とか隠し持っているし。


 ヴィルマは侍女だが、わたしの護衛も兼ねている。

 十歳くらいの頃、護衛をぞろぞろ引き連れて歩きたくないとわたしが駄々をこねたせいだ。

 わたしに甘いお父様はわたしの我儘を聞いて、護衛もできる侍女を雇ったのである。それがヴィルマだ。


「ヴィルマ。詠唱も間違っていないのに魔法がうまく使えないのは何でかしら?」

「魔力不足と鍛錬不足ですね」


 一刀両断されて、わたしはがっくりとうなだれる。うん、わたしにはその両方が当てはまるね。そりゃ、あんなしょぼいファイアーボールになるわけだわ。

 わたしはフロランタンをかじりながら、はあ、と嘆息する。


「まあまあお嬢様、オリエンテーションももう残すところ自由時間しかないのですから、そう落ち込まず気楽に過ごせばいいではないですか? 明日、学園に帰るまでもう何もないので、お嬢様が恥をかく場面もきっとありませんよ! きっと!」


 こいつ、「きっと」って二回言った‼

 わたしはムッとするも、怒るに怒れずに無言でフロランタンを食べる。


 ……そう言えば、去年は二日目の夜にルーカス殿下の部屋に夜這いに行こうとして失敗したんだったわ、うふふふふ……はあ。


 何故、前世の記憶が蘇るとともに、これまでの今世の記憶が消えなかったのだろう。


 記憶が消えてさえいてくれれば、こんなにも過去の自分の行いに泣きたくなったりはしなかったのに‼



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