sweet 11 本当の蒼都くん

 次の日の放課後。私はスマホを耳に当てながら帰り道を歩いていた。


「梨弦ー、明日の夕飯何がいい?」


 電話の相手は梨弦。

 明日は金曜日だから、バイトは休みなんだ。


「あ~、明日は俺が作るわ」

「え、部活は?」


 家について、私はカバンから鍵を取り出してガチャリと開ける。

 そして中に入った。


「顧問が出張らしくて明日は休み。ちょっと自主練して早めに帰る」

「そっか! りょーかいっ、じゃ、よろしくね~!」


 電話を切った瞬間、玄関のドアが開く音がした。


 それに気が付いた私は、後ろへ振り返る。

 すると、中途半端に脱いだローファーが滑った。


「わっ———」


 私はバランスを崩す。

 やばい、立ち直れないっ!


 そのとき、視界の端に私と同じあのブレザーの夜空色を捉えた。


「———あ、梨弦———」


 私はその袖から伸びた手をとっさに掴む。

 だけど結局私が手を引っ張ってしまい、そのまま後ろへ倒れこんだ。


 ゴン、と鈍い音が玄関に響く。


「うっ、いった~いっ」


 後頭部を襲った強い痛みに、私は思わず目をつむった。

 そして、すぐに目を開けると……。


 ————え。



 目の前には、梨弦じゃない顔。

 だけど見覚えのある。

 きれいで大きな瞳が、私をじっと見つめる。



「……あ、あおと、くん……」


 私が掴んだのは梨弦の手じゃない。———蒼都くんの手だった。

 ぱらぱらと星の浮かぶ先に、たしかに蒼都くんがいた。


 うそ……って、ここ、私のうちじゃない。

 ……梨弦なんて、いるわけないのに。

 というか、これって床ド……。



「あっ、ご、ごめんなさいっ!」


 やっと状況を理解した私は、蒼都くんの下からするりと身体を動かす。

 心臓が、どきどきと早い鼓動を打つ。


「……別に」


 蒼都くんは表情を一切変えずに立ち上がると、一人でリビングに入っていった。


 こ、これってまずい……いや、まずいどころじゃないっ!

 今までだってまともに話せていなかったのに、縮ませなきゃいけない距離を広げてしまった。

 でも、それより……申し訳ないよっ。


 私は玄関で、そのまま動けずにいた。


 ♡――――♡――――♡――――♡――――♡


 そしてそのまま、蒼都くんと話せないまま二週間が経過。

 その間に暑くなって制服も夏服に変わっちゃったし……。


 せめて、ちゃんと謝れないかなあ。

 でも、蒼都くんにとっては私ともう関わりたくなかったり……。


「どーしちゃったの? ももなが元気ないなんてめずらしいじゃん」


 部活がないという小夏ちゃんと下校中、思わずため息をついてしまったら感づかれた。

 相談……してもいいってこと、なんだろうけど、さすがに事細かくすべてを話すのは時間がかかる。


 話していいかわからないから、小夏ちゃんとさくらちゃんには、私がsweetballのお家にバイトでおじゃましているってことは言ってないんだよね……心が痛いけど。


 どうやって話そうかと考えていると、向こうのほうでなにやら人だかりができているのを見つけた。


「なんだろー。ね、行ってみよ!」

「うんっ」


 元気づけようとしてくれている小夏ちゃんの優しさが伝わってきて、私はうれしくなりながら返事をする。

 にしても、あんなところに人が集まるほどなにかあったっけ?

 あそこってたしか、小さな公園だったよね。


 歩いて行ってみると、なんだか黒い棒の先端のようなものが見えた。

 そのとき。


「———はい、カット!」


 カタン、となにかぶつかるような音がする。

 これって、もしかして。


「いいね~蒼都くん、一発OK!」


 あっ、あおとくん……って、蒼都くん!?


「はい、ありがとうございます」


 人ごみの中から聞こえた、少し甘くも低い声。蒼都くんの声だ。


「まってまって、蒼都くん撮影してる!?」


 小夏ちゃんが私にだけ聞こえるように、小さな声で耳打ちしてくる。

 や、やっぱり、そうだよね……。

 た、タイミング悪いーーー!!!


 隣で目を輝かせる小夏ちゃんに、もう行こう、とかは言えない。

 かといって、「蒼都くんといろいろあってちょっと今は心の準備なしに合わせる顔がないから離れよう」なんて、もっと言えないよ〜っ!


「じゃあ、公園のシーンは撮り終わったし、次の現場へ移動しようか」


 監督さんと思われる人の声が聞こえた途端、バラバラと人がいなくなっていった。

 あっという間に視界が開ける。


「邪魔になるし、あたしたちも行こっか」

「うん、そうだね」


 ……よかった……ってわけじゃないけど。

 とりあえず、仕事の邪魔をするわけにはいかない。


 私と小夏ちゃんも、さっさとその場を離れた。


 ♡――――♡――――♡――――♡――――♡


 その日の夜。

 仕事がまだ終わっていないのか、蒼都くんは7時の夕飯でもまだ帰ってきていなかった。

 でもまあ、他のメンバーだってそれくらいは珍しくない。


 他4人が外へ出たり二階へ行ったりし、一階には私一人だけになった。

 静まり返ったリビング。


 でもそれは、すぐに変わった。

 玄関から、ドアの開く音がした。


 帰ってきた、のかな?

 でも帰ってきたとして蒼都くんは疲れているだろうし、一方的になんて謝れない。

 だから、私は挨拶だけしようと思っていた。


 案の定、蒼都くんが制服姿でリビングに入ってくる。

 ———だけど、予想外。


「……ねえ」


 まさかの、蒼都くんのほうから話しかけてきたのだ。

 この展開は予想していなかった……じゃなくて、無視はできない。


「……えっと、なんですか?」


 あの日以来のまともな会話に戸惑いながらも、私は何とか返事をする。

 キッチンにいた私は、水道の水を止めた。

 ……なんて、言われるんだろう。


「……今日、いたでしょ」

「……え?」


 私は思わず顔を上げた。

 すると、あのきれいな瞳と目が合う。


「だから、今日、公園で撮影してたとき、あんたいたでしょって」

「……あ、えっと、はい」


 ……気づかれてたんだ。

 というか、気づかれてるなんて思ってなかった……。

 人だかりの中にいたし。


 ソファにカバンを置いた蒼都くんは、キッチンに入って私のところまで来た。



「……どうせあんた、変だなって思ったんだろ。仕事とプライベートで違う、オレのこと」

「え」


 これまた予想外の質問に、私はたじろぐ。

 "変だ"なんて……。


 プライベートの、ここで過ごす蒼都くんが、本当の蒼都くんかもって思ったけど。

 でも……それは私の勝手な解釈だから、違ったりするの、かな。


「……あ、ご、ごめんなさい!!」


 もしかしたら傷つけていたかもしれない。

 私はそう思って、頭を下げた。

 エプロンに手の水滴が染みる。


「……別に、謝ってほしいわけじゃないし」

「……っ、で、でも、なら」


 じゃあ、どうしたらいいのか。わからない。

 "謝罪"は所詮、自己満足にすぎないって言われているみたい、だから。


「……ごめんなさい。私……」



 だけど……この前のことも含めて、私はまた謝罪の言葉を口にした。

 蒼都くんのことを知りたい、話せたらいいななんて———。



「……うるさい!!」



 確かにその声は、あまり大きくはなかった。

 だけど気持ちが伝わってきて、痛く刺さる。



「自分から言っておいてごめんだけど。……これ以上、オレに関わらないで」



 すっと、心に冷たい風が吹いた。

 顔を少しずつあげるけど、目は合わせられない。


 蒼都くんは、手洗い場の部屋へと消えていった。

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ラブコール♡ティー 桜田実里 @sakuradaminori0223

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