【#27】ゴーストダンジョン

「ゴーストダンジョン……!?」


 ミカリアちゃんの放った言葉を聞いて、俺は背筋に冷たいものを感じた。


 雑司ヶ谷の"ゴーストダンジョン"といえば、その名の通り幽霊やゾンビ系のモンスターで溢れかえるダンジョンだ。


 元々そういうホラー系とかダメな俺は……できれば一切関わりたくない話。


 だが、ミカリアちゃんは関係なく話を続ける。


「知ってるかしら? ここ最近、東京での一日のリスポーン数が増えてるってコト。それで、その原因なんだけど──」


 ミカリアちゃんは空中に投影した映像をスワイプし、次の画像へと切り替えた。


 内容は『雑司ヶ谷ダンジョンについての評判・まとめ』と書かれており、どうやらネットの各所から画像を集めてきたものらしい。

 そこに書かれていたのは──。


 :またレアドロしたーー!! 早くショップに売ろ!!

 :マジで穴場だわwwww

 :ここで狩ってれば勝ち組確定!!


「……とまぁ、こんな感じで。やたらと"雑司ヶ谷ダンジョン"を薦める口コミが増えているのよね〜〜。そして、この評判が増えると同時にリスポーン数も一気に増加したの。

 ──酒クズ、これがどういうことか分かるかしら?」


 ミカリアちゃんの問いに対し、俺は少し考えてから答えた。


「つまり、……ってことですね」


「せいかぁ〜い♡ ロクデナシの酔っ払いでも、ちゃんと考える頭があってエライエライ〜♡」


「ぎゃっ!? 急にメスガキに戻ったぁ!?」


 ただでさえ、実際に会ってまだそんな経ってないから余計にビビるよ……。


 そんな中、隣でティーシャがどこか納得しないような顔で手を挙げた。


「ミカリアちゃん、一ついいかな?」


「なに? ティーシャ?」


「以前から雑司ヶ谷ダンジョン自体は初心者も入ってたよね? いくら口コミで入る人数が増えたからって、そんなにリスポーン率が上がるものなのかな?」


「……流石はティーシャ。良い所に気づくわね」


 素直に認めるように頷くミカリアちゃん。投影映像を『雑司ヶ谷ダンジョン内の画像』へと変更し、詳しい説明を始めた。

 

「まだ不死教会ウチとしても調査中なんだけど、この雑司ヶ谷ダンジョンのモンスターね……

 前まではCランクでも気軽に行けるダンジョンだったけど、今じゃAランクの冒険者でもリスポーンしてくるようになってるわ」


「それ、結構な難易度の変化じゃないですか……!?」


 つまり、以前の”簡単なダンジョン”という思い込みが冒険者達の中にあるせいでますます被害者を増やす……というパターンになっているワケか。


 ラビスさんは頭の後ろで腕を組んで、ギャルっぽい気だるげなポーズで言う。


「なーるほどッスねー。それでウチら、Sランクにおはちが回ってきたって話ッスか?」


「そゆコトね。……ま、この中に一人だけSランクじゃないのも紛れてるけど」


 ジトっと俺を見てくるミカリアちゃん。そ、そんな目で見られると余計に気まずい……。


 それからティーシャが質問した。


「ちなみに、そのモンスターが強くなってる原因自体は分かってるのかな?」


「えぇ。つい最近わかったの。このミカリアちゃん自身の調査で、ね」


 すると、ミカリアちゃんは俺達ゲスト全員に視線を移動した後、ひときわ真面目な口調で告げた。


「今回の雑司ヶ谷ダンジョンでモンスターが凶暴化してる理由……それは”悪魔”が関わっているからよ」

 

「!?」


 ”悪魔”。


 その言葉を聞いて、ティーシャが一歩後ろに退いた。その顔には汗が浮かび、彼女が動揺しているのは明らかだった。


 それが気になったのか、ミカリアちゃんは言葉を刺してくる。


「あら? ティーシャ? どうかしたかしら?」


「あ、いや!? ごめん……続けて」


 ……無理もない。ティーシャも混血ハーフとはいえ、れっきとした”悪魔”なのだから。


 そして、この場において──その事実を知る者は彼女自身を除いて俺だけだった。


「まぁ、いいわ。話を続けるわね」


 幸い、ミカリアちゃんは大した詮索せんさくはせず、本題の”悪魔”についての話を再開する。


「実はミカリアも現地に行って軽く調査したんだけど、この雑司ヶ谷ダンジョンは魔力の流れが明らかにおかしくなってたの。なにせ、?」


「えっ?」


 俺は違和感を覚えた。それは確かにちょっとおかしい。


 通常、冒険者達はモンスターを倒した時、そこから『モンスターの魔力』を吸収する。


 『モンスターの魔力』は身体能力やスキルの強化にも関わっており、強い魔力を体内に取り入れるほど冒険者は強くなる。

 いわば、これをゲームでたとえるなら"レベルアップ"みたいなもの。


 だが、実はこれは逆もしかりだ。逆にのだ。


 そうやってたくさんの冒険者を倒した強いモンスターは更に力を増していき、それが次第に”ボス”とか呼ばれるようになる。

 ようするに、ってこと。


 これがダンジョンにおける通常の流れだった。


 だが、今のミカリアちゃんの話によると──。


「どうしてモンスター自身じゃなくて、別の場所に魔力が移動してるんでしょう……?」


「簡単よ。それを可能にしてるのが悪魔の”契約”ってコト。多分、その悪魔がモンスター達に新たな力を与える代わりに、冒険者から奪った魔力を貰えるようにしてるワケね」


「なるほど……」


 それでその”悪魔”は労せずして魔力を得れるワケだ。モンスターを奴隷代わりに使った恐ろしきシステムだ。

 敵は思った以上に厄介なヤツかもしれない……。


 少しの沈黙が場を包み、ミカリアちゃんは一息つくように言った。


「ふぅ、とりあえず説明はこんなところかしら? 長々と悪かったわね──フィオナ。紅茶を」


「ハイ。ここに」


 机の上からティーポットを手に取り、頭上から垂らすフィオナさん。


 トポポ……と、まるで滝のような軌跡で注がれる紅茶。

 結局、一滴いってきもこぼす事なくティーカップにおさまった。む、無駄にすごい……。


 ミカリアちゃんは紅茶を受け取り、優雅ゆうがに一口いただいてから続けた。


「さて、今回の探索の目的は『雑司ヶ谷ダンジョンの異常を解決する』。つまり、地下深くにいるその"悪魔"を倒す事になるでしょうね。もちろんそれなりの報酬は約束するけど、この話を受けるかどうかはアナタ達しだいよ」


 そこから最初に口を開いたのはラビスさんだった。

 

「ま、"別の人にお任せしま〜す"って、できる話でもないッスからね? ティーシャも酒クズちゃんも一緒に行くッスよね?」


「え、えぇと……わたしは行こうと思うんですが──」

 

 俺はティーシャに視線を送った。


 今回は悪魔が絡んでるだけに、彼女の心境はいつもより重いだろう。断ってもおかしくないと思った。だが──。


「──いく。あたしもいくよ。ミカリアちゃん」


 ティーシャはそう、力強く答えた。

 

 悪魔との遭遇。魔界を迫害されたハーフサキュバスの彼女としては、本来あまり気の進まない選択のはずだ。


 だが、ティーシャは引き受けた。彼女の心は読めないが、それがとても大事な決断だった事は想像できる。


「よし! それじゃ──」


 ミカリアちゃんは俺達の返事に頷き返すと、どこか満足そうに指で決めポーズして言った。


「これでパーティー結成、ってワケね。──よろしくね〜、みんな♡」

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