【#20】覚醒する酒クズちゃん

 :あれ? 酒クズちゃん、なんかいつもと雰囲気違う……?

 :だよな!? 上手く言えないけど……なんかいつもより大人っぽい??

 :よくわからんが、更なるパワーアップは成功ってことでいいのか!?


「あ、アヤカちゃん……?」「酒クズパイセン……!?」


 紅いオーラをまといながら歩みを進める俺に対し、ティーシャとラビスさんは目を見開いて驚いていた。

 それどころか、敵であるミラージュ・ウィッチすらもこちらの様子を注意深く見ている。


 この場で俺以外に動いている者は誰もおらず──まるで時が止まった世界の中を自分だけが歩いているような感覚だった。


『エディグル……ヴァリドゥゥゥ……!!』 


 やがて、ミラージュ・ウィッチが再び動き出した。何か警戒しているのか、どうやら標的を俺の方へと変えたらしい。


「いいでしょう。もう一度、お相手しますよ」


 俺は柔らかく微笑を浮かべ、片手で妖刀を構えた。刀身の上をつたう炎のように、あかいオーラがはしっていく。


 これ以上なく、身体は酔いきっていた。だが、心は水面みなものようにんでいる。


 そんな俺に対し、ミラージュ・ウィッチは再び高威力の魔法を使おうとしていた。


『ルクイテ……アーヴァス……!!!』


「危ない!? アヤカちゃん!?」


 目の前で激しい魔力爆破が起きて、ティーシャが注意するように叫んでいた。

 どうやら敵は最大級の爆破魔法で出迎えてくれるらしい。


 ……だが、俺に焦りはなかった。


 まるで自分自身を頭上から眺めているような冷静さで、一切いっさい迷うことなく刀を振るう。


 そして、俺は無意識のうちに呟くように唱えた。


酔剣すいけん──”鏡面きょうめん”の刀技とうぎ・【八鏡ヤカガミ】」


 わずか一瞬の出来事だった。


 俺は満月を描くように素早く妖刀を振り、その軌跡がそのまま紅き防御円バリアとなる。

 前方に展開したバリアは、敵の爆破魔法を受け止めた!!


『プルガァ……!?』


 どうやらミラージュ・ウィッチも動揺したらしい。


 それも当然だった。ミラージュ・ウィッチの最大火力であろう爆破魔法は、俺の防御円バリアによって完全に吸収してしまった。

 さらに、このはそれだけじゃない。


(さて、そろそろ"反撃"といこうか)


 たった今、このバリアで受け止めた膨大ぼうだいな魔力。


 俺は変換したその魔力を妖刀へと流し込むと、ゆっくりとミラージュ・ウィッチの方へと妖刀を向ける。


 そして、俺は今までの抑圧よくあつを解放するように叫んだ。


「まとめて……お返しだぁぁああああーーーーーーーーーーーー!!」


 妖刀の剣先から放たれる巨大なビーム。


 その紅い閃光は吸収したモノの何倍もの魔力となり、敵の身体を覆いつくすように襲いかかっていく。


『バギャスト……!? ブラーヴァス……!?』


 敵に回避する時間は残されていなかった。


 ミラージュ・ウィッチは反射したビームに直撃し、水晶の身体を砕け散らしていく。

 今まで鉄壁を誇っていた敵の防御が、凄まじい力を前に打ち破られた瞬間となった。


『ガヴォナ……ヴェスパ……』


 敵はそのまま壁際まで吹き飛ばされた後、まるで糸が切れた人形のように動かなくなった。


 一撃。それで十分だった。そして、もはや追撃ついげきは必要なし。


 ミラージュ・ウィッチは完全に機能停止していた。


「……ふぅ、”いっちょあがり”ですかね?」


 俺は一息ついて、妖刀を腰にしまう。いつも通りすでに酔いは覚めていた。


◇◆◇◆◇


 :な、なに、今のは……?

 :待ってくれ!? 理解が追い付かねぇ!?

 :やばいやばいやばいやばすぎるーーーー!? 何したんだよ、酒クズちゃん!?!?


 ミラージュ・ウィッチ撃破後。ドローンには困惑のコメントがひたすら流れていた。

 一方、現場はしばらく沈黙に包まれていて……一気に嵐が押し寄せるように二人が駆けつけてくる。


「な、なんスか!? 酒クズパイセン、どういうことか教えてほしいッス!? どうやってあんな技覚えたんスか!?」


「え? あぁ、今のですか……? 『どうやって?』と聞かれたら──」


 ラビスさんの質問に対し、俺は「んー」と少し考えてから気まずい笑顔で答えた。


「”なんとなく”、ですかね? 『こういう技やりたい』って思ったら……


 :はい……?

 :それ、説明になってねぇ!?

 :とにかく酒クズちゃんがヤバすぎるってことはわかった……


 リスナーのおっしゃる通りだが、それでも仕方ない。


 あの時は無我夢中であの技を出していて、具体的にどうやって思いついたのかハッキリしない。

 しかも、一度出した今では【八鏡やかがみ】を完全に習得しゅうとくしてしまっている。不思議なものだなぁ。


 そんな中、ティーシャが普段はあまり見せない真剣な表情で聞いてくる。


「アヤカちゃん。多分だけど、さっきのはんだよね?」


「えぇ、そのようですね──あっ!」


 その時、俺はティーシャが何を言いたいか察した。


 以前、ハーフサキュバスである事を隠そうとしたティーシャが俺に魅了魔法をかけてきたことがあった。


 その際、この妖刀が勝手に魔法を反射させることで逆に大変なことになったんだが……。


 今思えば、アレはさっきの刀技とうぎ──【八鏡ヤカガミ】の力の片鱗へんりんだったのだろう。


 完全に想定外だったが、結果的に新たなる力の覚醒に一役ひとやく買っていたわけだ。なにが学びに繋がるか分からないもんである。


 その”例の出来事”を思い出すようにアイコンタクトをしていた俺とティーシャへ、ラビスさんがジトーっと怪しむように見つめてくる。


「二人共、どうしたんスか? そんなに見つめ合って?」


「「い、いや!? なにも!?!?」」


 慌てて同時に別方向を向く俺とティーシャ。


 絶対に話せなかった。そもそもティーシャがハーフサキュバスなのは秘密だし、それに加えて彼女が魅了魔法にかかってた時のことは墓まで持っていくつもりだ。ティーシャの名誉のためにも!!


 そんな気まずい空気になっていた時、ラビスさんが通路の向こうを指して言った。


「……あっ!! 二人共!! アレを見るッス!!」


「「えっ?」」


 ラビスさんが指差した先には、地下への階段があった。どうやらミラージュ・ウィッチを倒した事により、進路が解放されたらしかった。


 次は地下25階。つまり……。


「わたし達、これで地底湖に辿り着いた……ってことですか!?」


「そういうコトだね!!」


 ティーシャはパーっと笑顔になって、頭上に拳を高く掲げて言った。


「やったーーーーー!! やっと泳げるーーーーーー!!」


 そう。ちょっと激しい戦いのせいで忘れていたが──そもそも俺達は地底湖に泳ぎに来たんだ!!

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