第二夜 ヒトのいる世界
施設を出た後は、警備員のバイトをしてその日暮らしで食い繋いでいた。寄る方もなく彷徨っていたら、人種の入り混じった人間のコミュニティに運よく出会うことができた。
そして、放浪していた時にいわゆる「悪い友達」ができた。孤児院のはみ出し者の奴らと同じように、逞しく必死に生きていた人間だった。
あの三人との初めての出会いは今でも忘れられない。自分が身を寄せていた地域で噂になっていた札付きの悪である三人組、ラスタ、OD、銀から呼び出された。
警戒をしてその場所に向かうと、そのタッパの活かし方を教えてやると言われ、ママに引き合わせてくれたのはこいつらだった。
ラスタは名前の通りのボブマーリーの信奉者で、自分のことをジャマイカ人だと自称している。ドレッドヘアに網シャツのコテコテのジャマイカンスタイルの女だった。
事故でこの世を去ったシングルマザーの母の密かな夢であった、レゲエミュージシャンを目指して日々歌っている。芽は出ていない。
自分のファミリーを襲ったグループを一人で全滅させた。それ以降、地域のスイーパー(掃除人)をやっている。地下格闘技もやっているようだ。
ODは両親から虐待を受けていて、通報を受けて、俺と同じように擁護施設に入れられたが、人付き合いが上手くいかずに一人ぼっちだった。風貌はいわゆるトー横キッズ。地雷系。名乗ってはいるが怖そうだからという理由で、オーバードーズはしたことはない。
だがCBD(大麻の興奮作用を抜いた製品のこと)を自分で巻きタバコのように、髪に巻いて吸うものに大ハマりして、それにのめり込んでいる。傷害罪で女子少年院にぶちこまれるほどの武闘派。
「あの、普通に危ないからオーバードーズやらない方がいいし、リスカもなんか痛そうだから、あたしは止めたほうがいいと思う」
「どの口が言ってんだ」
「うっさいわね!」
「ヤーマン、ラスタファーライ⋯⋯」
「まぁまぁ、腹減って短気になってるだろ、うちの店のフライドチキン食うか?」
この場を諌めたのは、銀。両親、親戚ともに日系の韓国人で、日本に在住している。俺には何故なのか理由が分からないが、差別を受けてきた歴史があるのだと教えてくれた。
銀は勉強が好きだったが、通っていた学校が放火によって全焼してしまった。家族もバラバラになり、この冷たい都会に一人でやって来たらしい。
小学生の頃から続けているテコンドーの有段者らしく、全国大会に出た時に、学校からもらった表彰状は今でも大切な宝物だと淋しさを滲ませながら言っていた。
彼女らは痛みを知っていた。確かに素行は悪いかもしれないが、都会に生きているヒトにしては良心を持ち合わせているようだった。野生のカンと言うか、直感でこの三人とは良い付き合いができるだろうなと感じていた。
今となっては、バーのママさんと出会うきっかけを作ってくれた。感謝してもしきれない。
ママさんの話をすると、彼女は俺が雇われているバーの支配人だ。彼女の母親が南国生まれで、人権活動家である。俺のような逸れものや、セーフティネットからこぼれ落ちた本現、私と同じように女を好きになる人間がそこにいた。
従業員として、彼女らも雇われているらしい。ママさんも生きていくだけで精一杯で、他人に世話を焼いている余裕もないはずなのに、困っている人は放っておけないからねと豪快に笑っていた。
そんな人の役に立てるかもしれないことに、誇りのようなものを感じていた。
労働を始めると、仕事といっても、黙ってバーの入り口に立っているだけでよい、ボディーガードというのは楽な仕事だった。
だが、面倒ごとが全く起こらない訳ではない。ママさんの店は「女性のみが入店出来るバー」というシステムを採用しており、女性たちが安心して過ごせるような空間を作る為にこの形態をとっている。
そのせいで、厄介な絡み方をしてくる連中も多かった。
お客をナンパするためにしつこく入り口まで付きまとってくる奴、女性しか入れないことがはっきり書いてあるにも関わらず押し入ろうする奴、女性以外の入店を拒否するのは差別だと言う奴らもいた。
そして、ママさんの活動に反感を持っている連中が徒党を組んでやってくることもあった。説明してやってもご理解いただけない阿呆どもを「言葉だけ」で説得することは骨が折れた。
勿論こちらから仕掛けることはない。正当防衛の原則だ。向こうから暴力を振るってさえ来なければこちらから仕掛けることは絶対にない。
さらに人のルールでは過剰にやり返すのはいけないことだと孤児院で勉強していたので、程よく相手を追い払うのには気を使った。
ラスタと銀、ODはバーテンダーとして働いている。特にODの作るカクテルは分量や比率にブレがなく、本人が苦手だと言う理由で酔い潰れず、悪酔いしない物しか作らないのでトラブルも起こらず、店側としてもありがたく思われているようだった。
殆どの人間はルールを守っているわけで、俺の出番はあまりない。自分としても力で誰かを従わせることは苦手だった。人間には知性がある。言葉を尽くせば争うことなく居ることができるのだ。
友人、仲間、従業員の皆と笑い合い、なんでもないような事で、小さな幸せを噛み締めるられる。このかけがえのない日常が、いつまでもずっと続けばいい。そう思っていた。
やっと手に入った、安寧の場所。少し前の自分には想像すらできなかった今の生活。良い人々に囲まれ、明日を夢見ることができる。
俺はなんて幸せ者なんだろう、こんな日々がずっと続けばいいのに。
そんな甘い考えを、冷凍都市東京は許してはくれなかった。
ホールスタッフである従業員の一人が、帰路についていたところを何者かによって襲われ、全治1ヶ月の大怪我を負ったという知らせが入った。
その事件を皮切りに、店の壁にスプレーによる落書きがあったり、窓ガラスが破られていたり、店に無言電話が入るようになった。さらに、ママさんの団体への悪質な誹謗中傷のビラが撒かれるようにもなった。行為はエスカレートしていき、殺害予告まで来るようになった。
警察に事情を話しても、実際に個人が被害を受けるまでは何もできないの一点張りで取り合ってもらえなかった。見回りは強化するからと言われ話は終わった。
翌月には店に強盗が入り、俺がついた時には店内はめちゃくちゃにされていた。それでも、ママさんは非暴力の姿勢を崩さなかった。
「一度でも暴力に訴えかければ、どんな大義名分があったとしてもその人間は地獄に落ちるの。今は光の国にいるおばあちゃんが教えてくれた。決して力に頼ってはいけないの」
俺なんかよりよっぽど強いんだと思った。彼女は、本当の強さを持っている。こんな立派になりたいと思える人だった。
強盗が入ってから一ヶ月ほど経った後のことだった。
いつものように、開店前の準備のために裏口に回ると、何故か鍵が空いていた。ママさんがもう裏にいるのだろうか珍しいこともあるなと思いながら中に入った。
ママさんが頭から血を流して倒れていた。信じられなかった。一体何が起こったのか、目の前の現実を理解することができなかった。動転する頭で救急車を呼び、彼女の元に駆け寄る。
「誰だ、誰にやられたんだ!」
うっすらと目を開けると彼女は言った。
「どんなことがあっても、やり返しちゃ駄目⋯⋯私と約束してちょうだい⋯⋯」
「もう喋らなくていい、待ってろ、もう救急車呼んだからな!」
声をかけ続けたが、途中から反応が不明瞭になっていった。三十分ほどかかって救急車は無事に到着したが、出血が多く蘇生措置の甲斐なく、その場で死亡が確認された。
救急隊員の一人が近づいてきた。匂いで分かった。孤児院の先輩だった。
「⋯⋯こんなことを言うのは規定違反なので独り言として聞いてね。我々、救急隊の進行を、虚偽通報で妨害した何者かがいたかもしれないんだよね」
何者かの目星はすぐについた。悪い友達のネットワークの情報は早い。そして警官の中の知り合いにも聞いたら、読み通り例の追い返した連中が結託し、有る事無い事をSNSで吹聴して周り、無関係のヘイトスピーチをしていた市民団体を焚き付けたんだそうだ。
あとは簡単だった。主犯格をラスタ、売人ネットワークに顔がきく銀、SNS中毒のODに「攫って」もらい少し強めに説得をした。このぐらいやれば手を出してこないだろうと思っていた。
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