第10話 長内佳世奈目線。練習試合

 長内佳世奈目線。

 きのうの「月がきれい」はそういう意味なの? 

 つまり「ア・イ・シ・テ・ル」的にはそうらしい‼ ただ、なんていうか。悠子には悪いけどいい感じだったのは……いなめないよね?


 なに、なんなの? 

 私、意外と恋愛脳なの? 

 いや、悩んでたよね? 俊樹のことで。

 地雷系好き過ぎて、声掛けずにはいられない系彼氏。幼馴染。まぁ、あれを面倒見がいいと呼ぶ心広い女子がいるなら、お会いしたい。いや、もう差し上げたい!


 最後までは許してないけど、それなりのことは「お世話」してる。

 そんなことしてるって、仲島君は知ってるかなぁ……

 そんなことしたことある女子なんて嫌だよね、普通に。ってなに気にしてるの。仲島君は悠子の――元カレ。

 お別れしてるけど、たぶんふたりはまだ好き。


 どうしよ。

 ギリセーフだって思う自分がいる。もう、きっちりこっきり俊樹に愛想かしてる自分がいる。倦怠期けんたいきというか、なんか、振り回されるのに向いてない。

 私ってビッチなん? 

 あっ、ちなみに自分の高校、鷹崎たかさき高校のグランドに来てます、悠子と。


 ***

「それにしてもレベチね……」

 試合開始時間30分前にグランドに着いた悠子は、異様なグランド風景に息をむ。


港工みなこーって部員こんなにいるの?」

「さっき仲島君に聞いたんだけど、これ全員1年生なんだって。うちの3学年より多いよね。ユニ着てるのがCチーム。移動着のが。Bチームとかに上がった1年生だって」


 数えてないからわかるないけど、ざっと50人以上いそう。この中を勝ち抜いてAチーム行って、レギュラー取るの? 恋愛なんてしてる場合じゃないわ、そりゃ。しかも試合前の練習からして熱の入れ方が違う。


 うちはなんていうか、中学の延長。何人かに分かれてボールの受け渡しをしてる。港工みなこーは整然と守備や攻撃の確認をしている。当たりも激しい。これ練習アップだよね……


 勝ってるトコと言えば……

 マネージャーの人数? この部員数に5人もいるか? って感じだ。港工は仲島君に聞いてたけどマネージャーはいない。港工学に女子はいるけど、マネージャーは取らない主義らしい。

 それは暗に3年間サッカーに、どっぷり浸かれと言っているように思えた。


 俊樹の姿が見える。

 残念ながらスラッとした立ち姿は、サッカーやってる感があってカッコいい。仲島君は……アップの段階から汗を流し声を出していた。体型的には、まとまっているけど……俊樹より身長がだいたい10センチくらい低い。


 仲島君1人だけで見たら、ガッチリした体格に見えるけど、港工みなこーのメンバーに混じると小柄こがら華奢きゃしゃに見えた。中学時代に感じていたのは身長くらいだったけど、やっぱり強豪校。体つきからして違う。


 このメンバーと競争となると、仲島君のよさを知らないと、目劣りしてると判断されてしまうのかも。それにしても――


「なんで顔してるの」


 悠子も気付いたらしい。

 私が知る仲島君は試合前のこの時間帯、チーム全体をリラックスさせようと、わざと大きな声でおどけたり、明るく鼓舞こぶするその姿はまさに王様だった。


 私も悠子も今日は練習試合とはいえ、地元でプレーする仲島君をどこかで『王の帰還きかん』を見る心積こころつもりでいた。


 だけど――


「始まる前に、なんであんな焦った顔するの? 私らが見てるからとかじゃないわよね」

「うん。そんなの前はしょっちゅうだったし……」


 私達が見てるから緊張してるとは考えられない。見たことのない表情。固く強張ったその顔が「あの仲島君」なのかと思うくらい別人のものだった。


佳世奈かよな、やっぱしおかしいよ。翔、もう肩で息してる。これって……」

「うん、スタミナ戻ってないって言ってたやつだ」


 入学早々掛かった感染症。

 高熱で動けなかった時期が長かったのだろう。病気自体は完治してるのだろうけど、サッカーみたいに、激しい運動が出来るほど回復してない。でも、気持ちはわかる。


 出遅れたあせりから、完全に体力が回復するまで待ってられなかったんだ。それでわかった。完全じゃない仲島君だから、Cチームのセカンドって評価なんだ、きっとそうだ。


 そう思いたかった。


 練習試合が開始された。前後半30分ハーフを2試合するとのこと。残念ながら前半戦の先発には仲島君はピッチにいなかった。後半組。これが意味することはCチームのセカンドということ。


 鷹崎うちの先発メンバーに俊樹は名を連ねた。

 まぁ、未経験者が何割かいるチームだからそれはある意味当たり前。中学時代と同じ『9』をつけてる。

 仲島君は『85』部員数の多さを表していた。仲島君が中学時代付けていた『8』をこの赤いユニフォームで見る日か来るのだろうか。


 ***

 決論から言うとこの試合での仲島君の出来は最悪だった。

 いや彼の結果だけを見たら1ゴール1アシストと決して悪いものではなかった。港工みなこーのシステムは『442』右フォワードとして出場した後半。

 開始早々見せた彼の不安げな表情の意味を知ることになる。


 港工の基本的な戦術は守備。

 守ってからのカウンター攻撃。優位に試合を進めても選手の多くは、自陣を固め前線に残るフォワードにロングボールを供給。

 たまに攻め込んできても横パスを乱用し、仲島君の一瞬の速さを、まるで活かせていないように思えた。


 供給されたロングボール。

 鷹崎うちのディフェンス4人掛かりで、仲島君を取り囲む。

 体格差のある相手に仲島君は前線でボールロストする場面が増える。港工みなこーの監督は、仲島君のプレーを大声で酷評こくひょうする。仲島君を知る私たちからしたら、逆だ。


 お前が仲島君の良さを消してる。

 これでは仲島君の速さはまるで活かせない。しかも、相方のフォワードは仲島君がフリーでも、絶対にパスを出さない。

 彼もまたCチームのセカンド。仲島君がゴールという結果を、ことを恐れているように、思えてならない。


 逆に仲島君にはパスを激しく要求。パスが貰えなければ、ベンチに視線を飛ばし激しく、アピールをする。

 そのアピールを真に受けた港工みなこーの監督は叫ぶ。


「仲島! お前だけのゲームじゃないぞ‼」


 確かに。

 これは仲島君のゲームじゃない。

 仲島君のいるべきチームではない。人のいい仲島君が、試合中に足の引っ張り合いをするチームメイトがいるようなチームに、所属しちゃダメだ。

 それを勝負の世界と言うのなら、極論。私は仲島君にそんな世界に居て欲しくないとさえ感じた。


 1ゴール1アシストで肩を落とす仲島君に、彼を知る私たちは衝撃を受ける結果となった。







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いつか、ラブコメみたいに笑いたい。 アサガキタ @sazanami023

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