第9話 仲島家にて

 仲島翔目線。


かける……君。今日はありがと。あと、なんかきのうも佳世奈かよなの相談聞いてもらったみたいで」

 よくわからないまま、振られた元カノの瀬戸せと悠子ゆうこちゃんと会うのは卒業式以来。と言っても、卒業式で見かけた程度。話すのはいつぶりだろ。さっきの電話も。


「なに、佳世奈のこと『ママ』って呼んでんだって? ちょっと引く」

「いや、それは違う! それは長内が無理矢理――」

「ごめん、冗談。佳世奈から聞いてるから。佳世奈は部屋? 翔――君はそのお風呂入っちゃいなよ、汗の匂いすごいよ」


「あっ、ごめん。クサいよな」

 部活終わり。

 最低限、汗シートで拭いたが気休め程度。玄関先。

 自分の制服のシャツを匂いながら後退りする。だけど、悠子ちゃんは、イタズラっぽい顔で近づき、くんくんと匂いながら言った。


「私、クサいなんて言ってないよ。翔……君の汗の匂い嫌いじゃない。その、部活頑張ってんだって思えて、なんかいい! あっ、入学してすぐ感染症になったんだって? 言ってくれてもよかったのに」

「あっ、それはちょっと」


「なに、遠慮?」

「じゃなくて。なんていうか同情ひくみたいじゃない?」

「ひけばいいのに。私、誰にだって同情とかしないよ、知ってるよね、さすがに」

 知ってる。

 白は白、黒は黒。曲がったことは嫌いな子。それが悠子ちゃんだ。あと寂しがり屋。これはちょっとわかりにくいけど。


「さてと、はい! 翔君はお風呂! 佳世奈は部屋? っていうか。初めてだよ、翔君の家。ということは佳世奈に先を越されたわけか。部屋2階? 勝手に上がってるから、お風呂済ましちゃおう! 疲れ取れるよ!」


 無理矢理元気な感じで送り出された。

 やっぱり気まずいんだろう。俺はマッハで風呂を済ませ、部屋に戻ると姉ちゃんを含めた3人が俺の部屋にいた。

 なんか気まずい。そしてその気まずい空気をなごまそうと姉ちゃんが手を挙げる。


「えっと、発表します! 長内おさないちゃん今日のパンツは! ピンクです! 拍手〜〜」

「お、お姉さん!?」


 気を利かせて、姉ちゃんが近くのコンビニに、長内のお泊りセットを買いに行くと言ってた。

 俺はてっきり歯ブラシとかだと。まだ袋から出てないとはいえパンツを公開された。姉的には弟にどうしろと言うんだ。


 えなく姉ちゃんに強制退出を命じ、長内は悠子ちゃんの配慮で、お風呂に行った。このままここに居ても気まずい。とはいっても、あの空気のまま元カノと部屋に残された俺も、たいがい気まずい。


「顔。赤いけど」

「それしょうがなくないか」

「エッチなこと考えてるんだ」

「エッ、エッチなことってなんだよ」


「佳世奈、今夜ピンクなんだ。とか?」

「目の前で見せられたんだから、そう思うでしょ」

「そうなんだけど、元カノの友達だよ。なんか嫌」


 確かに、それはそう。言い返す言葉もない。でも言わないけどえて言うなら、知ってる女子が今からはくパンツの色がわかってたら緊張するだろ。男子たるもの。


「私も――」

「ん?」

「いや、私もピンクだったら、どうするって話」

 いつの間にか、ふたりして正座して座っていた。悠子ちゃんはまだ乾ききってない髪先を指で触れてた。


「そのピンクなの」

「ごめん。違う。青かなぁ、いや水色っていうか」

(ごっくっ……)

 ヤバい。いま生唾を……


「えっと、今のって」

「ごめん、その……」


「生唾だよね」

「ごめん、俺。そりゃ振られる」

「じゃなくて、その……緊張したの? その私のパンツの色で?」

 悠子ちゃんが何を言いたいのかわからない。正座したままうつむく悠子ちゃんの顔は耳まで真っ赤だ。


「緊張した、嫌じゃなかった?」

「嫌とか。ないよ、そんなの当たり前。翔……く……だもん」


 ***

「本人に悪気がないから、伝わらないだろうけど、俺から話しようか」


 長内おさないが戻って、俺と悠子ちゃんは取り繕うように、今日あった話を聞くことにした。

 ざっくりは聞いていたが、行き違いからの誤解だと感じた。だけど問題はこの流れから、俊樹としきは聞く耳を持たないだろうってこと。


 普段はそんなことないが、こういう時耳を貸さないところがある。だから「俺から話をしようか」となった。ふたりはしばらく「ん~~」と唸った。悩むのも仕方ない。この件に関して俺は全くの部外者。


 その上ひとりだけ高校が違う。

 完全に想像で話をすることになるし、なにより一方からしか話を聞いてない。だけど、俊樹に話を聞く時間があるかと言えばない。始発で学校に行き21時前に家につく。


 工業高校だからなのか、わからないけど、意外に課題が多い。

 課題をしながら寝てしまうなんてことも、しょっちゅうだ。頭を悩ませてるとあることを思い出した。

 明日の土曜日、3人が通う鷹崎たかさき高校と練習試合が組まれていた。その事を言う。


「練習試合? 港工みなこーとうちが? Aチーム同士?」

「えっと港工うちは、Cで鷹崎高校たかこーがAかな?」

「なにそれ、完全にウチなめられてんじゃん! そうなると翔も来るの?」


「うん。行くけど出れるかは別」

「なんで? 翔ってCチームなんでしょ?」

「あっ、悠子。その仲島君はその……Cチームのセカンドなんだって」


「Cチームのセカンド!? セカンドって2軍ってこと!? つまりはCチームの2軍――」

「まぁ、そうなる。だから出れても少ないかも」

 気まずい空気にしてしまった。中学時代は部員数もそれほど多くなく、それなりに点数を決めてたから、試合には当たり前のように出れていた。


 その時の俺しか知らないふたりからしたら、失望しても仕方ない。これが現実なんだ。


「なんで」


「えっ?」

「なんでなの⁉ なんでよ! こんな時間まで頑張ってるじゃない! 翔が1番輝いてたじゃない! 3年生の中で1番しんどい道選んだ! 感染症で出遅れただけじゃない! 体力だって戻りきってないんてしょ? なんで翔がCのセカンドなの!」


 突然だった。

 突然、悠子ちゃんは涙をボロボロ流して、声を押し殺して叫んだ。悔しそうに。それを見て、俺も泣きそうになったけど、まだ泣く時じゃない気がした。ここはまだ泣く時じゃない気がした。


「悠子ちゃん、ありがとう。その……これが今の俺の現在地なんだ。あのね、スポーツってやっぱり平等じゃない。ちょっとの時間で結果出した奴は、次にもっと機会を与えられる。ダメだった奴は更に機会が減る。努力だってみんなしてる。俺だけじゃない。1か月出遅れたってのは言い訳。でも、その1か月分取り返す努力をしちゃダメってことはないと思ってる。3年間からしたら、まだ今は試合開始早々。焦る時間帯じゃないけど、呑気に構えてていい時間なんてない。でも、ありがと。勇気もらった」


 俺はティシュで悠子ちゃんの鼻をき、涙を手のひらでぬぐった。悠子ちゃんはされるがまま「本当に大丈夫?」とか「なんで言ってくれなかったの」とか「嫌いになったの?」とかいた先から涙をこぼす。


 だから俺は半笑いで「俺振られたでしょ、誰かさんに」とほんの少しの嫌味を言った「誰よそんな酷いことする奴は」と台パンするから「それ悠子だからね?」と長内おさないに真顔で指摘された。


 ***

「なんかね、もうどうでもよくなった。ふたりの話聞いてたら」


 泣きつかれた悠子ちゃんは、先に俺のベットで寝てしまった。真っ暗なベランダに長内と出る。俺のスウェットを着た長内が伸びをすると胸のラインが月明かりに照らされて目をそらした。


 その視線に気付いた長内は「もう、意外とエッチいんだから」とひじで小突かれた。しょうがないだろ、男子なんだから。

 そんなことを考えながら、さっきの話を思い出して「見られるのはどうでもよくならないの?」と聞くと「言いつけるわよ」と寝てる悠子ちゃんの方を見て言われた。


 いつもなら、ここで終わりにするんだけど、なんというか興が乗ったとでもいうか。

「それでもいいって言ったら?」

「今日はグイグイ来ますね、どうした? 同情シンパシー?」

 少しさみしそうな目をする長内に。


「その発想はなかったかなぁ。なんていうか、月がきれいだからかな?」

 その言葉を聞いた長内は、月明かりでもわかるくらい顔を真っ赤にした。なにか、しどろもどろだに、言葉を口にしたが、よく聞き取れなかった。


 最後に「そんなこと言ってないで早く寝る! 明日観に行くからゴール決めて!」そう言って、長内は先に部屋に戻った。

 そんなことってなんだろ。やっぱし女子わからん。













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