第63話 忘れていたもの

2023年3月16日(木)朝9時56分


佐藤は、工作員綿貫からの報告の電話を受けた。


「よし、お疲れさん」

「はい、これで世論は傾くと思います」

「あとは、あまり目立たないように気を付けてくれ」

「はい、分かりました」

「引き続きの情報収集を頼む、あとはクワガタ作戦の準備な」

「はい、それはもう整ってきてます。既に読者数も増えてきていると思います」

「そうか、実績があった方が大臣を動かしやすい」

「話題作りも考えた方がいいでしょうか」

「そうだな、それはこっちでも考えておく」

「わかりました」

「んっ、じゃ、引き続き任務にあたってくれ」

「わかりました。失礼します。」


佐藤は電話を切った。ある運送会社の営業所の近くの公園の前。佐藤は草加部にショートメールを入れると黒のセダンで走り出した。


”任務終了。世論は傾いた。

あとは、草加部さんがやるべきことを実行してください。

弐零弐肆 佐藤”


その頃、草加部は布団に入っていた。メール音が鳴る。


「ピロロン」

”為替が動いたか?株が動いたか?たぶんそんな通知だろう。”


「んっ?」「・・・えっ?」「んっ?」何度もこの3行を読み返した。


”そうか、佐藤さんが言ってたやつか。さすがとしか言いようがない。”


草加部は返信をした。

「ありがとうございます。頑張ります。」


そして、今村所長にもメールした。

「お忙しいところ、緊急で朝礼をして頂きまして本当にありがとうございました。」


草加部は寝た。

何年かぶりの爽快感、ぐっすり寝ることが出来た。


その頃、カイはパレットの組み換え等、配達ドライバーの出発する準備をやらないことに対しての喪失感みたいな、”やらないことへの抵抗” を克服し始めていた。気持ちの整理がやっと着いてきたのだ。何年も続いていた習慣を草加部の一言から始まり所長が朝礼で言ったところで、今まで馴染んできた仕事の組立て、時間配分など体が覚えてしまっている。


そう簡単なことじゃない。


これが呪いなのだ。割り切れない部分がまだある。まだ呪縛が残っているのだ。しかし、今日のことで吹っ切れた。割り切れた。完全に呪縛が解けた。


カイは落ち着き払い、完全に結界を張っていた。


”これでいいんだよな。忘れていたものを取り戻した感じがする。”


長かった。感慨深い。


そして、所長の今村のところにメールが届いた。草加部からだ。


今村は、席に座ったまま遠くを見るような目で、社内で無法地帯と言われていた営業所をここまで変えたことを思い起こしていた。これまでに何人がハラスメントによって辞めて行ったんだろう。カケルさんも亡くなった。あとはグリミーだ。まだ終わっていない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それから4か月が経過した。2023年7月26日(水)


あれから、見違えるほど無法地帯の野生の王国は変わってきた。しかし、グリミー民族の残党という表現をすれば分かりやすいだろうか、テロのように根強く仕掛けてくる者がまだいた。現実はこういうもんだろう。ただグリミー民族の力は弱くなってきていた。


グリミー2号の村上

グリミー5号の沢木

グリミー6号の伊藤

グリミー7号の榊


そして、一番面倒なグリミーこと東藤。


テロリスト化していた。

自分の仕事は自分でやる、その上での助け合い。

役割分担の明確化(線引き)


これをテロという手段で妨害している。

グリミー1号の嵯峨は、あれ以来大人しくなっている。退職したいという申し出もあったが、今村が退職届を持ってきてくださいと言っても持ってこないので、そのままにしていた。


目的は改善であって紛争ではない。


草加部自身が考え抜いて今村に伝えていた。

嵯峨はまだ若い、20代後半、村上が最初の上司であったがために勘違いして育ったのかもしれないから、所長からきちんと話した方がいいのではないかと提案していた。今村はそれを話したらしい。改心できればそれでいいのではないだろうか。兜を脱いだ者は斬らない。戦意を喪失させるだけでいい。


話しは遡るが、7月3日(月)から、待望の構内作業員の新入社員が入った。


林 康彦はやし やすひこ(32)。

身長179㎝、筋肉質、髪は自然に流されている感じ、自然な感じに見えるが本当に薄く赤色が入っていて、少し天然パーマだと思う。顔の形は丸顔。色白だ。

前職は、大手の物流センターに勤務で、若くて体力があり期待していいかと思わせる印象があった。しかし、所長の今村の歯切れがよくなかったので、草加部は薄々は感じていた。


草加部の印象はこうだった。

目を合わせない。挨拶をしない。知ったかぶりをしている。荷扱いが雑。


この状況に乗っかり、グリミーこと東藤は新入社員の林に対しての風評の流布を既に始めていた。きっかけは仕事の合間に林がスマホを見ていたことが気に入らなかったということだ。


このグリミーによる風評の流布作戦により配達ドライバーの視線が林に対して厳しいものになっていた。そこに、4か月前の朝礼から立場が悪くなり孤立気味になっているグリミー村上が仲間に引き込んだ。得意の夜勤への差別感を植え付け、林は村上が率いる1班の手伝いをしていれば仕事をしたかのような錯覚を覚えるまでになってしまった。


そこにグリミーも孤立気味になっていたこともあり、村上と東藤はくっつくようになりグリミーも1班の手伝いが仕事であるかのようにやり始めていた。


これがグリミーこと東藤のレベルなのだ。


この動きをナイトワーカーズは掴んでいた。草加部は考えあぐねていた。


グリミー5号の沢木は一匹狼、全員から嫌われているので影響力はない。だからある程度ほっとく。大型トラックの運転手の6号の伊藤、7号の榊を仲間に引き入れるのはどうだろう。荷降ろしの手伝いをするしないで曖昧な状態で結局はしているのが現状だ。だったら、きちんとした理由付けをして組織的に荷降ろしを手伝うのはどうだろうか。来年の4月からのことも見越した場合、誰もが納得するのではないだろうか。配達ドライバーも同じドライバーで残業時間の厳正化が適用されるが、こっちは問題ないというのは確認を取れている。


草加部は迷っていた。


その頃、工作員の綿貫はホームに迷い込んできたクワガタムシがいたら保育園の子供たちにプレゼントするからと皆に声を掛けていた。生き物だから、見つけたらその日のうちに、配達がなくても立ち寄ってプレゼントをしていた。夜勤にも声を掛けられ、大沢、仁田も協力をしていた。もちろん、これはナイトワーカーズの作戦だということが、周りにばれないように。


こんな感じにまでなってきた。


今日も皆は、各々の責任を果たすために、梅雨が明けてもしつこい妖怪湿気と闘いながら頑張った。


ーつづくー

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