59 理性の薄まり
『白舞閃・碧』によって
それを追いかけるために空中に空間系の結界を足場程度の大きさで展開する。
そのまま、空中にできた即席の足場を踏みしめて一気に加速して追いかける。
飛ばされた篠田は大量に生やした手を自分に巻き付けるようにして、防御姿勢をとって地面に激突する。
俺は途中で減速しつつ着地。そのまま踏ん張って数メートルほど地面に軌跡を残して停止する。
「さて、篠田。お前の主張は大層なモンだったが、聞いてやる気はねえ。
一応言ってやるが、今すぐおとなしくしろ。
それとも、お前、俺に勝てるとでも思ってんのか?」
低く脅すように、そして当たり前の事実を突きつけるように戦力差があると告げる。
が、これは嘘だ。
本物の特級ならこの言葉は真実となるが、俺が相手だと篠田に起死回生の一手でもあった場合にまくり返される可能性はある。
そもそも篠田はあの状況から反撃を選んだ。
捕まれば意味がないから最後のあがきのつもりだったならいいが、何かしらの勝算があっての行動という可能性を否定できない。
今の言葉におびえて投降してくれたら万々歳。
まあ、無いとは思ってるけど……
それに対する篠田の返答は――
「随分とお優しい言葉ですね。
こうなったら殺すしかないと言われて問答無用で殺しに来るかと思いましたが……
さっきも主任達の安全を優先した。
あなたもまた、遅いですねぇ。
そのせいで私が強くなってしまったというのに」
やはり、投降する気なんてさらさらないらしい。
それにしても……
「なんだ?随分と流暢にしゃべるようになったじゃねえか?
さっきまで動かなかったのは何らかの準備段階って感じか……
で?その程度で何とかなるとでも思ってんのか?」
手に包まれた中から聞こえる声は先ほどまでとは様子が違っている。
さらに篠田を包んでいた大量の手が解け、中にいたその姿を晒す。
その姿は想像していたよりもまだ人間らしい形を残している。
簡単に言うと篠田本体はそこまで変わっていない。
ただ、その背中からはおびただしい数の手が生えている。
先ほどまでは、しゃべることすら半ば出来ていない様子だったのに、どうやら本当に時間をかけてしまったせいで強くなったようだ。
理性がのないバケモノと理性があるバケモノではその脅威度は格段に違ってくる。
口では大したことないと言いつつも、内心では冷や汗が出てくる。
先ほどから後手に回ってしまっているのが良くない。
これ以上何かあるのか分からない。
分からないが、仮にあったとしてもやらせるべきではない。
なら、速攻で片付けるべきだろう。
脚に力を込めて、剣を横向きに構える。
篠田もそれを見て本格的に戦闘に移ることを察したのか、背中の手を広げて迎撃の姿勢をとる。
そのまま、脚に溜めた力を爆発させて直進。
途中で反撃を予測して、いつでも迎撃できるように準備していたが、そのようなことはなく、いともたやすくこちらの攻撃が当たる範囲にまで近づける。
相手の狙いは分からない。
だが、反撃してこないならこちらが攻撃するしかない。
動きを止めず、そのまま篠田の右腕を肩から逆袈裟に斬る軌道で剣を振る。
やはり、篠田の反応は変わらない。相変わらず抵抗する気もないように見える。
だが、前回の脅しのつもりとは違う。
俺は本気で斬りに行っている。
そのまま抵抗なく肩を斬られた篠田は、それでもひるむことはなく、それどころかむしろ逆側の腕でこちらに殴りかかってくる。
「んん!?!?」
ギリギリで躱しながら、殴りに来た左腕も斬りつけるが、どうにもこちらは手ごたえが違う。
「ダメですよぉ、そんな攻撃じゃ私には通りません」
そう言いながら篠田は背中から生えている手の一本を引きちぎると右腕に持っていく。
すると、異様な音と共に新たな腕がくっついていく。
その後、何度か拳を握ったり開いたりして新たな腕の様子を確かめている。
その様子を見ながら少しでも相手の能力の分析を進める。
「なるほど……ちょっと硬いか……
ま、だからどうした?という程度の能力でしかないな。
そんな能力で満足してるから三流以下のセンスのねえ野郎だって言われるんだよっ!!」
あからさまな挑発に篠田は一瞬眉間にしわを寄せ、その目は怒りの感情を灯すが、すぐに落ち着く。
「いけませんねぇ……
変容には耐えたのでそこそこの素質はあったという事なんでしょうが……
それでもこの体になってから感情の抑制が少し雑になった気がします。
欲望の望む姿をとると聞いていましたが……まさか自分がここまで雑な人間だとは思いたくないですねぇ……」
一瞬見せた激昂の感情を隠して、努めて冷静であるかのようにふるまう篠田。
ならば、あえてもう少し揺さぶってみる価値はありそうだと判断する。
「へぇ~、その体、スキルによる効果じゃないんだな?
随分とペラペラしゃべってくれてありがとよ」
「おっと、いけません。余計なことをしゃべってしまうとは、本当に判断力が落ちているのか……」
どうやらこれ以上は話してくれなそうなので、残念だが会話を打ち切って分析に戻る。
しかし、ここまででも十分収穫はあったと言える。
まず、第一に変容。
前回であったモンスターと酷似していたことから十中八九白黒魔石によるものだと思ってはいたが、どうやら間違いないらしい。
そして、次に感情の抑制が雑になったという点。
おそらく白黒魔石の副作用だろう。
モンスターとの融合に近いことが行われたことで、人としての理性が薄くなっていると推測できる。
最後は、白黒魔石の効果について。
欲望の望む姿になる。
おそらくは魔石を宿した宿主側の願いをかなえるための姿。
今回の篠田は、研究者。そして、
おそらく今回の手が多く生える変容は、篠田の内心でまさしく「手が足りない」という欲望から生まれたモノだろう。
さらに言うなら、おそらく篠田は白黒魔石についてそこまで知っているわけでは無いだろう。
先ほどの発言に合った「聞いていた」という言葉。
これはつまり、篠田は白黒魔石の開発に関わっていた人間ではないし、その開発の成果について直接知れる立場の人間でもないという事。
人づてに聞いて白黒魔石を渡される程度、しかしながら人としての理性が薄くなるなどの副作用については知らされていない程度の立場。
当然仕事として篠田を捕える気ではいるが、それによってどの程度の情報が得られるかをついつい考えてしまう。
色々と思考を巡らせていると、篠田はいくつかの手を叩いてこちらの注意を引きながら話しかけてくる。
「考え事は、済みましたかぁ?
私に攻撃が通用しなくて絶望したのかもしれませんが、助けてあげる気はないですよぉぉ!!」
そう言いながらこちらに向かって手を伸ばしてくる。
しかし、その程度なら何も問題はない。
こちらに向かってくる手を難なく剣で斬り払う。
そのまま先端がなくなった状態の腕を掴み、脚を踏ん張る。
足裏の接地力を最大限まで上げながら全力で後ろへと引っ張る。
そうすれば当然つながった先にいる篠田は、こちらに向かって引っ張られて飛んでくる。
「うるせえよ。誰の攻撃が通じなくなったって?」
そう言いながら篠田の片側。左半身の胴体を残したそれ以外の部分をすべて切り落とす。
元々ついてた左腕も、人間だったころから変わっていない左脚も、背中から生えてた大量の手も腕ごとすべて。
初撃で反撃された時に斬りつける程度で切断まで至らなかったのは、前回までの腕の強度に合わせて振る力を抑えていただけだ。
多少硬くなっても斬ろうと思えば、この程度、たやすく斬り落とせる。
そのことを簡単に示した俺に対して篠田は、驚きながらも少し笑っていた。
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白斗:戦闘中は余裕という態度を崩さないためにもお口が悪い。いったい誰の教えなんだろうか……
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