第86話 新たな脅威、異形のモンスター

 「そうですか、そのような懸念が……」

 「今の所は可能性の話だがな。でも、こちらに伝わる人魚伝説と人魚の里の話は聞いているだろう?」

 「はい。たしか里の話は人魚の一人が突然変貌して里を全滅させた、と。」

 「ああ、それが瘴気にやられた者で間違いないんだ。何しろ当事者がそう言っているのでな。」

 「ネモフィラ様、ですね?」

 「ああ。」

 「ともあれ、これは各国に周知させなければいけない案件ですね。」

 「イワセへは既に連絡しましたので、ロマリア連邦の各国へはこちらから打診したほうが良いかと思います。」

 「そのようですね。では、さっそく大統領へ報告するとしましょう。同時に連邦12カ国へも連絡しておきます。」


 マルグリットさんに瘴気による異変の懸念を伝え、出発の挨拶を済ませると私達は拠点とするリンツという所へと出発することになった。

 ここからリンツまでは鉄道での移動になるんだけど、途中の路線が先日モンスターによって破壊されたのでそこは徒歩、あるいは飛行になる、かな。

 そんなモンスターの脅威によって列車の本数はかなり減っているんだって。


 そもそも鉄道はランニングコストがとてもかかるので黒字化はなかなかに難しいって言ってたな。

 でも重要な交通流通のインフラだから無下に赤字路線でも廃止にはしないらしいんだけど、こうした主要幹線がこの調子だと収益なんて到底見込めないんだそう。

 こんな経済の面でも、モンスターの影響が如実に表れてきているのね。

 マルグリットさん、要するに首相の計らいで一等個室の切符を用意してもらったんだけど、何だか悪い気がした。

 本数が減った分、通常車両はすし詰め状態なんだ。


 「リンツまでは途中の中継も含めてまるまる一日程かかるらしいよ。」

 「結構な距離よね。私が飛んだ方が早いわね。」

 「そうだけど、せっかくこんな贅沢な席まで用意してもらったし、ねー。」

 「そうだね。でも、凄いよね、この部屋。」

 「この個室はな、何でも政府関係者が使う席らしいぞ?」

 「え?ってことはかなり高額なんじゃ?」

 「そうだな。お前達の一週間分の食費に相当するだろうな。」

 「ルナ様?」

 「何で私達の食費換算なの?」

 「ん?ああ、他意はないぞ?わかりやすいだろうと思ってな。」

 「……」


 ちょっと恥ずかしい。

 というか、よく考えると最近私もシャルルも、普通に大食漢のような気がしてきた。

 覚醒できるようになってから、食事量も確かに増えた、ような気がしないでもない。

 も、もしかして体重や体形もそれなりに……


 「アホか。大丈夫だよ、まだな。」

 「ウリエル様、まだって……」

 「あはは、心配すんな。そんだけエネルギーの消費が激しいってこった。脂肪になって蓄積したりはしねぇよ。」

 「……」


 ちょ、ちょっと甘いモノは控えよう、かな。


 そんな話をしながらも、車窓を眺めると長閑な畑がどこまでも広がっている。

 こういう所はデミアンに似ているかな。

 遠くに見える山々は、秋になったばかりだというのにすでに白く雪を頂いている。

 俯瞰するだけなら、この地方も素敵な場所なんだけど、ねぇ。


 ウルムという駅に到着し、ここで一旦下りないといけない。

 線路はこの先まで続いているけど、今はこの駅が終着駅になっているんだって。

 つまりこの先で、モンスターが暴れたって事だ。

 次に列車に乗れる駅までは結構な距離があるそうで、馬車で途中休憩含めて20時間程かかるとか。

 列車を降りて駅前に出る。

 かなり人が多くて、ちょっとした大都市並みの賑やかさだ。


 「どうしようか。代替馬車があるけどとても捌ききれないくらい並んでるよね。」

 「歩くのは良いんだけど、時間がかかるよねー。」

 「山越えはしなくて済むけど、いっそ走ろうか?」

 「ディーナ、あんたさっきの話気にしてるんじゃ……」

 「な!何をおっしゃいますかシャルルさん!気にしてなんかいませんの事よ!?」

 「とまぁ、いずれにしても歩くのは手だな。モンスターが出れば対応もしやすい。」

 「なら、所々で私が飛べばそれなりに時間は短縮できますね。」

 「そういう事だな。ディーナのダイエットがてら歩くぞ。」

 「だ、だから気にしてないって……」


 ちょっと皆がいぢわるだ。

 まぁ、今はそれだけ余裕があるって証拠よね。

 だけど、ホントに体重ふえたのかな……


 幹線道路とは違う、少し外れた街道を進む事にした。

 傾向として大きな通りよりも少し細くて集落が点在する街道の方がモンスターは出現しやすいって話だ。

 モンスターによる路線の分断は5日前の事らしい。

 そのモンスターは結局討伐できずに逃してしまったという。

 つまり、再び現れる可能性が高いって事よね。


 そう言う事で周囲を警戒しつつ歩く。

 徒歩だと次の駅まで2日程かかるけど、近隣に出没するだろうモンスターの討伐も考慮すると仕方がないよね。

 ウリエル様は先行して偵察をしてくれているんだけど、現時点では私もシャルルもモンスターの気配は感じられない。

 ルナ様も同じみたいだ。

 と、ウリエル様が帰ってきた。


 「この先に居る。だけどよ、様子がヘンだ。」

 「この先ですか?」

 「ああ、2キロ程先、森の中に7体程固まってやがる。」

 「固まって?」


 話を聞く限りじゃ、どうやら潜んでいるような感じみたいだ。

 気配を消して潜伏しているとみて間違いないと思うんだけど、ウリエル様はそれとは別の事が気になったみたいだ。


 「そのモンスターな、マルグリットが言ってた獣人タイプだ。見ようによっては魔族の亜人に見えるぞ。」

 「え?」

 「そ、それって下手をすると魔族が襲ったって疑われるんじゃない?」

 「まぁ、亜人タイプの魔族はそんなに多くは無いしあんな異形な獣人はいないけどな。」

 「しかし、魔族をよく知らない者からすると疑われても仕方がない、か。」


 この200年で人間と魔族、龍族との確執は完全に解消されている。

 そもそも魔族が人間と争う事など皆無なんだ。

 ちょっとした諍いはあるけど、それは人間同士でもあり得る事だし、特に酒場での喧嘩なんてあって当たり前だしね。

 でも、これはそんな異種族間の絆を切り裂く可能性を孕んでいるって事だよね。


 「ルナ様。」

 「ああ、これは看過できないな。殲滅はしなければならないだろう。だが……」

 「ええ、調べる必要もある、という事ですよね。」

 「そうだ。どうしたものかな。」

 「一先ずよ、これは片付けるべきだぜ。そんな個体がこれだけって事は無いだろうし、その事実はイワセを始め各国に知らせるほうが先決だろ?」

 「そう、だな。ディーナ。」

 「はい。」

 「お前の使い魔の能力で、アルチナにイメージで伝えられるか?」

 「できると思います。やったことは無いけど……」

 「ってことで、まずは奴らが潜伏しているのが確認できるトコまで行こう。」


 こちらも気配を完全に消して、物音も極力立てずにその場所まで進んだ。

 見えてきたのは獣人の形に近いモンスターだ。

 姿形だけ見れば、さっきの話の通りなんだけど、感じられる気はまるで別、モンスターそのものだ。

 普通に暮らす人間ではその違いに気付かないと思う。


 さっそく使い魔を使役してお母様に連絡する。

 お母様の使い魔とリンクさせて、私が今みている場面そのものを転送した。

 そしてさっきの話の内容も。


 「ひとまずはこれで報告はできました。」

 「よし、行こうよディーナ。早めに片付けないといけないと思うし。」

 「そうだね、ルナ様、ウリエル様、行きます。」

 「討ち漏らした個体は私が対処しよう。気を付けるんだぞ。」

 「よっしゃ。アタイはワールドに入るぞ。」

 「行こう!」

 「うん!」


 突然襲撃してきた私とシャルルに、反応が遅れたみたいだ。

 けど

 この個体の強さはこれまでで最強の部類に入るんじゃないかと思えるくらい強固で強い。

 それに


 「これ、瘴気?だよね?」

 「全部そうみたい!」


 7体全部が、いわゆる稀な瘴気をまき散らす個体のようだ。

 幸いな事に私達に対して瘴気は効果がない、けど、気持ち悪さはかなりのものがある。

 覚醒状態で襲撃したので、7体はあっという間に殲滅できた。

 が


 「もう一体居るぞ!」

 「はい!」


 ルナ様が叫んだと同時に、私とシャルルもその個体に気付いた。

 逃げようとしていたみたいだけど、それを逃す事はしない。

 さっきの7体よりも、さらに強そうな個体で、こっちは異形の獣の姿だ。

 その個体も斬ると同時に焼却し、ひとまず周囲からモンスターの気配は消えた。

 

 「どうも、私達の知らない所で何かが進行しているような気がするな。」

 「こんなモンスターが増えていったら、確実に世界は良くない方向に行っちゃいますね。」

 「これはちょっと、先に拠点を確保して周囲を調査したほうがよさそうです。」

 「アタイもシャルルの意見に賛成だな。こりゃ下手すると二手に分かれて調査って事も視野に入れとくべきだろ。」

 「そうだな。シャルル、飛んでいこう。行けるか?」

 「はい。急ぎましょう。」


 こうしてとりあえずの脅威を排除したことで、急ぎ拠点の確保に向かった。

 もちろん、低空を飛びながら周囲の探索は忘れずに。


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