第86話 こんな幸せなことはない
ズキズキと痛む頭を一瞬だけ抑えて、アレスはサヴォンとの戦いを再開した。
普段の刀……
サヴォンを倒すことが目的ならもっと踏み込むが、アレスの目的はそうじゃない。サヴォンを元の人間に戻すことが目的だ。
そんな戦いをしばらく続けていると、
「キミもいよいよ運がないね」国王が口を挟んできた。「噂では聞いていたよ。無冠の帝王ってのは運がない人間だって」
「間違った噂だな」
「そうかな? 騙されて大罪人になった挙げ句、こうやって最強のバケモノと戦わされてる。しかもここで殺されてしまうんだから……運がないと言うしかないよ」
アレスは一歩サヴォンに向かって踏み込んでから、
「サヴォンと戦うのは楽しいよ。俺とやり会えるのなんて、サヴォンくらいだからな」だから運がある。「それも含めて……俺は世界で一番ツイてる人間だぜ」
何度も言うが、アレスは本気でそう思っている。自分こそが世界で一番の運の持ち主だと思っているのだ。
「……それはどうして?」
「簡単な話だよ」
本当に簡単な話だ。もったいつけるような話でもない。
だが今までは、何かと邪魔をされて最後まで言えなかった。だから……今この場で言ってこう。
アレスが世界で一番ツイていると豪語する理由。
それは……
「俺にはテルがいるからな」それだけである。「テルと出会えて、お互いに好き同士でいられる。俺にとって……こんな幸せなことはない」
この世にはテルがいる。そして自分を好きだと言ってくれる。そしてアレスはテルを好きでいられる。
それだけでいい。アレスにとってはそれが世界のすべてなのだ。
その世界のすべてを持っているうちは、アレスは世界で一番運があると言い続ける。テルが幸せなら、アレスは幸せだ。
「俺は……」アレスはさらにサヴォンに近づいて、「思えば……テルの前でカッコつけたいだけだったんだろうな。だから……だから無冠の帝王って称号が嫌だった」
「……?」
「無冠じゃない帝王になれば、もっとテルが好きになってくれるんじゃないか……そう思ってたんだろう」無意識のうちに、だろうけど。「だから……本来は称号なんてどうでもいいんだよ。テルが俺のことを好きでいてくれるなら、それでいい」
別に無冠のままでもいい。戴冠と同時にテルを失うのなら、冠など願い下げだ。
アレスはさらにサヴォンに近づく。少しずつ触手を切り落としながら、間合いを詰めていく。
「サヴォンを元の人間に戻そうってのも……そうしたらテルが喜んでくれそうってだけだ。まぁサヴォンに生きててほしいって俺の気持ちも本心だろうけどな」
国王は言う。
「くだらないね。そんなプライドのために命をかけるの?」
「別にアンタに理解して貰う必要はねぇよ」誰に理解されなくたって問題ない。「おいサヴォン……アンタが一番言われたくないことを言ってやる」
アレスはさらに間合いを詰める。当然相手の攻撃は激しくなっていくが、まだまだ余裕を持って回避できる。
そしてアレスは言った。
「サヴォン……アンタ……弱くなってるぞ」サヴォンを殺せると豪語した理由がそれだ。「人間型のほうが強かった。今のアンタは……ただ力任せに暴れてるだけだ」
その言葉に反応したのは国王。
「なにを言ってるの……? 今の彼は人の形にとらわれない、限界を超えた強さを――」
「今のサヴォンには技術がねぇ」アレスは触手をまとめて切り落として、「経験がない。信念がない。戦略がない。サヴォンが1人の人間として極めた技量がないんだ。いくら力が強くたって……そんなんじゃ俺には勝てないぜ」
人の形を留めていたほうが圧倒的に強かった。
バケモノ形態のサヴォンは明らかに弱体化している。さっきは刀が折れて攻撃を食らったが、武器が十分なら相手にもならない。
サヴォンは力任せのバカではなかった。騎士団長としての経験や、今まで学んできた武術をしっかりと己の糧にしていた。だから彼は強かったのだ。
「おい……サヴォン」アレスは触手を悠々とかわしながら前に出る。「このままだと……俺はあっさりとお前さんを真っ二つにする。俺との決着が……そんなのでいいのか?」
いいわけがない。少なくともアレスはそう思う。
アレスはさらに続ける。
「悔しければ……もっと強くなってみろよ。俺はいつでも受けて立つ」
その言葉を聞いて、サヴォンの動きが見るからに鈍くなった。
叫び声も轟音も聞こえなくなった。ただ巨体のバケモノがその場に呆然と佇んでいた。
アレスは笑顔を作って、
「アンタと戦うのは楽しいからよ……またやろうぜ。だから……元の姿に戻ってくれよ。そうじゃないと……俺はアンタを殺すことになる」
その覚悟はできた。もしも説得が通じないのなら、このままサヴォンを真っ二つにする。
しかし……その必要はなさそうだった。
少しずつ……目の前のバケモノが小さくなっていく。暴れていた触手がすべて引っ込んで、そして……
「よう」アレスは目の前の男に声を掛ける。「お目覚めかい? 人類最強さん」
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