第84話 見参

 無数の触手が暴れまわっていた。その銀色の巨体が舞踏会場のイスとテーブルをなぎ倒していた。


 これがさっきまでサヴォンだったとは信じたくない。しかし目の前でこの異形の体に変身したのだ。信じなければいけないだろう。


「おいサヴォン……!」振り下ろされる触手を避けてから、アレスは叫ぶ。「お前……国王にいいように使われたままでいいのかよ!」


 返答はなかった。ただ触手がもう一発振り下ろされて、地面にヒビが入っただけだった。


 直撃を喰らえば一撃で戦闘不能になるかもしれない。それくらいの威力だ。


「頼むよ……」アレスは心の底から懇願する。「俺は……お前を殺しくたくねぇよ……」


 そう思ってしまうくらいには、アレスはサヴォンのことを尊敬していた。


 サヴォンほどの男の最期が、こんなものでいいはずがない。


 しかし……


「ムダだよ」国王は冷たく言い放つ。「もうサヴォン団長の理性はない。キミを殺すまでは絶対に理性を取り戻すことはないよ」

「……命令したアンタを殺したら?」

「サヴォン団長を止める方法がなくなるよ。このまま街に出て、世界中で大暴れするだろう」


 それはおそらく本当なのだろう。そしてこのサヴォンが街で暴れたら世界の終わりだ。少なくともこの国にサヴォンを止められるやつは存在しない。


 国王は挑発的に言う。


「それに……『殺したくない』だって? まるで目の前のバケモノを、殺そうと思えば殺せるみたいな言い方だね」

「殺せる」


 確信がある。


「……なんで?」

「アンタにゃわかんねぇだろうよ」アレスにしかわからないことだ。「サヴォン……!」


 声をかける暇もなく、バケモノの触手がアレスを襲う。今のところなんとか回避しているが、少しずつ避けるスペースが無くなってきた。

 

 このままではやられる。そう直感する。反撃しなければ街が……テルが危ない。


「……」アレスは逡巡の末、「悪く、思うなよ……」


 刀を抜いた。


 そして襲いかかってきた触手の一本を切り落とした。切られた触手はしばらく地面でのたうち回って、動かなくなった。


「お見事」拍手をするな。腹が立つ。「さぁ、どんどん来るよ。全部さばけるかな? そのヒビの入った刀で」


 そう、問題はそこだ。今のアレスの刀にはヒビが入っている。その状態で刀がどこまで持つか、そこが不安だ。


 アレスは次々と触手を切り落としていく。しかし切っても切っても触手は無数に伸びてくる。まったく相手にダメージを与えている気分にならない。


 実際にダメージはないのだろう。この戦闘が終わればまたエネルギーを補給する。そうすれば元通りになるのだろう。


 そんな戦いを続けているうちに、少しずつアレスの呼吸が乱れていく。


 それに目ざとく気づいた国王が、


「さすがに疲れてきた?」


 反論の余地はない。いよいよ疲労が表面化し始めた。


 前日には騎士団の入団試験を受け、その夜に火災騒動。それから不眠不休で応急に乗り込んで大量の聖騎士と人類最強の騎士団長を相手にしたのだ。


 いくらなんでも体力的には限界である。


 しかし相手の体力は、おそらくほぼ無限だ。あんな身体にスタミナという概念があるのかどうか。あったとしても人間の比ではないだろう。


 早くケリをつけなければならない。


 そう思った瞬間、一層太い触手が飛んできた。


 アレスは刀を奮ってその触手を真っ二つにする――


 予定だった。


「げ……」気がつけば触手が、回避できない距離にあった。「やっべ……!」


 極太の触手が顔面に直撃して、アレスは壁に叩きつけられる。脳みそが激しく揺さぶられて、意識と視界がチカチカと点滅した。


 顔面が壁にめり込んで、頭部に激痛が走る。なんとか意識をつなぎとめるが、足に力が入らずに膝をついてしまった。


 ダメージで体が言うことを聞かない、なんて生まれて初めての経験だった。これほどの大ダメージを負ったのもはじめてだった。

 

 国王の声が遠くから聞こえた。いや……本当は近くにいるのだろうけれど、歪んで聞こえた。


「刀が折れたみたいだね。そろそろ……終わりかな……?」


 アレスの刀は真っ二つになって地面に転がっていた。すでに傷を負っていた刀身が、激しい戦いに耐えられなかったのだ。


 アレスは苦笑いで、

 

「今度は俺の刀が折られて……痛み分けってところか……」いや……それも言い訳か。「……俺の負けか……」


 他人から与えられた力でも、それはそいつの力だ。つまりサヴォンの力。打ち破れなかった以上は負けだ。


 刀を失った以上、勝ち目はない。あんな量の触手を素手でさばけるわけがない。


 ……


 ああ……終わりか。ちくしょう。最期にテルの顔を見たかった。


 そう思って諦めかけた瞬間だった。


「オ……オーホッホッホ!」聞き覚えのある声がした。「げ、激辛仮面2号……見参……!」


 ……


 こんなアホなことを言うのは、アイツしかいない……と思っていた。


 どうやらもう1人いたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る