第83話 本人には内緒で
国王の切り札。
国王がその切り札の存在をほのめかした瞬間、サヴォンが胸を抑えて苦しみ始めた。
「お、おい……!」アレスはサヴォンに駆け寄って、「どうした……? 大丈夫か?」
「っぐ……!」サヴォンは更に苦しそうな表情になって、「なんだこれは……? 体が……!」
サヴォンはうめき声を上げながら苦しみ続ける。人類最強の男がここまで苦しむのなら、相当な激痛なのだろう。
サヴォンはさらに大きな声を上げる。もはや悲鳴に近いそれは、とても痛々しかった。
「おい……サヴォン……!」
アレスがサヴォンの肩に触れようとしたとき、
「触るな……!」サヴォンがアレスを突き飛ばして、「私から離れろ……! 今すぐに!」
「なに言って――」それかアレスは目の前の光景を見て、頭が真っ白になった。「……は……?」
……
……
基本的にアレスは冷静なほうだ。ドラゴンが出ようが王子が実は女性だろうが、人類最強の男を目の前にしても頭が真っ白になることはない。
生まれて初めて思考が真っ白になった。眼の前の現実が受け入れられずに、ただただ呆然と立ち尽くしてしまった。
サヴォンの顔面が溶けたのだ。
顔面の半分がドロっとした銀色のゲルみたいになって溶けた。そしてそれは全身にまで行き渡って、ついには人間の形を留めなくなった。
今までサヴォンだったものは……銀色でゲル状のなにかに変わった。
銀色のスライム。銀色の触手。銀色のゼリー。なんて形容したらよいのかはわからない。
とにかく……バケモノ。そう、バケモノだ。不気味な輝きを放つ半固形のバケモノ。
……サヴォンが溶けてなくなった。そして銀色のバケモノになったという事柄だけをなんとか理解した。
そいつはベチャベチャと肉体を撒き散らしながら移動を始めた。本能的に危険を感じ取って、アレスは一気に距離を取った。
かなり巨大なバケモノだった。サヴォンの体が溶けてできたバケモノのはずなのに、明らかに体積は増えている。
アレスの身長の3倍はあるだろうか。そんな正体不明のバケモノが触手を振り回して暴れていた。とても痛々しい、金切り声を上げながら荒れ狂っていた。
アレスはそれを呆然と眺めながら、国王に向けて怒鳴った。
「なんだあれは……! サヴォンに何をした……?」
「簡単な話だよ。サヴォンが裏切ったときのために、彼の自我と身体を溶かせるようにしておいたってだけ」
「……自我と身体を溶かす……?」
「そうだよ。もちろんキミを殺したあとはどっちも元に戻せるよ。安心してね」
サヴォンが人として生きた記憶や感情が消えてなくなるわけじゃない、ということか。
それは嬉しい事柄だが……
「サヴォンはアンタを裏切るつもりなんて……」
「ないだろうね。でもサヴォンがキミより弱いのは確定した」直接対決で勝敗が決まった。「でもサヴォン以上の実力者はこっちにはいないからね……それでもなんとかしてキミを消そうとした場合、サヴォンのリミッターを外すという選択肢を選ぶことになる」
アレスは振りかざされた触手を回避して、壁の付近まで追い込まれる。
「リミッター……?」
「そう。もともとサヴォン団長は人の姿では手に入れられない力を願ったんだ。だからバケモノになって、人間の限界を超えられるようにしてあげたの。本人には内緒でね」
この姿になることは本人も知らなかったわけだ。
……
なるほど……
国王は手を叩いて続ける。
「素晴らしい力だね……これがサヴォン団長が求めていた究極の力だよ。今の彼は自分の力を100%引き出せる。人間の体という制約を捨て去った元人類最強……果たして止められるかな?」
……
……
これは……
結構ピンチか?
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