第81話 最強だから

「先に言っとく」アレスが刀を鞘に収めて、「楽しかったぜ。アンタほど強いやつには……二度と会えないだろう」

「……居合い切りか……」サヴォンは剣を構えて、「悪いが居合は不得手でね」

「別にいいさ。アンタが最も得意で……後悔しない攻撃をしてくればいい」


 自分にとっての最強の攻撃をぶつけ合えばいい。


 最高の緊張感があった。静まり返った会場と最強の対戦相手。これほどの修羅場は二度と味わえないであろうという直感があった。


 額から汗が流れてきた。息をするのも忘れてしまうような究極の沈黙。


 睨み合いの時間は長く感じた。おそらく時間としては数十秒もなかったのだろうが、アレスにとってはとても長かった。サヴォンにとってもそうだろう。


 ――


 サヴォンの汗が地面に落ちた瞬間だった。


 鋭い踏み込みとともに、サヴォンがアレスに向けて剣を振るった。速度、威力、迫力、隙の無さ。どれをとっても一級品の最高の一撃だった。


 そうしてすれ違いざまに一撃。


 一瞬遅れて風が舞った。アレスの居合い切りとサヴォンの一撃が目にも止まらぬ速度で交錯した。


 2人はお互いの武器を見た。


 アレスの刀にヒビが入っていた。とても深いヒビで、もはや刀としての強度は備えていないようだった。


 そしてサヴォンの武器は……


「……見事……」真っ二つに切り裂かれ、刀身が地面に突き刺さっていた。「……勝負あり、だな……」


 刀にヒビが入ったアレスと、剣が真っ二つになったサヴォン。


 ……アレスとしてはもっと完全勝利したかったところだが、サヴォンの言う通り勝負ありだろう。


「……」アレスは刀を鞘に収めて、「もっと完全勝利する予定だったんだがな……こっちもヒビ入れられてるし、引き分けかもな」

「どこが引き分けだ……」サヴォンも半分になった剣を収めて、「キミなら首も切れただろう。それを手加減して剣を切った……実力差は明白だったよ」


 首を切ろうと思えば切れたのは確かだけれど。

 

 しかし……そんなことをしても意味がない気がした。相手を殺す必要はないと思ったのだ。


「完敗だ」サヴォンはどこか清々しそうな表情で、「そうだよな……無冠の帝王ってのは、最強だからそう呼ばれるんだよな。最強じゃない無冠は……ただの一般人だ」

「俺はただの一般人だよ」最強でもなんでもない。「俺は英雄だとか責任だとか……そんな事柄から逃げただけだ。その手の重圧に立ち向かったアンタのほうが、よっぽど上等だよ」


 思えばアレスは戴冠することが怖かったのかもしれない。その冠の重圧に押しつぶされるのが嫌だっただけなのかもしれない。


「……なんにせよ、私の負けだよ」サヴォンはテルの牢屋の鍵を投げて渡して、「早く迎えに行ってあげるといい。恋人が待っているぞ」

「……そうだな……」アレスは珍しく頭を下げて、「ありがとう、楽しませてもらったよ。また機会があれば、やりあおうな」

「ああ。今度は私が勝つが、それでも良ければ」


 そんな会話を交わして、最強同士の最終決戦は幕を閉じた――


 はずだった。


 舞踏会場に、悠々とした拍手の音が響き渡った。


「いや……お見事だね。まさかうちの騎士団長より強い人間がいるなんて、思ってもなかったよ」

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