第19話 幸せと不幸
『ねえ、――は私のことどう思ってるの?』
聞き慣れた愛おしいあの子の声。私が最もこの世で愛して愛して愛している彼女の声。
『軟禁して私だけの彼女にしたいくらいには愛してます』
『そ、そう……ありがと』
重いくらいの愛に蹌踉めきながらも頬を赤らめている小さい私の彼女の姿。
『もしかして照れてます…?かわいいです』
『……ベッドの上で泣かせられたい?』
『わ、わたしはべちゅに問題はないというか…?ね…?」
『っ……!今日はもう帰る…!だから明日期待して?』
照れながらもほんの少し背伸びして私の耳元で囁いてくる彼女。微笑ましいというか可愛いというか。でも、そんな彼女に私はドキドキして心臓の鼓動が早くなる。
『う、うん……」
私は恥ずかしがりながら小さく頷く。その後も気まずい空気はなくなることはなくそのまま私たちは各々家に帰った。
♢♢
「―――っ!」
「どうしたの急に起きたりして?」
長い夢を見ていた。どこか現実味を帯びていて驚くほどに甘く、胸が締め付けられるぐらい苦い…そんな夢。私は胸の苦しみに耐えられなくなり狂三さんに抱きつく。
「大丈夫だから。私はここにいるから…」
急に抱きついてしまったのにもかかわらず狂三さんは私を拒むことはなく受け入れてくれる。二回目なのに妙に安心感があるため、私は更に狂三さんを求めてしまいそうになる。それほどまでに彼女は優しい。
だから私は狂三さんに抱きつくのをやめて彼女の隣に座る。狂三さんは少し物足りなさそうな表情を浮かべていたような気がする。しかし、これ以上は歯止めが効かなくなって理性が溶けてなくなってしまう。
「ましろん本当に大丈夫……?」
「は、はい…胸の苦しみが少し和らいだので大丈夫だと思います」
「もしかして悪い夢でも見た?」
あれは別に悪い夢ではなかった。どちらかというと幸せな夢だった。あんなに幸せそうにしている私と狂三さん。だけどそんな私に嫉妬してしまった。私の記憶にない狂三さんの表情、姿を知っている自分自身に。
自分自身に嫉妬していたことを言ってしまったら笑われてしまうかもしれない。だからといって狂三さんに嘘をつきたくもない。素直に言ってしまったほうが楽なのかもしれないが、そしたら私が羞恥心のあまり消えてしまいたくなる。
私が葛藤していると狂三さんが私の胸元に顔を埋めてきた。
「相変わらずましろんのそういうところ可愛いよ?自分に嫉妬するところ」
「――っ!……なんでわかるんですか…!」
「ましろんは顔に出やすいから」
私は咄嗟に自分の顔を手で隠す。今更隠したって意味がないことはわかってるし、今狂三さんが私の顔を確認なんて出来ないことだってわかってる。だけどこうでもしなきゃ羞恥心を誤魔化す事ができない。
今まで羞恥心を感じることはあったけど思わず顔を隠すぐらいまでの羞恥心は今日が初めてかもしれない。私に比べて狂三さんは羞恥心で悶えたりしない。
「……こんなの不公平です」
「ましろん?」
狂三さんは私のことを知っているから誂うことができる。私は狂三さんのこと覚えてないのに。思い出そうとしても誰かが邪魔しているかの如く頭痛がするので思い出すことが出来ない。それは狂三さんのことだけではない。私自身の過去を思い出そうとしたときにもそれが起こる。おかげで私は自分自身のことすらわからない。
「私は狂三さんのことも私自身に関する記憶もないのにっ……!なのに狂三さんは私のこと私以上に知ってて……」
「――っ!……まって、ましろん自分の記憶もないの…?う、うそ」
「嘘じゃないです…思い出そうとしてもあの子の声が聞こえてくるんです……それに頭が割れるくらいの頭痛もして……うぅっ…もうむりです」
どんな表情をしているのか確認したいが今はどうしても狂三さんの顔を見たくない。彼女の表情を見てしまったら私の中にある何かがまた壊れてしまいそうで怖い…そう思っていても彼女の表情がどうしても気になってしまった。
――そんなことを思ったのが駄目だった。
私は彼女の表情を見てしまった。憎しみ悲しみ苦しみといったドロドロとした感情が混ざり、瞳からは涙が出ていた。
そんな表情を見てしまった私はもう駄目だった。悲しませてしまった。私が私自身がいるから彼女が狂三さんが苦しんでこんな表情を思いをさせて……そんな私が怖い辛い恐い憎い。これ以上傷つきたくも傷つきさせたくないし失いたくもない。なのに今現在も私の中から大事なものが抜けていってる。嫌だやだ嫌だやだ……わたしからなにも奪わないで、奪わないでよ……!
「――っあぁ……」
「――おち……いて…――ぶ、だから…」
狂三さんが何か言葉を言ってるけど私にはそれを理解することが出来ない。言葉が途切れ途切れでノイズがかかっていてわからない。彼女の言葉すら理解させてくれない。
――やっぱりこの世界は残酷だ
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