第47話 手を握り

 暗く重い海の底から浮上するように、フェルエンデは意識を取り戻した。

 ここは何処だろう、とぼんやり思いながら、鼻を動かし、耳を澄ます。

 人はいない様だ。服シーツの質感、ベッドと枕の硬さ、部屋に漂う僅かな生活の匂いから自室であると、彼はすぐに理解する。

 けれど、いつ頃眠ったのだろうか。

 まだ意識が眠りに引きずられているフェルエンデは疑問に思いつつ、目の代わりとなる奇蹟を使おうとした。

 しかし、全く使えない。身体には生命を維持する程度の神力の量しか、残っていない。


「んん~?」


 どうしたものかと起き上がろうとしたが、こちらもうまく動かない。まるで重りが付いているかのようだ。

 その時、足音が僅かに聞こえてきた。

 フェルエンデの護衛や世話役である従属は、あえて足音を立てるようにしている。しかし、聞こえてくる足音は極力抑えている。暗殺等の悪だくみの為ではなく、癖だ。

 そして扉が音を立てないように、そっと開けられる。


「ベレクト」

「なんだ。起きていたのか」


 驚きと安心を交えながら、ベレクトは言った。


「ついさっき起きたんだ」

「そうか。調子はどうだ?」


 ベレクトはベッド横に置かれた椅子へと座る。


「意識ははっきりしているけれど、身体が……」


 今までにないベレクトの強い視線に、状況が呑み込めなかったフェンだが、言葉を発した際に点と点が繋がる様に思い出した。


「俺は鼻血出して、意識を失ったんだっけ」

「そうだ。皆が大騒ぎだったぞ」


 ため息交じりにベレクトは苦笑する。


「……助けてくれて、ありがとう。俺も、リュートルやΩの人達は、フェンや皆のお陰で、無事だ」

「どういたしまして」


 リュートルの持っていた宝玉が、フェンが用意し渡していたものだった。あれが無ければ、ベレクト達は大怪我どころか死んでいたかもしれない。


「どれくらい眠ってた?」

「まるまる二日」

「二日ぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げて驚いたフェンであるが、そうだよなと呟きながら苦笑する。


「原因は、やっぱり奇蹟の使い過ぎか」


 奇蹟の使い過ぎによって身体に負荷がかかり、体調を崩す。第二の性が発言したばかりで、制御や限界を知らない幼いαやβによく見られるが、過労と呼ぶべきフェルエンデほどの症状を引き起こすのは稀だ。


「あの短期間で、どれだけ自分を酷使したと思ってるんだ」


 ベレクトはフェンが眠っている間に、トゥルーザ達から何があったのか説明を受けた。

 あの時、物語であれば、ヒロインをヒーローが助ける美味しい場面であっただろう。しかし現実では、第二皇子であるフェルエンデを前線に出すなんて出来るはずがない。其れに加えて、彼にしか出来ない奇蹟の操作が度重なり、サポートに徹する事となった。

 フェンはベレクトに掛けていた誓約から、彼の異常を直ぐに察知し、護衛である〈影〉達と共に即座に行動を開始した。場所の特定は容易であったが、侵入が困難な状況だった。

 病院の建物が強力な防御壁を貼っているだけでなく、神力を貯める装置の役割をしていた。防御壁は隠してあった宝玉を見つけ出し、〈影〉に壊させれば終わりだった。問題は、建物にあった。

 白い建築資材は、神殿を構成する石材だったのだ。石材は頑丈さだけでなく、神力が一定量満たされないと奇蹟であっても動かせない特殊な性質を持っている。つまりは、神鉱石どうようにある程度の神力を保有する事が出来、それを他に活用できるのだ。

 さらに白の石材は、神殿しか使用が認められていない。けれど神鉱石同様に採掘自体は、出来る者が存在する。隠された流通経路があるとすれば、それはかつて要塞都市であった名残であり、神殿が封鎖中である外殻の地下通路だ。

 安易に侵入すれば、爆発や火災、建物の倒壊など発生させる恐れがある。逃亡と証拠隠滅を謀られかねない。それらを未然に防ぐには、どうするべきか。

 フェンは考え、自身の神力で石材の主導権を握り、操作する事を決めた。


「俺一人じゃ、出来なかったし」

「確かに先生達も裏で活躍していた。でも無茶したことに変わりないだろ」

「そうだけどさぁ」

「けどじゃない」


 石材の欠点は、水が蒸発するように徐々に神力が抜けることだ。完全に神力を封じ込められる神鉱石と違い、大量に使える利点はあるが、消耗が激しい。

 エンリの活躍によって、その欠点を増幅させた。

 神王が島を巡っていたのは、蜘蛛の糸のように、血管のように神力の道筋を作り、各区にある教団の建物に注ぎ込む仕組みを作っていたからだ。その神力は空中に霧散するモノだけでなく、信者達の腕輪からも少量ずつ抜き取り、糸へと溶け込むように仕組まれていた。各所の中継地点と糸を切る為にエンリとトゥルーザを含む聖騎士達は分隊と班に分かれて、それぞれ行動を開始する。

 そして、半分近くの糸を切った時、病院への神力の流れは完全に途絶えた。

 糸を切る傍らで新王教団の病院へと移動していたトゥルーザの分隊がフェルエンデに合流し、石材の支配を終えたフェンと共に作戦を開始しようとした時、建物内で爆発が発生した。

 リュートルが斥候として侵入してくれたお陰で、ベレクト達が守られた。投げた宝玉にはΩ達を守るだけでなく、位置を報せる奇蹟を仕組んでいた。

 合流したトゥルーザの分隊に誘導と人質の保護を任せるため、建物の石材を動かし、壁に穴を制作。彼らに注目が集まっている間に、別の出入り口からカルダン達〈影〉を侵入させ、相手の油断を突いて内部を制圧した。

 最後は流れるような動きであったが、病院までの移動、防御壁の宝玉の探知、そして建物の千を越す石材を支配し動かす、それら全てフェンは1人で行った。


「1人で背負わなくたっていいだろ」

「俺しか出来なかったから」


 広範囲を把握する奇蹟を常時使いこなす人は、フェンくらいだ。奇蹟は複数種を使うと意識が散漫し、効果が薄くなるとされるが、その積み重ねのお陰でブロックを操れた。神力の保有量もそれ相応だろう。

 彼にしか出来なかった。其れは分かっているが、命を天秤にかけて良いはずがない。

 けれど、彼の使命感や行動力が無ければ、ずっと停滞するモノがある。


「死にたいのか?」

「流石にそこまでは……」

「今回も俺が原因だって分かってる。でも、フェンは1人で頑張って、無理している様に見えるんだ」


 確かに護衛や家族など様々な人たちがフェンを支えているが、彼にとっては其れだけでは足りないようにベレクトは思える。命綱のような彼を踏み止まらせものが必要だ。


「ベレクトは、俺が倒れるのは嫌?」

「嫌に決まってるだろ。助けてくれて感謝はしているが、その為に犠牲になってほしくない」

「それじゃ」


 フェンは身じろぎをしてベレクトへと身体を向けると、右手を差し出す。


「俺に首輪チョーカーをちょうだい」


 その手を握ったベレクトは、直ぐに彼が何を言いたいのか察する事が出来た。

 決められた範囲から出ないように、それ以上行かないように、責任ともう一つの誓約だ。その首輪はフェンだけでなく、ベレクト自身にも掛けられる。


「……わかった。条件付けるから、ちゃんと聞くんだぞ」

「もちろん」


 握った右手に僅かに力が籠る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白銀の都の薬剤師と盲目皇子 片海 鏡 @kataumikyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ