第30話 会話が続き (一部修正)
「病院は島の税金で建てられるのか?」
フェンで皇族であると分かって以降、気になっていた事をベレクトは訊いた。
「土地以外は俺の資金で何とかする予定。お茶の商売もその一環なんだ」
そう言ってフェンはクッキーを半分齧った。
「皇族ならお小遣いとして結構な額貰ってそうだが、それでも無理なのか」
「貰ってるけど好き勝手に使えるものじゃないし、仮にぱっと一括払って建てられても、長期の経営として考えると不安があるんだ」
そして、残り半分のクッキーを口に放り込んだ。
「仮に税金で作って運営したとしても、何か問題が発生して何処かの予算を削減するとなったら、Ωの専門病院は目を付けられかねないんだよね。だから、金銭は独立させる」
「Ωの病院の予算削減したところで、たかが知れるだろ。島の人口の一割未満だぞ」
「そうだけど、やりたがる陰湿クソ野郎は必ずいるから」
「馬鹿げた情熱と労力を他に割いてくれ……」
少数であるΩの為の病院となれば、常に赤字経営だ。神殿から補助金とフェンの資金を頼っての経営は、綱渡りをする様に常に危ういものがある。病院の経営の後押しが出来る長期的な利益生み、Ω達の雇用が見込める商売として、飲食に注目した。他にも布や陶器の輸出など、医療以外の島の強みが生かせる産業品の貿易について専門家を交えながら検討している最中だ。
「最初は病院と神殿の繋がりは医療のみにして、俺個人とは切り離そうと思っていたんだ。でもベレクトが親父に話していたのを聞いて、やっぱり権力を使うのが大事だと思い始めたんだよね」
島で最初の皇立Ω専用病院。皇子自ら手掛けた病院。そんな風に報道関係者が話題にし、新聞で取り上げられたとなれば、逆恨みや鬱憤晴らしにαやβが集まってきかねない。
権力によって其れらを潰す事も出来るだろう。だが常に好奇の眼差しを向けられ、見張られている状況は、患者にとって良くない。あくまで個人が内密に建設し経営するとフェンは考えていたのだ。
「皇族としての地位と権力を活用しないのは勿体ないだろ。継承争いを退いたとしても、おまえは皇族である事に変わりないんだから。それに白衣の医療団が関わっているとしても無名の医師が始めたΩ専門病院より、皇族の方がまだ信用され易いし、初診も行きやすくなると思うぞ」
「まだ、か。溝は大きいな……俺が考えているよりも、ずっとずっと深刻だ」
支援団体と名乗っておきながら、逃げ場のない弱者に対して性加害を行い、支援金の横領する輩は少なからずいる。白衣の医療団も厳しい審査があるとはいえ、対応や診断はまちまちな部分がある。中にはΩと分かるだけで、対応が180度変わる医師すらいる程だ。
その為、Ωはどんなに銘打たれた存在であっても、まず疑う。
皇立の箔がついても、そこに襲ってくる相手がゼロではないからだ。
「人選も慎重にやらないと。病院なら医師は三人以上が必要だし、看護師の数もいる」
以前にも〈どれだけ雇えるか心配〉と彼が言っていたのをベレクトは思い出した。
「前から思っていたんだが、まずは診療所の規模でも良いんじゃないか?」
診療所は〈無床〉と19人以下の患者が入院できる〈有床〉の二つに分かれる。20人以上が入院できる施設が病院とされる。患者4人に対して看護師は1人。病床の種別に人員配置を定める必要があり、赤字経営となれば規模を大きくする程にフェンの負担が大きくなる。
「医師は男性と女性一人ずつ雇いたいし、やっぱり精神病床は欲しいんだよ。大きければ他の病院からこっちにΩの患者を移動する事も出来るようになるしさ」
「気持ちはわかるが、やっぱり理想が高すぎる」
商売まで手を伸ばし始めて、フェルエンデに休まる日があるのか。睡眠に食事と、きちんと取っているのか心配になって来る。
よくよく観察して見れば、フェルエンデはαのわりに細いと言うより痩せている様な……
心配なのは今も変わらないが、今回の話でフェルエンデが生き急いでいる様に感じ、ベレクトは若干苛立った。苛立つ理由は、頼りにされていないからだ。
ずっと1人で走り続ける彼の力に成れていないと感じるからだ。
「誰だって安心して病気や怪我を治療できる場所が必要だろ」
「フェンへの負担が大きすぎだ。神殿が」
どうしてこうも背負おうとするのか。むきになり始めるベレクトが言いかけたその時、体の異変を感じた。
「っ……」
咄嗟に口を塞ぐ。
急激にせり上がる体の違和に、吐き気がする。下半身がうずき、背中から首筋に掛けて熱を発し始める。
発情期だ。
よりにもよって、こんな時に。さっさと抑制剤を飲んでおけば良かった。
そう後悔しながら、ベレクトは急いで抑制剤を口の中に入れ、ガラスのコップに満たされた水を一気に飲み干した。
早く、早く薬の効果が出ろと強く祈ったのは、今回が初めてだ。
「トゥルーザさん呼ぶよ」
平静を装うフェンは、ワゴンに置かれていた手持ちベルを鳴らす。
外で待機していたトゥルーザは直ぐに入って来ると、一目見ただけで大よその事を把握したらしく、ベレクトに手を差しだした。
「フェルエンデ。おまえの寝室を使って良いんだな?」
「うん。彼がベッドで横たわれるように手伝ってほしい」
「わかった」
抑制剤は、他の薬同様に直ぐには効果は出ない。前回とは違い、フェンはαの抑制剤を飲んでいなかったのだろう。申し訳ないと思いながらも、口が回らないベレクトはトゥルーザの手を借りて、寝室へとゆっくりと歩みを進める。
背中を見送ったフェンは、静かに息を吐いた。
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