第125話 プロローグ 権力者たちの末路
私は姿を消し、気配を消し、誰にも悟られることなく、その会談を見ていた。
ここは政府関係施設の一室。
物理的にも魔術的にも防御の固められた場所で、集まった権力者連中はまさかこの場に第三者がいるなど思いもしていない。
今までの私であれば、とっくに発見され、排除されている。
だが、今は違う。
この私、時田京一郎は、ついに本当の意味で人間を超えた。
私はもはや、寿命を繋ぐだけの脆弱な存在ではない。
体内に魔石を宿し、今までとは桁違いの魔力を操ることのできる魔人なのだ。
その私を持ってすれば現代世界の防御システムなど子供の玩具と同じだった。
「異世界か……。なんとも眉唾な話だが、本当に実在するのかね?」
「報告によれば、根本が持ち込んだという果実や野菜は、どれも未知の種類であり、研究者たちが驚いているというが」
「根本か。あの男は魔術結社の犬だろう? 信用できるのかね」
「魔術結社といえば、先日、相当な騒ぎがあったというが」
「なんでも河原で全裸になっていたと」
「しかも記憶が飛んでいるのだろう? 何があったのか誰か知らんのかね?」
「大規模な儀式の暴発だとは聞いているが――」
「河原で全裸でかね? 有り得んな」
「そもそも、河原で全裸というのが本当なのかもかわらんがな。何か恐るべきことを隠しているだけなのではないか?」
話を聞いて、私はほくそ笑む。
ファー様に害意を向けて河原に飛ばされた魔術師どもは、現状では、犯人探しより失態を取り繕うことに必死のようだ。
「いずれにせよ、時田京一郎が持ち込んだ魔石は本物なのだ。放置はできまい」
「とんでもない密度だったそうだな?」
「大災害さえ引き起こせる力を秘めているそうだ」
「どこで手に入れたのか。まさか本当に異世界だとでも言うのか」
「それについては、実はすでに掴んである。今日、皆に集まってもらったのは、その対処方法についてを相談するためだ」
ここに集まっているのは、政財界で力を持つ者たちだ。
当然、情報の入手能力は高い。
会社の設立に加えて、インターネット上に残る魔石の出品記録から、羽崎彼方の名前が出てくるのは予測できていた。
故に私は今、ここにいるのだ。
「――羽崎彼方。18歳。無職。特出事項はなし。典型的な落脱者だな。いったい、どこからどのような手段で魔石を得たのか」
それは、偉大なる御方のことを完全に見下した口調だった。
私は、前に出て行きかけたとなりの男を、力を込めて制する必要があった。
今はまだ早い。
そもそも怒る必要はない。
なぜなら御方自身が、好んで無能を演じているのだから。
「偶然に拾っただけではないのかね?」
「しかし、この娘を社長に据えて、時田京一郎は会社を作ろうとしている。拾っただけのことでそのような真似はすまい。さらにこの娘は異世界の景色などというタイトルで動画を出している。供給源である可能性はある」
「では、どうする?」
「それは、本人に聞いてみるのが一番だろう」
「攫うのかね?」
「それは最後の手段だ。そのようなことはしなくても、いくらでも手はある」
「そうだな。とりあえず家族に罪を着せて、社会的に追い詰めるか。困窮したところに手を差し伸べてやれば自分から尻尾を振るだろう」
「しかし、向こうには時田京一郎がついているのだぞ? あの男は狡猾で隙がない。いつものように行くとは思えんが」
「時田か。忌々しい男よ」
「今回の件に絡めて、なんとか失脚させてやることはできないものか」
私は相当嫌われているようだ。
無理もないが。
なにしろそれなりに好きなようにやらせてもらっている。
「時田に罪を着せるかね?」
「それをやろうとして、今までに何人が消えた?」
「時田だけのことではあるまい」
「まったく、魔術師というのは本当に忌々しい」
「そう。魔術師どもが混乱している今こそ、我々の手にすべての権利を集約させ、正しい国の形を作る機会なのだ」
1人が声高に言うと――。
然り、然り。
多くが同意の声を上げた。
確かに今、日本にいる高位魔術師の多くは、記憶を無くして混乱の最中にある。
魔術師たちが握る実権を奪うには、またとない好機だ。
しかし、彼らは運がない。
私は笑いをこらえるのに必死だった。
なぜなら魔術師など遥かに凌駕する存在に喧嘩を売ろうとしているのだから。
見られているとも知らずに。
「それならば、やはり拉致だろう。1日で決めるべきだ」
「うむ。そうだな」
「魔術師どもに勘付かれるより先に、か」
総意で決議は成された。
彼らは羽崎彼方を拉致して、暴力によって真実を知ろうと決めたのだ。
パチパチパチ。
私は拍手して、自らかけておいた隠蔽の魔法を解いた。
同時に私のとなりには1人の男が姿を現す。
「な、なんだ貴様は!?」
「時田!」
「どうしてここに!」
「ここの警備は完璧のはずだぞ!」
権力者どもが席から立ち上がるが――。
すでに手遅れだ。
石木が無詠唱で睡眠の魔法を使った。
それに抗える者はなく全員が倒れた。
「1人くらいはと思ったが、所詮、権力に溺れた連中などこの程度か」
石木が残念そうに息をついた。
「だから言っただろう? 自分1人では何もできない者ほど、何もできないからこそ他者を蹂躙せずにはいられないのだと」
「まあ、いいさ。では、見ていろ。魔眼の使い方を教えてやる」
「ああ。素直にご教授を受けよう、先達よ」
私は魔人となって、まだ日が浅い。
手に入れた強大な力を自在に使いこなせるには遠い。
石木は1人ずつ全員の記憶を消去していく。
魔術師たちと同じように、揃って1年分を。
記憶を消して、また昏睡させる。
その後、転移魔法で河原に飛び、全員を下着姿にして、衣服と所持品はすべて塵に変えた。
石木は異世界でも『賢者』と称される存在。
倒れた全員を転移で連れて行くのも、容易いことのようだった。
深夜――。
前回の魔術師たちと同じように、全員を河原に並べた。
「はははっ! これでいいだろう! ゴミクズのニンゲンなど、本当は焼却して灰にしてやりたいところだが、それでは偉大なる御方のご意向に反する。残念だが、忘却と恥辱だけで、今回は許してやるとしよう」
「なんだ、キミはニンゲンが嫌いなのかね?」
私は石木にたずねる。
「嫌いなのはゴミさ。美観を損ねるだけのものなど、燃やして捨てるべきだろう?」
「それはそうだ」
私は同意した。
我ながら、つまらない質問をしてしまった。
「ゴミではないニンゲンも世界にはいる。それは理解しているさ」
「ニンゲンには、陛下の家族もいるからな」
「陛下、か。本当に貴様が、こうも容易く配下に収まるとは」
「言っているだろう? 私が望むのは、己が力のみ。偉大なる陛下に仕えてこそ、それは得られると思わないかね、『賢者』殿」
「それはその通りだ。――今後ともよろしく頼むぞ、同僚よ」
用件がおわって、石木は消える。
私は1人になり、夜空の上に浮かんだ。
今までは必要だった、長い呪文の詠唱も魔道具による補助も、今は必要ない。
浮かびたいと思うだけで体はどこまでも軽くなった。
本当に解放された気分だ。
世界と自分とがひとつにつながって、どこまでも力を出せる気がする。
「ふふふふふ! あーはっはっは!
素晴らしい! 素晴らしいぞ!
2つの世界を制覇して、真の理想世界を作るという、その大義!
その大義のために!
私も力を尽くして、仕えようではないか!」
汚れも穢れもない理想世界の構築。
それこそが、私が主と定めた、かの御方の最終的な目的だ。
そのためには好きにして構わないけど――。
ただし、できるだけ虐殺はなしね――。
すでに陛下からそのように下知は得ている。
今回は石木と行動を共にしたが、寛容なる陛下は新参たるこの私にすら、それなりの自由行動を許してくれていた。
理想世界実現のための道は遠い。
それこそ果てしない。
だからこそ、私は楽しみでならなかった。
覇道の手先となれることを。
今回と前回の放置プレイは、ただの警告に過ぎない。
真に穢れなき理想世界を作るための本当の戦いは、まだ始まってもいない。
いったい私は、この先――。
実戦の中で――。
どれだけの力に手にできるのか。
想像すると益々、私の笑いは止まらなくなった。
☆
今日から第2部です!
よろしくお願いしますっ!
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