第114話 閑話・聖女メルフィーナは日本に目覚めて……。3




「……魔術師かぁ。困ったわね。それだと魔眼でアレコレしたところで、より戻される可能性が出てきちゃうわね」


 昏倒した2人の魔術師を前に、魔王ウルミアが腕組みして首をひねります。


 2人は、青年は金髪、少女は赤髪ですが……。

 顔立ちからして日本人でしょう。

 年齢は20歳前後。

 まだそれなりに若く見えます。

 性格は、尖った顔立ちや派手な服装からも、先程のチャイムの鳴らし方からも、攻撃的な印象を強く受けます。

 正直、あまり友好的に接することのできる相手には見えません。


「いきなりこんなことをした意図を聞いてもいいかしら?」


 私はウルミアとフレインにたずねました。


「安心しなさい。訪問者にはこうしろってファー様に言われているから。記憶を消して、どこかに捨ててくるの」

「命令された通りの完璧な対応」


「この2人は魔術師だと思うのですが……。この世界にも魔術師はいるのかしら?」

「ええ。前に来た時、いきなり襲われて倒したわよ」

「楽勝」


 私は混乱しました。

 ウルミアとフレインに嘘をついている様子はありません。


 あるいはこの世界は、この日本は――。

 私のいた日本とは違う――。

 パラレルワールドなのかも知れません。

 私の知る日本に、魔術師なんていう存在はいませんでしたから。


「あの、その……」


 困惑しきった顔でヒロさんが前に出てきます。

 私はヒロさんにウルミアの言葉を伝えました。

 あと魔術師のことも聞いてみます。


 するとヒロさんは言いました。


「いると思います。ただ、世間からは隠されていて、ファーさんたちも私には隠している様子なので詳しく聞いたことはないんですけど……」

「そうなのですか……そうなのですね……」


 私は思考を巡らせます。

 2人を起こして、詳しい話を聞いてみたい気もしますが……。

 しかしそれは――。

 私たちの存在を公にすることになりかねません。


 そうこうしている内に、ウルミアが2人を起こして、一切の話を聞くことなく、魔王の魔眼で意識と記憶を奪ってしまいましたが。

 魔王の魔眼は強力です。

 余程でなければ、より戻されることはないでしょう。


「フレイン、人目のない場所に捨ててきて」

「りょ」


 そして、2人を再び肩に担いで、外に出ていってしまいました。


「ねえ、聖女様……。いいの、今の?」


 リアナさんに言われましたが、私に答えようはありません。

 かわりにウルミアが答えます。


「いいのよ、あんな雑魚。よく考えてみたら1万人いたってファー様の敵でないわ。

 ――それより聖女ども」


 魔眼の力のこもったままの視線が私とリアナさんに向きます。

 私は平気ですが、リアナさんには危険すぎます。


「何かしら?」


 微笑を浮かべつつ、私は防御魔法を展開してリアナさんを守りました。

 魔法は無事に発動しました。

 異世界で使うよりも強い負荷が体にはかかりましたが。


「そうだ。お茶、持ってきますね」


 気を利かせたヒロさんが、お茶とお菓子を持ってきてくれました。


 お茶は、ペットボトルの緑茶。

 お菓子は、塩味のポテトチップスでした。

 どちらも懐かしい――。

 私も知っているメーカーの、知っている柄のものでした。


 そして、驚くべきことに――。

 そこに書かれていた年代は――。

 私がこちらで死んだ、ほんの数年後のものでした。

 私は異世界で20年を生きてきましたが――。

 過去に飛んでいたのか、それとも、時間の流れ方が異なるのか――。

 いずれにせよ、歪みはあるようです。


 しばらくの間、私たちは無言でお菓子をいただきました。


 やがて、ポテトチップを食べおわった後――。

 ウルミアが口を開きました。


「覚えておきなさい。向こうに戻ったら必ず復讐してやる。卑怯な手しか使えないおまえたちに純粋な力の怖さを教えてやる」

「それは、どうかしら」

「――どういうこと?」


 許されるのなら、現代世界に帰りたい。

 懐かしい日本に。

 私はそんな気持ちを秘めて、魔王の宣言を受け流しました。

 それはおそらく無理な話で――。

 そもそも私自身、異世界を見捨てることはできないと、自分でもわかってはいますが。


「なんにしても、ファーを待ちましょ! ね!」

「同意」


 リアナさんの言葉に、スッと戻ってきたフレインがうなずきます。


「ウルミア様、すべてはファー様の意思次第。我々はファー様への恭順を決めた」

「そうね。そうだったわ。聖女ども、今の言葉は忘れなさい」

「ええ。忘れておくわ」


 私は肩をすくめた。


「よかったぁ。ここで喧嘩するかと思いましたよお」


 リアナさんは肩の力を落とします。

 本気で心配させてしまったようです。


「フレイン、あの2人は?」

「カンペキ。高い鉄の塔の上に置いてきた。風に飛ばされないように、ちゃんと粘着もした」

「そ。ならいいわ」


 高い鉄の塔とは、高圧送電鉄塔のことでしょうか。

 あの2人は魔術師ですし、大丈夫とは思いますが――。

 目覚めたら、さぞ驚くことでしょう。


「それよりウルミア様」

「なぁに、フレイン」

「油のいい匂いがする。私のいない間に、異世界グルメを堪能していた予感」

「ポテトチップスと言うそうよ。とても美味しかったわ」

「ウルミア様」

「なぁに、フレイン」

「私の分は?」

「え?」

「え?」

「頼んであげる! 頼んであげるからぁ! おい、聖女!」


「ええ。わかったわ」


 私はヒロさんにお願いしてあげました。

 幸いにもまだあるそうです。

 ともかく私たちは、大人しくファーさんの帰りを待つことにしました。

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