第38話 デジャブ

 順調に校舎の中を進み、やっとのことで下駄箱まで辿り着いた俺たち。

 スパイ映画と言ったが、その言葉を今すぐにでも撤回したい。だって、順調なときほど試練が待ち受けるものだ。


「ヤバっ……こっち来る!」


 ひょこりと曲がり角の様子を見ると、小声で叫ぶ未奈。


「こっち施錠されてるから逃げる場所ないぞ。どうするんだよ」


「どうしろって言われても!」


 ストーカー男がこの角まで来てしまうと、俺たちは行き止まりで詰みになってしまう。

 ここは未奈を守るためにも、俺が男を出してあのストーカーをぎゃふんと言わせた方がいいのか?


 ひょっと、俺もそのストーカーの姿を確認する。

 辺りをキョロキョロしながら歩くそのストーカーの見て、俺の玉はひゅんと縮こまった。

 ……うん。ダメだね。


 あんなガタイのいい男に勝てるわけがない。筋肉の量がレベチだ。

 あれと戦ったら俺は小指で倒されてしまう自信がある。


「おい! どうするんだよ!」


 ボコされるのはごめんなので、男気がない俺は未奈にすがりよる。


「私だって分からないんですけど⁉」


「痛いのはごめんだぞ……俺」


 もう覚悟しよう。

 腕の骨一本や二本くらいは……いや、ダメだろ。あと、顔もやめて欲しい。唯一自分で一番自信があるところだから。


 ストーカーと対面したときのことを必死に考えてる俺だったが、


「蓮馬こっち!」


 間一髪のところで、未奈に強く引っ張られると、どこかの部屋に滑り込む。

 勢い余って俺は床に倒れ込むと、その上に覆いかぶさる未奈は、咄嗟に俺の口を塞ぐ。


 あれ、この状況デジャブだな。シチュエーションは違うとはいえ、馬乗りされている状況になんとも既視感がある。


 シーンと静まり返ったところに、数秒後聞こえてくるのは「チっ……ここにもいないか」と、扉の向こう側から聞こえたストーカーの声。


 足音と共にブツブツと呟いている声が遠のくと、未奈は安堵のため息を吐いた。


「ふぅ……行ったみたいだね」


「……死ぬところだった」


「あいつ……しつこすぎるのよ」


「いつから付きまとわれてるんだよ」


「つい最近だけど、もう家とかにも来られて超めんどくさい」


「ご察しするよ」


 女のストーカーより、男のストーカーの方が面倒とよく聞くしな。

 いくら高校生とて、体の関係から好意を抱き、ストーカーになることなんてざらにある。

 一番めんどくさいんだよな。


「ていうか、ここはどこなんだ」


 未奈の胸が目の前にあって、よく周りを見ていなかった。

 扉があったから、どこかの空き教室にでも入り込んだと思ったんだが、


「多目的トイレだけど」


「多目的トイレ⁉」


 想像の斜め上だったので、思わず聞き返してしまう。それと同時に、俺はキョロキョロと周囲を見回す。

 明るい室内、角には手すり付きのトイレ、鏡の大きい洗面台。

 ここは間違いなく多目的トイレであった。

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