原作者の都合で負けヒロインにさせられた俺の推しにしてメインヒロイン。ムカついたので俺が主人公に転生して幸せにします。
せんと
第1話【現実の結末はそう都合良く終わってはくれない】
こんなにもこの世に自分しかいないと思わせる
国道に近い位置に住む人間の宿命とも言える、昼夜を問わず聴こえる救急車や警察車両のサイレン音どころかバイクの迷惑な爆音さえも、今晩は一切聴こえてこない。あと上の住人の生活音までも。
死ぬには丁度良い日――きっと神様が俺の最後に用意してくれたサプライズに違いない。ベッドに痛みの落ち着いた身体を預け、
末期ガンにより余命は一ヶ月――そう半年前に医者から宣告されていたが、人の生命力とは凄いもので。どうにか身体が持ち堪えてくれた。
推しのライトノベルの最終巻を読んであの世に旅立つ......その願いがもうじき叶う。
『
原作・電子版・コミカライズ、累計500万部を突破したばかりの大人気ラブコメ作品。
一昨年にはアニメ化も果たし、その円盤の売り上げもアニメとしては大変好調だったらしく。特に特典ドラマCDが付いた初回限定は今ではプレミア価格で取り引きされている。
当時ブラック企業勤めですっかり社畜、改め生きる屍と化していた俺にとって、『大原くん』との出会いはまさに運命を感じた。
世界規模のパンデミックが起ころうと会社の体質は変わらず、むしろ不況により上からの圧力が増し精神を病みかけていた俺を救ってくれたのが、この『大原くん』だった。
ストーリーは過去に女子から酷い振られ方をした陰キャ系男子高校生の「
が彼氏・彼女になるまでの、約束された未来に向かって突き進む青春王道ラブコメ。
それだけ聞くとその辺の一般ラブコメと何ら
特に俺は推しのヒロインであるひなきに対し、これまでに感じたことのない特別な感情を抱いていた。
歴代のジャンルを問わず好きになってきたヒロインには、必ずと言っていいほどに主人公に自己投影し、そしてヒロイン相手にあれやこれやと
だがこのひなきは違う。
ひなきを抱いていいのは大原くんのみ。
大原くんにしかひなきは幸せにできない。
二人が結ばれる未来が見たい......自分の性欲に塗れた願望よりヒロインの幸せを第一に願ったことは生まれて初めてのことだった。
そんな大好きな作品のグッズに見守られながら最終巻を読みたいと考えた俺は、入院をせず自宅療養を選択。
どうせ死ぬなら推し作品の胸の中で。
入院なんかしていたら、それこそ一ヶ月も持たなかっただろうよ。
この半年間、本当に辛く長く、何度死んだ方が楽になれるのではと考えたものだ。
......でも、それももうじき終わる。
時刻は午後11時59分。
あと一分後には最終巻である第6巻の電子版の配信が始まり、ついに感動のハッピーエンドを拝める。
ベッドの上に横になったままスマホを手に取り、画面にアプリのアイコンを表示させて待つ。
またこの1分が長い。
最後の
この感、僅かたったの5秒程度。早くしてくれ......そこには病院の待合室で検査結果を待っている時よりも遥かに長く感じ、そして緊張している自分がいた。
――午前0時ジャスト。
骨と皮だけになった指先を
予約作品の表示が消え、ついに読める状態に! 時は来た!!
物語は前巻である第5巻のラスト、ひなきが大原くんへついに告白した場面で終わった、その続きを描く。
ハッピーエンド間違い無しだとしても、毎回我々読者の心を良い意味で揺さぶって
くるはららき先生のことだ。今回も想像の斜め上の展開を突いてくるに違いない。
胸の高鳴りをなんとか抑えながら一言一句取り
ああ、俺は本当にこの作品のことを、いや、ひなきのことを愛しているんだな......自
然と指で画面をスライドさせるペースも早くなって行き、一時間ほど
夏空の花火の
『私、料理もそんなに上手いほうじゃないし、ちょっとおばさんくさいところもあるなぁ~って自覚もしてる。もしも大原が直してほしいって思ってるなら、喜んで直すよ。だって私は大原に、好きな人に染められたいから』
『ひなき......』
『改めて告白するね......風宮ひなきは、大原修二のことがこの世界で一番大好きです。私とお付き合いしてください』
夏祭りデート。
打ちあがる花火に彩られ、ひなきが改めて大原くんに対する想いを語る......いよいよだ。
大きく心臓が鼓動し、まばたきする間も忘れ、俺は次のページをめくった。
『......ごめん。俺はひなきを幸せにすることはできない』
「............は?」
おいおいちょっと待って!!!!!!
こいつ今..........ごめんって言いやがったか?
脳が現実を理解できず何度もそのシーンを読み返してみるが、やはり大原くんがひなきを振ったことに変わりはなかった。
そうだ! きっともうワンクッションあってから二人はくっつくんだな! さすがは我らのはららき先生! やることがその辺のラノベ作家とはひと味違うぜ!
......と動揺する自分を
大原くんは以前恋人に近い関係だった女子と結ばれ、数年後、二人が結婚式を挙げるシーンで物語の幕が下りた。
「ふっ......ふざけんなッ!!!!!」
末期ガンによる苦痛とはまた別の、死神の鎌で精神を
「なんなんだよこの結末は! 大原くんとひなき結ばれて幸せになる物語じゃなかったのかよ!」
深夜だろうと知ったことか! 無敵の人なめんな!
俺は怒りのあまり起き上がり、寂しく『了』と画面に映し出されたスマホを床に思い切り叩きつけた。
「そもそもこれって作品のコンセプト破ってるだろうが......なんで編集はこんな結末許してんだよ! 無能か!」
苛立つ気持ちをどうにかして抑え、床に転がったスマホ拾い、とりあえず原作者のあとがきに目を通す。
しかしそこに書かれていた内容はさらに怒りを助長させる最悪の内容が書かれていた。
『どうすれば面白い結末を迎えられるのか。いくら編集さんと考えても答えが出ませんでした。なので最終的に自分のやりたい結末をやらせていただいた次第です。ファンの皆様、今まで応援ありがとうございました』
......ッ!!!!!!
「なにが「最終的に自分のやりたい結末をやらせていただいた次第です」だ! 読者なめてんのか! コンセプトってのはよぉ、言ってみれば俺たち読者への約束だろうが! それを何様だよ......」
最低限、企画書通りの物を作るのがプロとしての当然の仕事。
しかしはららき先生、いや、はららきは自分の力では無理だからと諦め、最後にまったのコンセプトに反する結末で締めてしまった。
最低の仕事と言っていい。
「だいたい、大原くんだってどう考えたってひなきのこと好きだろ! セックスしたいと思えないから恋人になれないって、どうすればそんな境地に達するんだよ! 仙人か! ここまでフラグびんびんに立てといてそりゃねえだろ!」
不満は原作者・編集と続き、登場人物までに及び、文句は尽きない。
病魔に侵され、あの世に旅立つ前にどうしても読んでおきたかった作品の結末が、こんなバッドエンドに等しい胸糞ビターエンドで終わるだなんて......あんまりだろ神様!!
エンドレスに一人で文句を繰り返し、怒りと絶望で倫理観を捨てた俺が勢いで原作者の公式SNSに抗議のDMを送ってやろうとした時だった――。
「......んぅッ?」
呼吸が、しづらい。
というか、呼吸が、できない?
景色が歪み、心臓が飛び出してしまいそうなくらい激しく脈打つ。
直感としてわかった。
これは本当に危険なタイプの症状だと。
「......きゅ......しや......」
画面にヒビの入ってしまったスマホでなんとか救急車を呼ぼうにも、110番なのか119番なのかで判断が遅れる。
思考が上手く働かない。
ヤバイ。
やがてまともに立っていられなくなり、床に勢いよく頭から落ちる。
「............ぐぁッ!!!」
目の前に映るひなきのタペストリー全体が何故か真っ赤に染まる。
誰だよ、人の大切な推しのグッズにこんな酷いことしやがって......こいつ手に入れるのにオークションで10万も使ったんだぞ......弁償しろよ......。
俺の意識は、そこで途絶えた。
――享年27歳。
死因は末期ガンによる多臓器不全......ではなく、推しの作品のヒロインが幸せになれなかったことによるショック死と判断される......か、バカ野郎。
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