16 VS魔獣01



●●ソフィー●●



 エルホルザの街に辿り着いた。

 外敵の脅威が少ない街であることがはっきりとわかるのは、その街壁の低さだ。

 魔獣はこの位置からでも見ることができる。


「大きいわね」

「これほどのものは私も初めて見ました」


 騎士が唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 魔獣の大きさはその辺りにある家屋を超えていた。

 蛇のように細長い胴体だ。

 だが蛇ではなく、四肢がある。

 人間のそれに似ていて、前足には長い五本の指があり、後ろ足はしっかりとした太さがある。

 四つん這いになっているが、あるいは後ろ足で立つこともできるのかもしれない。

 そして気になる頭だが、ここまで蛇のような雰囲気を纏わせていながら、頭にあるのは蛇の顔ではなかった。

 黒く無表情な人の顔に見えた。

 銀色の毛が髪と髭を一緒くたにしたように長く伸びている。

 無表情に、だが口だけは開き、そこから雷のような音と共に破壊の光を放っている。

 背中の広い範囲で焼け焦げがあり、その部分になにかが突き出ている。

 空にいただろうことを考えれば、そこに翼があったのだろう。

 失われ、落ちてきた。

 そしていまもなお、怒っている。

 傷の痛み、敗北の屈辱……そういったものを落ちた先にいた人間にぶつけている。


「このままでは街が壊されてしまう。まずは外に引きずり出しましょう」

「はっ!」


 二人は街壁を飛び越え、魔獣に迫る。

 街の中に入ればあちこちからの悲鳴がはっきりと聞こえてくる。

 だが、それら全てを確認している暇はない。

 ソフィーは魔獣の頭を目指し、そこに逃げ遅れた人の姿を見つけた。

 子供だ。


「パパー! ママー!」


 女の子だ。

 転んだことで逃げ惑う人の波から置いていかれたのか。

 服は汚れ、握りしめているのは手作りのぬいぐるみだ。

 魔獣の顔がその女の子に向いた。


「させない!」


 魔功が体外に迸り、ソフィーの周囲に火花を散らせる。


 アンハルト流剣技【瞬断】


 その名の通り、瞬く間に距離を詰めたソフィーの剣が魔獣の顎を切る。


 アンハルト流剣技【落花流星】


 さらに二本の剣を回転させ、魔獣の首を落とすことに挑戦する。

 が、剣は魔獣の皮を破ることなく、回転は押し返される。


「くっ、硬い!」

「ソフィー様!」


 女の子を遠くに逃した騎士が戻ってきた。


「……とにかく、外に移動させます」

「ははっ!」


 ソフィーの言葉に騎士が応じ、二人は同時に魔獣の吐く光を避けた。



●●●●



「ああ、ソフィー様」


 侍女が神に祈っている。

 俺はその腕の中で困っている。

 どうしたものか。

 あの魔獣をソフィーと騎士の二人だけで倒すのは無理だろう。

 だってあれ、竜だもの。

 空を飛び、雷を呼ぶ。

 そんな魔獣は竜と呼ばれる。

 高濃度の魔力を浴びて、魔獣よりもさらに進化した存在。

 魔獣の破壊衝動を克服できていないようだから低級の竜だろうが、それでも強いことには変わりない。

 助けに行くべきだ。

 とはいえ……。

 さすがに姿を見せることになってしまうし、そうなるとバレるだろう。

 それを許容するべきか、どうか……。


「ん?」


 悩んでいると、空に異変を感じた。

 咄嗟に結界の魔法を張る。

 ほぼ同時に空から雷が降ってきた。


「ひっ……」


 侍女が突然の光と音にやられて気絶してしまう。

 俺ごとひっくり返るので、なんとかすり抜けると、すでに地上にはそいつが降りてきていた。


 翼のある蛇。

 人間の手のような前足を地面に付け、逆立ちのような状態で俺を見ている。

 顔は人間っぽく見えるが、これはただそういう模様なだけだ。

 落ち窪んで黒く見える部分に小さな眼があり、俺を見ている。


「ふうん、俺が見ているのに気づいていたか」


 人語を操る知恵はなさそうだが、それなりに高い知能は持っていそうだ。


「蛇風情が調子に乗るな」


 俺がそう言った瞬間、竜が口から光を放ち、俺はそれを魔法で迎撃した。

 

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