20.力こそパワー

 宴会から一晩明けて早朝。いつものようにギルドを訪れると、ギルドの受付近くで待つレティーナを見つけた。


 俺も待ち合わせの時間より早めには来ているのだが、レティーナはほぼ毎回先に待っている。一度どれくらい待ったか聞いてみたこともあるのだが、嘘か本当か、彼女は先ほど来たばかりと返すのみだった。


「おはようございます!」


「おはよう。今朝も早いな」


 昨日も相当飲んでいた筈なのだが、こうして遅刻どころか今日も一番乗りで、酒が残っている様子もない。聖女には何か聖なる力で酒精も浄化できるとかあるんだろうか。


「今日はどのような依頼でしょうか?」


「いや、今日は依頼じゃなくて迷宮探索に行こうと思う」


「そうですか、探索を……え、探索!?」


 驚いたような声を上げるレティーナ。気持ちは分らんでもないが、冒険者の本分である探索に行くと言っただけでこんな反応をされたと思うと、思わず苦笑が漏れてしまう。


 そもそもレティーナが冒険者ギルドにやってきたのも本来、魔王復活に際して増加した魔物の討伐や、魔王が潜む迷宮を突き止める手伝いをするためだ。レティーナが予想を遥かに超える成長を遂げた以上、いよいよその本懐を果たさせてやらねばなるまい。


「わ、私、今度こそお役に立って見せます!!」


 胸の前で拳を握りしめて、こちらへと身を寄せてくるレティーナ。


「近い近い」


「あ、し、失礼しました……つい」


 やる気があるのはいいのだが、それが探索で空回りしないか若干心配になる。まあ何かあっても俺とリンファでフォロー出来るし、滅多なことはないか。


 少ししてやってきたリンファも伴い、受付で手続きを済ませた俺たちは迷宮へと向かった。



 

 


 

 「キシャアアァァ!」


 石造りの壁に反響する、ざらつくような甲高い威嚇音。


 目の前に並ぶ二足歩行の蜥蜴達。その体躯は身の丈が2メートルに迫る程だろうか。鋭い爪と牙、異様に発達した筋肉を覆うように体表を青白い鱗が覆うその魔物は蜥蜴男リザードマンに類する魔物の一種だった。


 奴らは動きが素早く、膂力も強い。知能も比較的高く戦術的な動きをしてくるため、いつぞやの屍人グールや水晶蟹と同じように対応できると思っていると痛い目を見ることになる。特に、群れた奴らを近接戦闘で相手取るのは容易くない。セオリーに則るのであれば、魔法や弓などの遠距離攻撃手段で近寄られる前に殲滅するのがいい。


 とはいえ、いつでもそういった手段が取れるとは限らない。相手が先にこちらに気づいていたら、それらの攻撃は間に合わないかもしれないし、よしんば間に合っても数によっては打ち漏らしも発生する。


 現に今、俺たちが相対する蜥蜴男リザードマンは既に一息で距離を詰められる位置まで来ており、もはや魔法の有効距離ではない。


 じりじりと距離を詰める蜥蜴男の群れ。一触即発の空気の中、先頭の一匹が飛び掛からんと、足をたわめ——


「グギャァッ!?」


 その顔面に拳を叩き込まれて、あらぬ方向へと吹っ飛んだ。


 一瞬前まで蜥蜴男が居た筈の場所に、拳を振りぬいた体勢で佇むのはレティーナだった。


 目の前で起こった事象に理解が追い付かないのか、息を呑むように固まる蜥蜴男達。そんな蜥蜴男達を待たずしてレティーナが動く。


 最も近くに居た蜥蜴男へ叩き込まれる容赦ない回し蹴り。凄まじい音と共にぶっ飛ばされた蜥蜴男は壁に激突。頑丈な石壁にその身をめり込ませた。


 一拍遅れて、蜥蜴男達が硬直から立ち直るが、時既に遅し。いや、その表現は正しくないかもしれない。


 早かろうが遅かろうが、初めから蜥蜴男達に抗う術などないからだ。


 回し蹴りから、独楽こまのように半回転したレティーナはそのままの勢いを乗せて手刀を放つ。木やら瓶やらをぶった切って見せた例の手刀である。首元に直撃した手刀は、硬い鱗をものともせずに振りぬかれ、蜥蜴男は両断された。


 その直後を狙った蜥蜴男がその手の鋭利な爪を振り下ろす。その手首をレティーナは事も無げに掴んで見せると、そのまま引っ張り込むようにして裏拳を叩き込んで見せた。

 

 どこまでも理に適った流麗な動き、されども齎されるのは暴風雨の如き破壊そのもの。そのままの調子でレティーナは次々と蜥蜴男を葬っていく。


 時間にしてみればほんの数十秒、それだけの攻防でレティーナは魔物の群れを制圧しきってしまった。空回るどころか、すぐに援護できるようにしていた俺とリンファの出る幕すらなしである。


 残心まできっちりこなしたレティーナは周囲に残敵が居ないことを確認すると構えを解いて振り向いた。


「どうでしょう……?」


 どうって……え、ゴリラって感じだけど……。


 まさかそんなことを素直に口に出すわけにもいかない。


「……いい感じだよ、うん」


「何かアドバイスなどありませんか……?」


 あれだけの大立ち回りを見せても、レティーナの中ではまだ何か納得出来ていないらしい。見上げた向上心だった。


 実際問題、俺から見ても今回の戦闘は身体能力差が勝因の大部分を占めており、格闘技術そのものはまだまだ粗削りな所もあった。


「そうだな……まず――」


 俺は少し思案したのち、いくつかの改善点を挙げる。

 


「――という感じだな。特に間合いは逐一きっちり測って立ち回った方が余計な消耗もない」


「なるほど……ありがとうございます!」


 その場で一通り伝え終わったところで、探索を再開した。



 ところで、迷宮を探索するにあたり魔物以外にも脅威が存在する。


「ふたりとも、ストップだ」


「? どうかしたんですか?」


 ちょうどを察知した俺は、ふたりを制止して壁際を見る。


 微弱だが違和感のある魔力の流れ。上に視線を向け、よく見てみると不自然な隙間が覗いていた。


 そう、罠だ。


 恐らく、通った者を検知して矢か何かを射出するものだろう。


 迷宮にはこういった罠が仕掛けられていることがある。種類や量は迷宮毎にまちまちで、洞窟タイプの迷宮では比較的少ない傾向にあり、今いるような石造りの遺跡タイプでは逆に多く見かけられる。


 また、迷宮内の罠は勝手に生成されるものらしく、既に攻略された迷宮内であっても……何なら自分たちが一度通った場所でも警戒を怠れない。


 俺は壁の中に仕込まれた感知器センサーの位置を探し当て、試しにその辺の小石を放り投げて反応させてみる。間髪を入れずに、数歩先の空間に鋭い針のような物体が降り注いだ。


「わぁ!?」


 目の前の光景に声を漏らすレティーナ。


 その後、感知器を弄って機能停止させれば罠解除完了だ。


「これでよし」


「相変わらず手際がいいな」


「こ、こんな罠が……」


 レティーナは感心したように呟く。

 

「罠の対処も出来るんですね……!」


「まぁな」


 ひとりで活動することも多かったから、罠の発見や解除の技術も一通り修めている。適正職ではないし、以前のパーティーではエルシャが完璧以上にこなしていたため俺がやることはほぼ無かったが……。


 その後も何度か魔物と遭遇したが、半端な数ならリンファの先制攻撃で壊滅。ある程度多くて撃ち漏らしてもレティーナがことごとくを拳で粉砕して見せるため、戦闘面で俺の出番はほぼない。


 形式的には後衛であるリンファの護衛のような立ち位置だが、そこまで魔物が辿りつくことがないので置物と化している。迷宮お散歩マンリターンズである。


 これは早いとこリンファに等級ランクを上げて貰って、危険度Bの迷宮に潜らないとな。


 ちなみにレティーナに関してはエランツァの采配で例外的にA等級相当の権限が付与されているらしい。なら斡旋制限も特例で何とかしろよと思わないでもない。


 そうして幾度目かの接敵。それなりに数が多かったこともあり、撃ち漏らしをレティーナが残敵を掃討している時だった。


「あ、待ちなさい!」


 ひと際素早い魔物をレティーナが追った先、その足元。


「……! 止まれッ! レティーナ!」


「え? きゃっ!?」


 レティーナの踏んだ床の石畳が音を立てて沈み込む。


 瞬間、レティーナの真上から巨大な岩石が投下された。


 本来のレティーナの瞬発力なら飛び退ってぎりぎり避けられたかもしれないが、今は魔物に気を取られていた時の不意打ち、なおかつ沈み込んだ床に足を取られて体勢を崩している。


「レティーナ!?」

 

 リンファの悲鳴じみた叫びを背に、反射的にレティーナの方へ飛び込むが、彼女が魔物を追った先であることが災いして絶妙に距離がある。どう考えても届かない……!


 脳裏に浮かぶ最悪の瞬間。


 レティーナは目前の岩石から逃れるかのように身を屈める。しかしそんなことに意味はなくほんの数瞬寿命が延びるだけで、巨岩は無慈悲に迫るのみ。そして。


「せ、ああああぁぁぁッ!!!」


 レティーナは沈み込んだ足をバネに飛びあがりながら拳を振り上げた。体を捻るようにして撃ちあがった拳はそのまま岩肌に突き刺さり——


 バガアアァンッ。


 凄まじい轟音と共に巨岩は砕け散った。


 ……えぇッ?


 俺は困惑しつつも自身の体に急制動を掛けて、飛び散ってきた岩の破片を剣で斬り払った。逃げていた魔物が破片の餌食になってお陀仏と化す。


 破片が全て転がり尽くして、迷宮に静寂が満ちる。余りの展開に俺もリンファもその場に固まって、何も言うことが出来ない。


 たっぷり十秒程経って、流石に青ざめた表情のレティーナが口を開いた。

 

「あ、危なかったです……!」


 俺は何と返すか、数秒迷った末。


「……まぁなんだ、その……ぶ、無事で良かった」


 そんな言葉を絞り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る