14.酒は飲んでも呑まれるな
レティーナと合流を果たしたパーティーは今日の所は引き返すとのことで、俺たちはそれを見送る形で別れることとなった。
俺としては先ほどの救出劇でちょっと疲れたのもあって、そのまま一緒に帰っても良かったのだが、リンファはまだまだやる気だったからな。彼女の意志を尊重してもうしばらく探索を続けることにした。どうせリンファがほとんど倒せてしまうのだし、俺の魔力が万全でなくとも問題はないしな。
しかし、まさかレティーナが例の聖女様だったとは……。
リンファの精霊術によって次々殲滅されていく魔物の群れを眺めながら、俺はレティーナについてぼんやりと思いを馳せる。神導教会の聖女など、およそ自分たちとは関わりのない存在と思っていたが妙な縁もあったものだ。
ただ、彼女が聖女だと分かったことで尚更引っかかるのはあの治癒魔法だ。聖女の
「アデム」
果たして原因はどこにあるのか。あの感じだと恐らくは——
「……アデム?」
「……ん、あぁすまん、何だ?」
「いや、僕の精霊術の出来はどうだったかな、と……」
「……ふむ」
そう聞かれて、俺は周囲を見渡した。きっちりとどめまで刺された魔物達は魔晶石を残して早くもその身を魔力に還元し始めている。正に死屍累々。
得意とする術の相性もあるとはいえ、少し前まで危険度Cの魔物に手こずっていたとは思えない戦果だ。
「かなり順調、というか想定以上に良くなってる。この調子ならユノが中位精霊に昇華されるのもそう遠くないかもしれん」
「……! 本当かっ」
俺の返答に、リンファは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
術の扱いが上手くなったのもそうだが、威力自体も大分底上げされてきている。ユノの成長が上手く進んでいる証拠だった。
中位精霊への昇華も数年単位はかかると思っていたのだ、このままいけば1年程度……いや、下手すれば数カ月で成し遂げてしまうかもしれない。
一層張り切った様子のリンファは、それからも精霊術を景気よくぶっ放しまくり続けた。
結局、リンファが魔力欠乏寸前でも探索を続けようとしたので、見兼ねた俺がストップをかけてその日はお開きとなった。
◆
「わたし、ほんとやくたたずで、だめだめでぇ……!」
「おーよしよし、辛かったのう」
「うえぇぇ……えらんつぁさまぁのんでますかぁ……?」
「飲んどる飲んどる」
ギルドに戻ると食堂でレティーナとエランツァが一緒に飲んでいた。えぇ……どういう状況……?
探索終了の報告と戦利品である魔晶石の売却を済ませるために顔を出したのだが、目に入った謎の光景に思わず足が止まった。ちなみに大分お疲れの様子だったリンファは、遅い時間だったこともあり先に宿まで送って来たので今はひとりだ。
幸いあちらは俺に気付いた様子はないので、こっそり用件を済ましてさっさと撤収したい。うっかり見つろうもんなら絶対面倒臭いことになる。
決意を胸に受付を見れば、カリネと目が合った。俺はアイコンタクトを送る。彼女とはそれなりの付き合いで、俺は最早ちょっとした絆すらあると思っている。彼女なら俺の意図をくみ取ってくれる筈だ。カリネは全てを理解しましたとでも言うような顔で頷いて見せた。
「ギルドマスター! アデムさんがお戻りですー!」
んー全く伝わってないッ!
絆とは何だったのか。いや、俺が一方的かつ勝手に感じていただけなのだが、思わぬところでそれが証明されてしまった感じがしてちょっと悲しい。
「おぉ、アデム! ちょうどいい所に! ちこう寄れ!」
「…………」
見つかってしまった以上はしょうがないので、腹を括ってふたりが飲む席の前まで行く。周囲には大量の空き瓶やらが転がっている。酒臭っ。
「ほれ、突っ立っておらんと座れ座れ! カカカっ!」
何がそんなに愉快なのか、ケラケラ笑う酔っ払いに促されて俺は嫌々席に着いた。
エランツァの隣、対面となる形で座った俺にレティーナが気づいた。
「ふあ、あなたは……あでむさま?」
「……どうも」
「なんじゃ、知り合いじゃったのか?」
「あぁ、まあちょっと……」
言いつつ、目の前のレティーナを見る。顔を真っ赤にし、目はとろんとしており絶妙に焦点が合っていない。完全に飲み過ぎである。聖女の姿か? これが……。
「エランツァ、聖女様相手に飲ませ過ぎだろう……」
「!? 待て待て、冤罪じゃ! 意義を申し立てるぞ!
何が、もんだよ。年齢考えろよ。若作り龍人がよ……。
仮面の奥の金眼がギロリと俺を
「いらんこと考えておらんか? 何か不愉快な気配を感じたが」
「まさか」
何も思ってマセーン。本当デース。
「……カカっ! まあよい。とにかく妾は飲ませておらんぞ。むしろ飲まされておるんじゃ」
「えぇ……?」
困惑する俺に経緯を説明し出すエランツァ。
レティーナはあの後ギルドに戻ってくるなりパーティーから除名される運びとなってしまったらしく、それによって半年以内のパーティー離脱回数が5回を達成。晴れてタンデムギルド史上初の斡旋制限聖女が爆誕してしまったらしい。
それで
しかしレティーナは聖女。見目も大変麗しく、年も若い。そんな女性がひとりギルドなんぞで飲んでいたら浮ついた冒険者に絡まれるのは必至。当然の如く、下心満載の冒険者がレティーナに絡みに行ったのだが——
「その
「は?」
「ほれ、あそこに転がっておる」
エランツァが示す先、食堂の隅には泥酔して倒れる男の姿。というかひとりふたりじゃなく結構な人数が転がっていた。嘘でしょ、これ全部レティーナがやったの……?
遅い時間帯を加味しても妙に人が少ないとは思っていたが、何やら大変なことが起こっていたらしい。
「
いやどういうわけだ。普通に飲むのを辞めさせればよくない? 何で一緒になって飲む必要が……? こいつがサボって飲みたかっただけじゃないのか。
仮面を少し上に跳ね上げながら酒を飲み続けるエランツァに胡乱な目を向ける。
「な、なんじゃその目は」
「……いや別に。それで、俺に何か用か?」
「おう、そうじゃったそうじゃった。お主、レティーナをパーティーに加えてやってくれ」
「…………なんで俺なんだ?」
「得意じゃろ、
「……斡旋制限かかってるんじゃないのか」
「じゃからこれは妾の個人的な
「……断ったら?」
「別に無理にとは言わんぞ? まあその後この娘がどうなるか考えると些か不憫じゃがの~」
レティーナの今後。ギルドの介入なしでも新しいパーティーを見つけるか、あるいは大人しく教会に出戻るか。
前者はリスクが伴う。下手をすれば
後者は恥じらいだとか気まずさだとかがあるだろうが、少なくとも身の危険はない。大人しく帰ればいいと思うが。
「帰るつもりはないそうじゃ」
「…………」
たっぷり数秒の沈黙の後、俺は深く息を吐いた。
「……分かった。リンファに確認を取って問題なければパーティーに入れる」
「カカカっ、お主はそう言うと思ったぞ! 良かったのぉレティーナよ」
俺は再度、レティーナに視線を向ける。話を聞いているのか聞いていないのか、やや虚ろな目はずっと俺の方を向いていた。
「まあ、なんだ……まだ確定じゃないが、よろしくな」
「…………」
無反応。え、何、飲み過ぎてもうほぼ意識なかったりする……?
ちょっと心配になって声を掛け続けていると、カ! っと目を見開いたレティーナが勢いよく身を乗り出してきた。
「うおっ」
「あでむさま!!」
「は、はい!?」
「わたし、あなたのことをおしたいもうしあげておりますっ!!!」
「!?」
「ぶふぉっ!?」
何て??
突然の告白に、思考停止に襲われる。
エランツァは飲んでいた酒を盛大に吹き出し「か、仮面がー!」などと叫んでいる。
「あでむさま……!」
「ちょ、近い近い!」
あと酒臭い!!
「あでむさま、わたしとぉ……」
ぐいぐいと顔を近づけてくるレティーナから逃れるように身を逸らすも、追いかけるようにして更に距離が近づいていき、その距離がほぼゼロになって——
「のんでくださぁいっ!」
「は? ごぼォッ!?」
口にぶち込まれたのは瓶。流れ込む強烈な酒精。
「ごぼぼぼっぷはッ!? げほっげほッ!!」
「いいのみっぷりです~! もーいっぱい!」
「ちょ、待て……ごぶッ!?」
次から次へとぶち込まれる酒、酒、酒。溺れる溺れる!
「え、エランツァ! 助け……!」
「ちと待て、今仮面がだな……!」
隣のエランツァに助けを求めると、濡れた仮面を被ったまま器用に拭きながら返される。ふざけんな後でいいだろッ、そんなんッ。
「のーんでのんでのんで!」
「がぼぼぼぼぼぼ!?」
注ぎ込まれる酒、遠のく意識。
その後の記憶は、ない。
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