第33話 母子の再会

《百八十一日目》


 緩い丘を登ると、目の前に王都の全景が現れた。

 今日はいい天気だ。空には雲一つない。

 広大な平原には大きな川が流れ、その中にある広い中洲をベースにした大きな街だ。天然の要害に囲まれた上、堅固な城壁で囲まれた白を基調にした美しい都が一望できる。

 街の中央には大きな城が鎮座している。

「おお。これは美しいな・・・」

 シンが素直な感想を言う。

「本当に! ぼくたちも初めての様なものです。前に来たのは物心つく前だったらしいので。サンクトレイルの王都も大きかったですけど、こうやって全部を見ることができる場所がありませんでしたからね。比べることはできませんけど圧巻な景色です!」

 クレスが言うと、クレアも頬を紅潮させてうんうんと頷いている。

 あたしはクレアの頭を撫でて訊いた。

「お母さまとはどのくらい会ってないんだっけ?」

「療養のためにミルスの領都を出て以来なので、三年くらいになります・・・」

「それじゃあ。二人とも元気な顔を見せに行きましょ? 子供の成長は速いから、きっとびっくりされるよ?」

 あたしがそう言うと、クレアはちょっと緊張した面持ちとなった。

 子供の時間感覚は長い。三年前だと二人とも八歳か九歳。随分長いこと会ってない感じだろう。逆に母親のカミーユ様にしてみれば、ほんの幼児だった二人が、凄く大人びた雰囲気で現れたら、それはそれで衝撃的だろう。あたしは対面の時を想像しながら、ムフッと頬が緩んでしまった。

「ユーリ? 締まらない顔になってるぞ? 何を考えているか大体想像がつくが。」

 あたしがサプライズ好きなところはいつの間にかシンに知られるところになった。

 切っ掛けは孤児院でシンディにドレスを着せて皆を驚かせたところか。もっと以前からか。

 クレアがどうしたの? といった顔であたしを見上げる。

「ふふ・・・ さあ! お母さまが待ってるよ? 行きましょう!」

 あたしはブランシュに合図して軽く駆けながら丘を下って行った。


        ♢ ♢ ♢


「ねえ。どうしてわたしたちも冒険者の身分で門を通ったの?」

 城門を潜って街に入り馬から下りて歩いていたところ、クレアが純粋な目であたしを見上げてきた。側ではシンがあたしをじっと見つめている。

 あたしは早々に考えをばらすことにした。

「ホラ! あなたたちは辺境伯家の子息、令嬢じゃない? その身分で入ったらきっと大騒ぎになると思うの。お母さまの家に報せが飛んで、迎えが来るかもしれない。大騒ぎしてお母さまに会うのは本意ではないでしょう?」

 嘘は言ってない。クレアもなるほど、と納得顔でにっこりと笑った。

 ちらっとシンを見ると目が合い、ニャッと微笑まれた。

(くっ! お見通しかな?)

 サンドレアの王都は、石造りの街並みで、遠くから見た通り白を基調とした建物が並んでいる。

 人はそこそこ多く、賑やかだ。城門の兵士によると、ここも最近までは魔物の活発化と黄紋斑病の流行で大変だったようだ。それでも川に囲まれた立地も手伝って、サンクトレイル程には深刻ではなかったみたい。

 けれども普段はもっと賑やからしく、元に戻るにはもう少し時間がかかるだろうとのことだった。

 あたしたちは城門から離れて人通りが少なくなったところで再び馬に乗り、カミーユ様の暮らす屋敷がある中央区、即ち王城の近くまで進んで行った。

 大通りは広く、馬や馬車が行き交い、どこまでも白い建物が続く。

「こんなどこも真っ白だと、どこにいるか分かんなんくなっちゃうね。」

 あたしがそう言うと、シンが顎を擦りながら答えた。

「案外それが目的なんじゃないかな? 外敵が侵入した時真っ直ぐ王城に辿り着けないように。大概の王城のある街は、そんな工夫があると思うぞ?」

「ふ~ん。けど、クレスくんは迷いないねぇ。」

 あたしが道を案内してくれるクレスに話を振ると、クレスはにっこりと答えた。

「ええ。地図で勉強して目印を覚えてますから。けど、言われてみれば確かに初見だと分かりにくいかもですね。あ! 見えてきました。」

 クレスが指さす方へ眼を向けると、そんなに大きくはないが綺麗な屋敷が見えて来た。

 程なく正門前に着くと、音もなく門が開く。

「え?」

 あたしたちは、突然開いた門の内側に恭しい態度で控えている、使用人風の何人かと向かい合うことになった。

「いらっしゃいませ。クレス様、クレア様。そしてシン様にユーリ様ですね。私は当屋敷で執事を務めております、ヨハネスと申します。お見知りおきを。」

 あたしたちは慌てて馬を降り、挨拶を返した。

 あたしたちが何者で領都で何をしてきたなんてことは、既に伝わっているだろうが、今日、ここに来るなんてことは伝わってない筈だ。

「ヨハン。久しぶり! よくぼくたちが来たのが分かったね!」

 クレスがあたしと同じ疑問をぶつける。

「それは、勿論。ははは。それ、あちらでお待ちですよ。」

 ヨハネスが指し示す広い庭の片隅にある東屋で手を振る人物がいた。

「あっ! お母さま!」

 クレアがいち早く気付き、駆けだして行った。クレスが続く。

 あたしたちもノアールとブランシュを預けて、ヨハネスの案内で東屋の方に歩いて行った。

「お母さま。今日は具合が良いのですか?」

「うふふ。そうね。今日はクレスとクレアが来てくれたのでとても調子がいいわ! あらあら。これはシン様とユーリ様! お話は伺っております。色々と我が家を助けていただいて有難うございます。」

 カミーユ様が少しふらつきながら車椅子から立ち上がって挨拶しようとしたので、あたしは思わず押しとどめた。と、同時にびっくりしてぎくしゃくしてしまった。カミーユ様の見た目はどう見てもあたしより年下だったからだ。シンも目を丸くしている。

「あ、あの。無理をなさらず。あ、挨拶が遅れました。あたしは薬師のユーリ。こちらは医者のシンです。急な来訪ですみません。」

 あたしは多少動転して、変な挨拶の仕方をしてしまった。カミーユ様と握手を交わす。

「ねえ。お母さま。どうしてわたしたちが来るのが分かったの?」

 クレアがカミーユ様の膝に抱き着きながら訊いた。

「うふふ。それはあんなキラキラしたものを放ちながら近づいて来たら、それは気付くわよ。クレアの色もはっきりと混ざっていたし?」

 カミーユ様はあたしに目配せをしながらそう言った。クレアは、その一言で、なるほど~と呟き納得した様だ。

 そうだった。カミーユ様はクレアと同じく、精霊系魔法の使い手だった。見た目が若いのはクレアと同じ体質だからだ。

「ふっ! ユーリの目論見は外れたな!」

 シンがあたしに囁く。あたしがサプライズを仕込んで外したのを面白がってる。逆にあたしたちがサプライズにかかった形だ。あたしは少しシンを睨んで、軽く肘鉄を入れる。

「それにしても二人とも大きくなったわね!びっくりしちゃったわ!二年、いえ、三年ぶりかしらね! 子供の成長ってこんなに早いものなのね。ごめんなさいね二人とも、なかなか一緒にいられなくって。」

 そう言うと、カミーユ様はクレスとクレアを抱き寄せる。こうしてみると親子と言うより仲のいい姉弟姉妹にしか見えない。

「奥様。そろそろ。」

 ヨハネスがカミーユ様に声をかける。

「ごめんなさいね。今日はヨハンに言って、無理やり庭に出してもらったから。約束だからそろそろ戻らないと。シン様、ユーリ様、また後でお話しましょう。」

 侍女の一人がカミーユの椅子を押して屋敷の方に動き出す。クレスとクレアもついて行った。カミーユ様は身を乗り出してこちらに手を振った。とても嬉しそうだ。

「今日の奥様は凄くお体の調子がいいようで。こんなことはここ数年で初めてのことでございます。クレス様、クレア様に会えることが余程嬉しかったのでしょう。」

 ヨハネスが感極まって目が潤んでいる。あたしは訊いてみた。

「普段のお加減はどのくらい悪いのですか?」

「そうですな。殆どお部屋の寝台の上でお過ごしです。ここ王都では優秀な治癒師もおりますし、以前のように意識を無くされて寝込むことは無くなりましたが、それでも徐々に弱くなっていかれるのが分かります。クレス様、クレア様との触れ合いで少しでも回復なされたらいいのですが・・・」

 そのことをヨハネスが切に願っていることが伝わってきた。


        ♢ ♢ ♢


 あたしたちは急な訪問にも関わらず、屋敷の中に通され、泊まる部屋も用意された。

 部屋は空いてるから問題ないと.。そう言われてしまえば遠慮せずにお世話になることにした。

 あたしたちが平服に着替えてメイドさんの案内のままに客間で休んでいると、ヨハネスが迎えに来た。

「お休みのところ、大変失礼いたします。奥様が改めてご挨拶いたしたいと申しております。ご案内させていただきますのでどうぞこちらへ。」

 あたしたちは言われるままに連れ立って、客間を後にした。

 案内されたのはカミーユ様の寝室のようだった。ヨハネスがノックして扉を開けると、寝台に上半身を起こして寛ぐカミーユ様と、その側にはクレスとクレアで迎えてくれた。

「シン様、ユーリ様。こんな状態でごめんなさい。今日は調子がいいって言ったのにヨハンが許してくれなくって。」

 カミーユ様はチラッとあたしたちの後に控えるヨハネスに視線を遣って、にっこりと迎えてくれた。それに対し、シンが率直に反応する。

「いや。こちらこそお体の具合が悪いところお邪魔して申し訳ない。だが私も医者だ。一度診させてもらえないだろうか。元よりそれが目的なのだが・・・」

 それを聞いて、カミーユ様は楽しそうに笑った。

「うふふ。クレスの言う通りね。シン様は実直な方のよう。お話はクレスとクレアに聞きました。この度は我が主人のサレドをはじめ、ミルスを救って頂いてありがとうございます。話を聞いただけだと実感は持てないのだけれど、普段おとなしいこの子たちが興奮して私に話を伝えるものだから、私も感化されちゃって。」

 クレスとクレアに眼差しを送りながら話をするカミーユ様は優しそうで、若い見た目だが母親なんだなぁ、と思える雰囲気だった。

「いいえ。あたしたちはやれることをやっただけですよ。たまたま結果が付いて来てるだけです。それに、クレスくんとクレアちゃんの協力が無かったらこうはなってなかったかもしれない。」

 あたしはこれまでの冒険を思い出しながら、率直な感想を伝えた。

 隣でシンが頷いている。

「全くその通りだ。そしてそのサレド殿に頼まれた。奥方の病を診てくれと。」

 カミーユ様はにっこりと微笑み答えを返した。

「私こそ、是非にもお願いしたいわ。王都の治癒師も手を拱いているのだから、希望があれば縋りたい。これは私だけの問題じゃない様なので・・・」

 カミーユ様がチラッとクレアに視線を遣ったのにあたしは気が付いた。カミーユ様がこの病が精霊系スキル持ち独特のものだと気付いている様子だ。

「では、早速問診させていただいてもいいですか? ご挨拶の場ではありますが、善は急げという言葉もありますから。」

 あたしが言うとカミーユ様は目を見開いて言った。

「まあまあ。いいのですか? 先程お着きになられたばかりだというのに・・・  私は勿論構いませんとも。」

 あたしは頷くと言った。

「それでは少しの間三人にしてもらえないでしょうか。ちょっと大人の事情もあるからね?」

 後半はクレスとクレアに向けた言葉だ。クレスとクレアは疑問符を顔に貼り付けながらもおとなしく従った。ドアの前では渋るヨハネスを追いやりながら退出する。

 隣を見るとシンも疑問符をつけてあたしに視線を送っている。

 ここは女神さまとの話で少し事情を知るあたしが誘導するところだろう。あたしは率直に訊ねた。

「カミーユ様の病はやはりクレアちゃんにも?」

 カミーユ様はその問いに目を丸くした。

「は、はい。私も自分の病気についてはそれなりに調べました。私のジョブは〝精霊師〟というのですが、かなり珍しいものの様で、知る人は元より、教会にも資料が殆どなくて。ただ、古い文献にそれらしい記述があって。それによると〝精霊師〟はどうも短命で、徐々に衰弱していくと。わ、私はどうでもいいのですが、クレアが! クレアのジョブはまだ明らかでは無いですが、どう見ても私の体質とスキルを引き継いでるようです。私と同じになるとは限りませんが、何とかしたいのです。実はもう、藁にも縋りたい想いで。どうか!」

 最後には想いが溢れたのだろう。思わずといった具合で涙ぐんで手を伸ばして来た。あたしはその手を握り返して言った。

「はい。あたしたちはそのためにここに来ました。外ならぬクレアちゃんの為ですもの。全力で対応させていただきますわ!」

 あたしは持ち前の演技力も相まって、相手を元気づけるのも得意だ。

 あたしがにっこりと笑うとカミーユ様も安心したようで、元の落ち着いた雰囲気に戻った。

 側で驚いた様な表情で見ているシンにあたしはお願いした。

「シン。どうやらこれはあたしの〝領分〟みたい。診察お願いしていい?」

 あたしの言う〝領分〟とは、聖女案件という意味だ。これを察したシンが答える。

「もちろんだ。全面的にユーリに従おう。先ずは何を調べればいい?」

「先ずは一般的な診察を。結果と所感を教えて?」

 シンは分かった、と言ってカミーユ様の診察をしたあと、寝台から少し離れてあたしに囁いた。

「一通り診た結果だが、どこと言って悪いところは無いようだ。だが衰弱具合が顕著だな。似た症例で言うと栄養失調が近いか・・・ ここでは診断方法も限られるから断言もできないが、すぐに効果のある治療方法は思い浮かばない。ユーリの言う通りこれはユーリの領分だな。俺が治療するとすれば、十分に栄養を取って適度に運動をして体力をつけること、と進言するくらいだな。」

「ありがと。思った通りね。あたしも後ろから観察していて不自然な魔力の偏りを感じたの。たぶんこれが原因。」

 あたしは女神さまの話を思い浮かべながら、カミーユ様の魔力の流れに注視していた。確かに魔力の淀みを感じる。クレアならもっとハッキリ見えるのではないかしら? 

(あ! カミーユ様だって魔力の流れが視えるはず。)

 あたしは再び寝台に近付いてカミーユ様に訊ねた。

「あのぅ。カミーユ様は魔力、というか魔素の流れが視えるんですよね? クレアちゃんと同じ様に?」

 すると、カミーユ様が驚いた様な顔をして言った。

「え? あの子魔素が視えるようになったんですか? まあまあ! やっぱり私のスキルを受け継いだのね。ああ、確かに私は魔素が視えますけど、そこにあるのが分かる程度ですよ?」

 クレアのスキルが自分のものと同じと知って、一瞬嬉しそうな感じだったがすぐに複雑そうな表情になった。自分の体質がクレアにも受け継がれそうというのがほぼ確定的だと思ったせいだろう。

 なるほど、魔力の流れが分かるほどではないのか。そういえば、クレアの〝視える〟がどの程度か確認したことないなぁ。

「ちょっと試したいことがあります。クレアちゃんを呼んで来ますね。」

 あたしはドアを開けて出たところで、クレス、クレアとヨハネスと顔を合わせることになった。みんな心配で廊下に控えていたらしい。

「丁度良かった。みんな入って?」

 あたしは皆を部屋の中に誘うと、クレアが両手を組み合わせてあたしを見上げた。

「・・・お母さまは?」

「うん。大丈夫よ? ちょっと時間がかかりそうだけど。あたしの考える通りだったら良いんだけど。その前にクレアちゃんに視てもらいたいの。クレアちゃん、魔素の流れが視えるって言ってたよね? その目でカミーユ様の魔素の流れを視てもらいたいの。」

 あたしは、クレアがあたしよりよっぽど魔力の流れに敏感だと確信している。

「カミーユ様の体の中の魔素の流れを感じてみて? そしてその状態を教えて?」

 あたしはクレアの背中を支えて、寝台の方に誘導した。カミーユ様とクレアが目を合わせる。

「クレア? 魔素が視えるのね。私と一緒だわ。ふふ。」

 カミーユ様がクレアの手を取る。クレアはその手を握り返して言った。

「うん。今度の旅で視えるようになったの。お母さまと一緒で嬉しい。わたし、これを是非世の中で役立てたいの。お母さま? 少し視せてね。」

 そう言うと、クレアは手を握ったまま、ミレーユ様の体を頭の上から下の方に視線を移して見つめ始めた。集中しているためか、無表情になり、スキャンしているという表現がぴったりとくる仕草だ。

 暫くするとクレアが目を閉じて、少しふらついたので、あたしは後ろから支えた。大事な母親の為だ。頑張って全力で集中したのだろう。

 あたしはクレアを支えたまま、少し離れたソファにクレアを誘った。

「何か分かった?」

 あたしが訊くとクレアが小さな声で答えた。

「はい。胸とおなか周りに魔素の塊が。その、何かに似てるなぁと思ったんですが・・・」

 クレアがそこで躊躇した。

「うん。何でもいいから教えて? 治療法のヒントになるからね。」

 チラッと見ると、カミーユ様はクレスとシンが相手をしている。クレアのスキルの話でもしているのだろうか。

「その~。洞窟の中の魔素だまりに似てるなって。勘違いなら良いんですけど、あまり良くないものに思えて・・・」

 クレアは視線を落とす。あたしはクレアの肩を抱いて励ました。

「ああ。なるほど。魔素だまりかぁ。それならあたしが一発・・・」

「だめっっっ!」

 クレアが食い気味にあたしの言葉を遮る。クレアが目を潤ませてあたしを見つめた。

「ユーリさんがアレやったら、お母さま危ないんじゃ?」

「あ。」

 確かに洞窟にやった様な指向性の高いのは力加減が難しいし、人相手にやったことことないし。物理的な衝撃も伴う様だし。

 あたしはクレアの頭を撫でながら言った。

「じゃあ。時間はかかるけど、別の方法で行きましょ。たぶん、カミーユ様はその消費されない魔素だまりのせいで体調が悪いのね。要はそれを解消すれば良いのよ。見たところカミーユ様はずっと寝たきりで魔力を消費する機会が無かったと思うのよね。そして体力が落ちて益々魔法を使わなくなった。という悪循環のせいで魔素を溜め込むことになったんじゃないかな。・・・ うふふ。ここに丁度いい、魔力消費のスキルがあるよ? 勝手に魔力を消費してくれる。クレスくん! こっちにおいで?」

 あたしがクレスを呼んだ時点で、クレアはあっ、と言って納得顔になった。こんな時にクレアも賢い子だなあって思う。カミーユ様と話をしていたクレスは何事だろうと、こちらに駆け寄った。

「クレスくんにも協力して欲しいんだ。」

 あたしはそう言うと、カミーユ様の体調不良の原因と、治療の一環で魔力を消費しないといけないことを説明して、クレスの〝虚像〟で遊んで欲しいことを伝えた。〝虚像〟はスキルを行使した相手の魔力を消費する。つまり、強制的に魔力を使わせることができる訳だ。

「是非やらせてください!」

 クレスはやっと自分が役に立てるという想いから、前のめり気味だ。

「そうと決まれば、クレスくんのスキル自慢をしに行きましょう。まだ話してないんでしょ?」

「はい・・・ なんだか恥ずかしくって。」

 なにが恥ずかしいんだろう。クレアがクレスの背中をポンポンと叩いている。なにか通じるものがあるみたい。

 あたしたちは寝台の方に戻り、カミーユ様をみんなで囲むような感じになった。そしてあたしはカミーユ様に告げた。

「はい。大体分かりました。恐らくお体は治ると思います。ちょっと時間はかかりますがお付き合いくださいませね。」

 そう言うとカミーユ様は口に手を当てて目を潤ませた。

「ほ、本当ですか? これはもう治らないと諦めかけてたところでした。」

 カミーユ様はクレアを抱きしめてそう言った。自分よりクレアを案じての言葉だと分かる。

「クレアちゃんのスキルのおかげですよ。そういえばクレスくんも新しいスキルを発現で来たんだよね?」

 あたしがいきなり振ると、クレスが照れたように笑ったが、割って入ったのはカミーユ様だった。

「クレス、本当なの? あなたは昔からこの家に無い珍しいスキルを持ってるから楽しみにしてたのよ? それでそれで? 見せて見せて?」

 カミーユ様のそんな態度は見た目も相まって、弟が姉にせがまれているようだ。シンはあたしに視線を遣って、アレか?と訊いて来た。

 クレスが緊張しながらカミーユ様に答えた。

「う、うん。これはなかなか評判が良くって。簡単に言うと、何にでも変装できるスキルかな?」

 ここでクレアが口を挟んだ。

「ここに来る途中、サージとマーサにお兄ちゃんがかけたんだけど、もう絶賛だったよ!」

「あらあら。それは素敵なスキルね? クレスは益々逃げやすくなったってことね? ふふ。」

 クレスの昔の隠れ癖、逃げ癖をいじられてる。クレスは顔を赤くしながらも反撃した。

「母さま。ぼくはもうそんな子供じゃないですよ? それでは母さまに魔法をかけて差し上げます。」

 クレスは少し集中するような表情をすると、周りのみんながえっ? という顔をした。勿論あたしも。

 見るとカミーユ様が、クレアと同年代の子供に変身しているではないか。こうしてみるとカミーユ様とクレアはそっくりだ。

「うん? どうしたの? みんなびっくりした顔をして。」

「お、お、お、お嬢様ぁ~!」

 少し離れたところに控えていたヨハネスが素っ頓狂な声を上げる。

 シンは黙って、〝収納〟で姿見を出し、寝台の横に置いた。

「え?」

 カミーユ様は今更のように目を見開いて鏡を見ている。頬を引っ張ったり、口を開けたり閉じたり。

「う、わ~。びっくりしたわ! これ昔の私じゃない。わぁ! どうなってるの? これ。」

 ヨハネスがいつの間にか寝台横に跪いている。

「お嬢様! 素が出ておりますよ? それにしてもなつかしい。」

 ヨハネスはサンドレアの公爵家からカミーユ様の嫁入りに付いて来た執事であり、幼少の頃からの付き合いだと言う。

「ヨハン。お嬢様は無いでしょ。お嬢様は!」

 カミーユ様の突っ込みにヨハネスは慌てて言った。

「いえ。申し訳ございません。口が勝手に! しかし、その姿で奥様とお呼びするのもなんとも・・・」

 あたしはクレスに口を寄せて訊いてみた。

「ねえねえ。クレスくんはなんでカミーユ様の小さい頃の姿なんて知ってるの?」

「あぁ。ミルスの館に肖像画が飾ってあるんですよ。本当にクレアにそっくりで。毎日見てたから〝虚像〟かけるならこれってすぐに思いました。」

「なるほどね。」

 クレアの方を見ると、なんだか緊張してる風だ。それに気づいたカミーユ様がクレアを呼んだ。

「おいでおいで? ねえ。こうしてみると本当に姉妹みたいね。」

 側に呼んだクレアと一緒に鏡を見てカミーユ様ははしゃいだ様に感想を言った。クレアは言葉を失っている。

「こ、これじゃあ、お母さまって言いにくいわ。」

「うふふ。私の体が良くなったらこの姿で一緒に遊びましょう? ああ、今から楽しみだわ!」

 思いのほか、カミーユ様が前向きな気分になった様で、作戦成功といったところか。

 ヨハネスの話によると、その日はカミーユ様の体調がすこぶる良く、長い間みんなと一緒に過ごせたのだった。

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