第26話 アーストレイユ砦の攻防?

《百四十七日目》


「やっぱり今回はこれで行くよ!」

 あたしは男装の冒険者姿をクレアの前で披露した。

 昨日、食事のあとは、クレアの望みのまま、あたしと同室でおしゃべりしながら過ごし、寄り添って眠ったのだった。

「やっぱり素敵です! 女装の、あ、いえ、普段のユーリさんも綺麗で素敵ですけど、男装のマシロさんはきりッとしててカッコいいです!」

 クレアが褒めてくれるので嬉しい。

「こっちが本業だからね! あ、本業というのは姿だけね。クレアには言ってなかったけ? あたしの本業は役者なんだよ。殆どが男役のね。」

「おぉ~~?」

 クレアはあまり理解してない様で、首をコテンと傾げている。

「ふふ。まあ、この世界に女性の男装役者がいるとは聞いたことないから気にしないで?」

「マシロさんって、色々な顔があるんですね。憧れるなぁ。」

「色々な顔かぁ。そうだね。役者はいいよ? 色々なものになれるから。さあ! 行こうか。」

 あたしたちが部屋から出て階下に下りていくと、広いホールに皆集まっていた。

「やあ! おはようマシロ。やっぱりその姿で来たね。」

 シンが真っ先に気付き声をかけて来た。次にサージが振り向いて声をあげた。

「む? ユーリ殿ですかな? これはまた凛々しい。随分と印象が変わりますな! 若い頃のマーサを思い出します。ああ。昨日はありがとうございました。先ほど、シン殿に肩を診てもらいましたが、ほれ! この通り。元に戻っています。信じられないことですわ! いや。本当に有難うございます!」

 サージは腕をぐるぐる回して復活をアピールしているが、何気に少し気になることを言ってたので、あたしはマーサの方に視線を遣ったところで目が合った。するとマーサが顔を赤らめて言った。

「うふふ。いえね。私も若い頃は騎士団の団員だったのですよ。男の中に混じって女だてらに剣を振ってね。舐められまいと気負ってたものです。」

 するとクレスが言葉を挟んだ。

「ああ、それ聞いたことがあります。マーサはサージが団長をしてた頃の副長だったって。結構な腕だったってね。」

「ああ。そうですな! あの頃のマーサは強かったですぞ? この体格で大抵の団員を圧倒してましたからな!」

 そうサージが言うと、マーサが突っ込む。

「いやですよ~ 昔のことです。ほほ!」

 マーサはサージの背中をはたいて言った。いい音がしてサージがよろめく。結構な力は健在のようだ。

 隣を見るとクレアが目をキラキラさせて手を合わせている。恐らくサージとマーサの間に有った、ロマンス的なことを想像しているのだろう。

(わかる! だけど、ここで突っ込むと話が長くなる。我慢。)

「マーサさんは、どうするんですか?」

 わたしが訊ねると、意志の籠った目でマーサは答えた。

「ここに残りますよ。落ちのびた騎士たちが訊ねてくるかも知れませんしね。あ、それからシン様、ユーリ様。主人の怪我を治して下さって有難うございます。昨日はあまりにに速い処置で、私は状況を呑み込めてなかったもので。改めて感謝を。それにしても信じられない。長年悩まされてきた怪我ですもの。」

 マーサはいまだに回復したサージの姿が信じられない様子だった。

 それからみんなで予定を話しながら朝食を取り、準備を整えて出発となった。

 尚、男装姿のあたしはマシロを名乗っていることは周知しておいた。


        ♢ ♢ ♢


 城門で見送るマーサと手を振って別れる。これが最後かもしれないという悲壮さはお互いに微塵もない。この世界の常識なのか、この元騎士夫婦の在り方なのか。

 サージは長年共にしてきた、シマシマの〝ビーコン〟という名の愛馬に騎乗している。

(これってシマウマじゃないの? ちょっと大きいけれど。)

 あたしが不思議に思って首を傾げていても、誰も突っ込む人がいない。シンも何も言わないので、あたしだけがここでは常識外らしい。触れないでおこう。

 道程は、今日途中で一泊し、明日にはアースレイユ砦に接近する予定である。

 道中は穏やかな天気に恵まれ順調に進んだ。

「なんだか妙に静かですね。魔物の気配が全くない。どうしたことか。そういえば、昨晩も静かだったとか。マーサに聞きました。私は薬で眠っていたので分からなかったですが。」

 プレートアーマーに身を包んだサージが周りを見渡しながら言った。サージは治療前に薬で眠らされたと思っているようだ。

 それにはあたしの前に乗るクレアがクスっと笑って答えた。

「そうね。ここから五千メルテの範囲内に魔物はいないわ。道中安心して移動できるわね。」

 その言葉を聞いて、サージが驚いた声をあげた。

「なんと、クレア様! 魔物探知ができるのですか! さすがカミーユ様の御子じゃ!」

 初めて聞く名前だ。話の流れではお母さんだろうか。

「カミーユ様って?」

 あたしはクレアに訊いてみた。

「あ。わたしたちのお母さまです。長いこと病に臥せっていて。ずっと王都の上屋敷で療養しているの。いいお医者様もいるから。わたしもずっと会えてないなぁ。」

 クレアは少し寂しそうな顔で答えてくれた。

 話を訊くと、カミーユ・サーキス・ミルスは辺境伯夫人で、クレアが使うのと同様の魔物探知の能力でミルスの土地と領民を何度となく救って来た人であること。何年も前から体調を崩しているが原因不明であり、療養生活を余儀なくされていること。クレスとクレアの慕い方から優しい人物であることが知れた。

「ならば、この件が終わったら一度診に行こうかね。」

 シンがあたしを見てそう言った。

「そうね。クレアちゃんとクレスくんのお母さんなら一度ご挨拶しなくちゃね。」

「え? ホントですか! それならうれしいなぁ! ね! おにいちゃん!」

 クレアがびっくりした顔で喜びを露わにした。クレスも明るい顔を向けた。

「お二人が母上に会って下さるなら、もしかして・・」

 二人は新たな希望が湧いたのを素直に喜んでいる。それをサージが優しい目をして見守っていた。

(ミルスは厳しい環境の土地柄だけど、人は優しいみたいね。)

 あたしも思わず微笑んでいた。

 クレアの言う通り、道中は魔物に全く遭遇せずに予定よりも早く、今日の目的地のトーチカに到着した。

 あたしにはトーチカと翻訳されているみたいだけど、使用目的は街道沿いのサンクトレイルで見る避難小屋と一緒だ。ただ、石作りで比較にならないくらい頑丈にできている。周りも高い石塀で囲ってあり、魔物の脅威がサンクトレイルとは比較にならないくらい大きいことが伺える。

「うわぁ。これは凄いね。中はどうなってるんだろう。あれ?」

 あたしは、最近同じような感想を言ったことがある気がしたが、ある違和感に気を取られていた。扉が見当たらない。どこから入るのだろう?

 サージが気付いて説明してくれた。

「はは! 中はいたって普通の小屋ですよ。サンクトレイルの方は皆同様に戸惑われますな。見ての通り、この外壁は扉がありません。木の扉では強度が十分ではありませんし、鉄の扉は重くて、魔物の突進で曲がるとすぐに役に立たなくなりますのでな。ここはこのように乗り越えて入ります。」

 見ると、サージは器用に外壁の突起を掴んで登り、乗り越えた。人用に登り口が設定してあるようだ。流石に子供向けではなかったが、クレスもクレアも少し補助してあげただけで簡単に乗り越えることができた。訓練の成果が出ている。それを見たサージは子供の速い成長に一際感動を覚えた様だ。

 中の石造りの小さな建物に入ると、ちゃんと木で内張されていて、外から見るよりあたたかな仕様になっていた。中央で火を熾すこともこともできる様だ。トーチカというから実務一点張りの掩体壕的なものを想像していたあたしはちょっとほっとした。

 サージは始めこそ魔物を警戒して少し緊張気味だったが、クレスとクレアが全く緊張感が皆無なのを見て、次第に割り切った様だった。

 その日は簡単な料理と明日からの作戦の確認ととりとめのない話をして過ごし、早めに眠りについた。


        ♢ ♢ ♢


《百四十八日目》


「何だか、今日が作戦日とは思えませんな。クレア様が仰る通り、本当に魔物が出ませんでしたし、ここも多少荒れてますが平時の街道に戻った様に静かだ。」

 トーチカを出て、暫く進んだ頃にサージが感想を言った。

「作戦通りに行けば、我々はあまり出る幕はないよ? サージ殿。マシロの結界は強力だから敵さんはこちらに侵入することは先ずできなくなるだろうし、そろそろ、砦の連中も食料が尽きる頃なんだろう? その内情が把握できれば、恐らく連中を追い返すこともできると思う。」

 それを聞いてサージは首を振りながら別の感想を述べた。。

「はぁ。それにしても、あの小さかったクレス様とクレア様がねえ。頼りになるスキルを得て、皆さんを助けていたとは。爺は感動のあまりサレド様を揺さぶりたい気持ちです。」

「父上のことは無事だと信じてる。次に会った時に揺さぶってあげて?」

 クレスが冗談めかして言ったが、サレドに会うということは全てがうまくいった場合の時のみである。あたしたちのスキルの全様を知る訳でもないサージは、豪胆な外面にも関わらず内心は緊張しているのだろう。少し引きつった笑いを返した。

「クレス様には敵いませんなぁ。はっは!」


        ♢ ♢ ♢


 砦に近付いてきたところでシンがあたしに耳打ちした。

「スキルを切って。我々を囲む程度の結界を張って。みんなはなるべく固まってゆっくり移動。クレスは〝静寂〟を頼む。」

 後半は皆への指示だ。これ以上あたしのスキルを解放したままだと、砦の周囲の魔物がいなくなってしまう。そして、クレスのスキルでみんなの気配を断つ。

 暫く移動すると、次第に魔物の気配が濃くなってきた。あたしの〝探知〟にも魔物が引っかかってくる。

 程なく砦を視認できるようになると、皆の緊張具合の上昇が伝わって来た。すぐ近くを大型の魔物が通り過ぎる。

「お、おお~~・・・」

 あたしはびっくりして逆に呑気な声をあげてしまった。

「さて、マシロ。この辺でいいだろう。砦のこちら側に結界を張ってくれるかい? 対象は砦に籠る兵士だ。魔物は通して構わない。クレス、俺たちは砦に潜入だ。サージ殿、マシロとクレアの護衛をお願いする。」

 皆、一斉に頷くと以前より立てていた予定通りに動く。あたしはクレスの〝静寂〟を引き継ぎ、シンとクレスに結界を付与。砦のこちら側に大きな半円形の結界を構築。あたしの結界は弾く対象を指定することができるのでドムトリニアの兵士を指定。逆にこれまで魔物ばっかり指定してきたので、これを外すのに戸惑ってしまった。 

 シンとクレスはノアールを降り、徒歩で砦に向かう。砦に入る抜け道はサージに教わっている。クレスの〝静寂〟は強力だ。滅多に気付かれないだろう。


 一刻程おとなしく待っていると、シンとクレスが帰って来た。

「お疲れ様!」

 あたしはシンとクレスに飲み物を渡す。

「ああ、ありがとう。砦の様子だが、詰めている兵の数は三百ほど。砦の規模に対して多すぎだな。案の定、食料が尽きかけていて雰囲気は悪い。クレア、向こう側の魔物の様子はどうだい?」

「はい。こちら程ではありませんが、そこそこ集まって来ています。やはり人の気配が集中してるからでしょう。向こう、一万メルテ以内には、ドムトリニアの援軍らしきものは見当たりません。それ以上の距離では不確かにはなりますが、やはり援軍の気配はありません。」

 クレアの答えにサージが目を丸くしていた。これはカミーユ様以上・・などとブツブツ呟くのが聞こえた。

「向こう側でも魔物が邪魔して、援軍が辿り着けないんだろうな。だいたい予想通りだ。では次の段階に移るか。サージ殿、今度はクレスとクレアの護衛をお願いする。マシロ、行くよ?」

「うん。任せて。」

 残る三人の周りに三重の強力な結界を張り直し、あたしたちはノアールとブランシュを駆って砦脇の森に入った。再び国境破りだ。道なき森の中を通過するために、シンの剣技が炸裂する。ものすごい爆音が辺りに響く。砦の人たちはさぞ驚いていることだろう。夜でもないのに大型の魔物が暴れていると思ったに違いない。これはこれで脅迫の効果があるだろう。

 何度となく爆音を轟かせ、あたしたちはドムトリニア側に出た。

 景色は一変し、近くは森の近くといった雰囲気が残っているが、遠くは広大な空と草原と、その向こうは赤い大地で長い地平線が見える。そこにはあたしの〝探知〟にもかかるほどの魔物が大量にいた。

「マシロ。スキルを! 走るぞ!」

 シンの言葉を合図に魔物除けを念じて〝聖光天臨〟を解放し、走り回った。

 するとそれに反応した魔物は一斉に動き出す。まるでスタンピードだ。誘導する方向は砦の方角。

 暫くすると、砦の方向から魔物が砦の壁に激突する音が聞こえて来た。

「壊れないかな?」

 あたしは心配になって呟いた。

「大丈夫だろう。砦は結構年季が入ってたし、これまで破られなかったってことだろ?」

 そう、シンがあたしを安心させるように言った。だが、砦の中は気が気でないだろう。

 これを一刻半程続けて、次には集まった魔物を散らした。先ほどまでの騒動が嘘みたいに静かになった。

「よし! 戻ろう。」

 シンの合図で、来た道を引き返す。

 あたしのスキルの影響で、ミルス側も魔物の数が少し希薄になっていたが、それほどでもない。あたしたちは〝静寂〟を纏ったまま城門に近付き、シンが剣を振るった。

 大きな音を立てて門扉が破壊され、見張りの兵の慌てた様子が見える。

 砦前に集まっていた魔物がゆっくりと砦の中に侵入するが、兵たちはパニックになって対処する様子が無い。

「さて、仕上げだ! マシロ。また走るよ?」

 シンは何だか楽しそうだ。作戦がうまくいって嬉しいのか。実はS的な性格を持っているのか。

(ドムトリニアの兵士の皆さん。頑張って逃げてね。)

 あたしも無責任なことを心に願いながら。ブランシュを走らせた。

ミルス側でもスタンピード的なものが起こり、誘導された魔物たちは砦に殺到する。開いた城門からは勢いづいた魔物が侵入しする。

 パニックになった砦の兵たちは右往左往していたが、ドムトリニア側の魔物の気配が薄いと気付くと、一目散に砦を脱出。潰走して行った。

 あたしたちは魔物を散らし、サージたちと合流して、砦の中を確認した。指揮官すら一緒に逃げた様子。幸いにして、死人や動けないほどの怪我人も出なかった様だ。つまりもぬけの空。

「脅しが効いたんだろうな。撤退の判断が速かった。」

 そうシンが言うと、クレスが返した。

「こちら側から聞いてもすっごい音だったんですよ。一時的にこちらの門が開いて兵たちが出て来たんですが、ある所から動けなくなって。何とか脱出しようとしてたみたいですが、魔物が集まって来て。あきらめて砦に戻って行ったんです。」

 シンは頷いて、クレアを見た。

「クレア。どんな様子かわかるかい?」

「はい。あちら側の魔物は大分散って行ってます。兵たちは皆ドムトリニアの中心に向かって移動してますが、統率は取れてない様子。歩みが遅い人たちは怪我をしてるのでしょう。」

「クレア様。そこまで分かるのですか! これは凄いことですぞ!」

 サージが感動して口を挟んだ。

「クレアちゃん。ずっと修行してたものね。よく頑張った!」

 あたしがクレアの頭を撫でると、クレアがはにかんだ表情をした。

「さて。一時的な脅威は取り除いたな。砦の修理はミルスの者に任せるとして・・・帰るか。」

 シンがちょっと疲れた声を出したので、あたしがフォローした。

「帰ったら、あたしが美味しいものを作ってあげるよ。少し、ゆっくりしようね。」

「そうか! それは楽しみだ。」

 シンが言うと、クレスとクレアも同意した。

「マシロさんの料理。楽しみです。」

「わたしにも手伝わせて下さい。ああ、楽しみです!」

 ちょっと置いてかれたサージも口を挟んだ。

「お二人にそんなことを言わせるユーリさん?マシロさん?の料理とは。何だかとても期待してしまいます。それにしても驚くほど多才ですな。私も長く生きてきて、これほどの人物に会うのは初めてですわ。わはは!」

 ひと仕事終えて、皆明るい雰囲気になり、揚々と引き上げることにした。

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