16. 通知止まんないんだけどw

 勿忘草わすれなぐさは、だんだん小さくなっていくショウを、まるで上京する子どもを見送る親の目で、見上げている。


 少年は、先ほどの落画鬼を小物だと言いつつ、頬への一撃を許してしまった。


 これは単に子どもの強がりではない。


 十五歳そこそこという浮夜絵師史上最年少の若さで、その力を振るう天才的な実力ならば、確かに今回の落画鬼は敵ではないからだ。


 それでも、かすり傷とはいえ血を流させてしまったのは無論、連日大なり小なりの落画鬼討伐に駆り出され続けているせいだ。明らかに疲れが出ている。


 本人にその自覚がないのは、己の限界を知る思考すら持たない子どもだからだ。

いや、それだけではない。これを言ったら少年は否定するだろうが、がゆえにわかってしまうのだ。


 平静を装った少年の瞳の奥にドス黒い情熱が燃え盛っていることを。


――自分のせいで大切な人が死んでいる。


 どんなに足掻こうが決して変えられない結末。

どれほど自分を責めようとも、際限なく続く苦しみ、癒えることのない痛み。未来を踏みしめる度に全身にのしかかる、自分だけ生き残ってしまった罪悪感。


 こんな状態で、明るい未来など描く己など想像できようか。己のために生きることなど考えられようか。


 そして、その復讐相手が生存していようものならば、全力で殺しに行くことだろう(私だって同じくそうする、それもめっちゃ鬼の形相ぎょうそうで。復讐相手が生きていたらの話だけどね!)。


 いまの少年にとって、復讐が生きる原動力であり、最終目的なのだろう。


 それが一向にままならない焦りと、目的にかまけて自分の身をないがしろにしているせいか、それらがすべて戦闘スタイルに表れてしまっている。


 そんな少年に対しオトナを気取るなら、復讐なんて良くないよと正しく導くべきなのだろう。



 そもそも浮夜絵師の力は、落画鬼による武力攻撃災害の防除および人命救助、違法塗料使用が疑われる犯罪の抑止と捜査協力時の場合のみ、行使が認められる国家権力である。


 だから、私的な理由での利用は許可されるはずもなく(と言っても、四六時中監視されているわけでもないし、浮夜絵師ってどいつもこいつもクセつよだから、お偉いさん方の言いつけ通り、用法・用量を守って正しく生活をしてるほうが稀なんだけどねーw)、人命を奪うなどもってのほか。


 一般市民は元より、例えそれが邪悪を極めた殺人鬼だろうが、非現実的な超能力スーパーパワーを持つ改造人間だろうが、それが人間である限り、いかなる理由があろうとも、御法度ごはっと中の御法度である。


 そういった正当な観点からもやめさせなければ、少年もそして目付役である自分自身も重罰は免れない。



 ただ、男は無駄なことが心底嫌いだった。


 果たして自分が少年の立場だったら、はいそうですかと素直に引き下がれるかという話だ。その程度の感情ならば、好きこのんでこんな過酷な夜を選んでいないだろう。


 ましてや、子供ながら大の大人に復讐できるほどの力を備えてしまっている。迷いなどないはずだ。


 そんな早熟で、付け入る隙のない者を下手に止めようとすればそれこそ、自分たちの……“世界の敵”になりうる分岐だって大いにありえるのだ(子育てってホント難しいよねー!)。


 だから問題を知りつつも、気持ちとは裏腹な言葉が夜空に紡がれてしまう。


「明日もお仕事あるからね~!」


 実際、あんな子どもをコキ使わなければならないほど、浮夜絵師が足りていないのである。


「それに私こう見えて結構、協力的なんだよ?」と、勿忘草わすれなぐさは少し離れた超高層オフィスビルの三十二階に向かって、人知れず目配せしては独り言ちる。


「……ショウくんの三原色おともだち、そろそろ見つけてあげないとなあ」


 そして、手にした黒い羽根をくるくると指で弄りながら、かつて“紅灯こうとうちまた”と呼ばれていたことも忘れてしまった、無機的な夜の街に溶けていった。





 ◆◆◆


 一方、いつもなら超高層オフィスビルの窓ガラスに張り付いたまま、走り去る終電を豆粒になるまで見つめては、自宅への未練を募らせているはずの落ちこぼれ社畜女こと、百里香。


 そんな昨夜までとは打って変わって、今夜はテーマパークダンサーの如く軽やかな足取りで、窓際に位置する上司の高級なデスクを目指す。


 予測変換で出てくることは決してないが、名を『ゆりか』と読む。

一見した限りでは見逃されそうだが、隠れたキラキラネームである。いやキラキラネームくらい突き抜けているほうがいっそ清々しいくらいだ。


 彼女は自分のと比べ、ゆったりとした座り心地のいい椅子に深々と腰かけると、満面の笑みを浮かべながら、先ほどの一部始終をSNSへアップロードしはじめる。


 人を見る目がない自分の上司を(心のなかで)ぶっ飛ばしたいとイライラするたび流す、お気に入りの音楽ロックがまさかここまで、青ウサギのアクションとマッチするとは……。


 興奮冷めやらぬうちに、スマホ画面中央にアップロード完了のポップアップが表示される。直後から、再生回数は増え、視聴者のリアクションや各報道番組から動画使用許可を求めるメッセージが殺到する。


 百里香ゆりかは「一度言ってみたかったんだよね~」と呟くそばから、すでにニヤニヤが止まらない。その緩んだ頬を引き締めるためひとつ咳払いをすると、満を持して発声する。


「ちょwww 通知止まんないんだけどwwww」


 無論、百里香ゆりかはただ動画を回していただけなのだが、雨あられと降り注ぐ人々の注目と賞賛。そして、ずっと座ってみたかった上司の椅子(リモートワークでまったく使ってないんだからいい加減よこせと思ってる)が醸し出すラグジュアリーなひとときに、まるで自分が偉業を成したような高揚感と優越感に駆られていた。



――これからも、浮夜絵師の密着動画うp待ってます。


 そんな何気ない一言がコメント欄に流れた瞬間、百里香ゆりかは意を決したように立ち上がる。


「私も仕事なんてしている場合じゃないわ!」


 幼少期から親に口酸っぱく言われ続けてきたことなど、すっかりどうでもよくなったこの女は、明日にも辞表を提出することだろう。

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