003 クエスト

 俺は心の底から驚いた。

 それと同時にこうも思った。

 やっぱりな、と。


 ――買った物が召喚されたのだ。


 〈設置〉を押すと、どこからともなくポンッと現れた。


「本当に出たー! しかもキンキンに冷えているよこれ!」


 大興奮の麻衣。

 彼女の右手には、俺の買ったペットボトルの飲料水が握られていた。


「ぷはー! この水うまっ! 風斗も飲んでみなよ!」


 麻衣が蓋の開いたペットボトルを向けてくる。


「貰ったら間接キスになるんじゃ」


「私の後に飲むのが嫌ってこと!?」


「逆だよ。そっちが嫌じゃないのかなって」


「そんなん気にしないよ! ていうかこの水、風斗が買ったやつだから風斗の物っしょ!」


「そういうことなら……」


 ペットボトルを受け取って中の水をグビッとひと飲み。

 自分で「間接キス」などと言ったからか、そのことを意識してしまう。

 流石は童貞だな、と心の中で自分に言った。


「たしかに美味いなこれ」


「でしょー!」


「この飲みやすさは軟水だ、軟水に違いない」


 側面のラベルを確認する。

 しかし、市販の物と違って成分表などの記載はなかった。

 全体的には市販品ぽいが、細部では異なっているようだ。


「ねね、ちょっといい?」


 麻衣は後ろで手を組み、覗き込むように見てきた。

 ずば抜けた可愛さで、目が合うと息が詰まりそうになる。

 俺が返事をする前に彼女は言った。


「海には行かないで森の中を探索しない?」


「そうだな、もうスマホを弄っていないし」


「私、拠点を探したいんだよね」


「拠点?」


「コクーンのメニューにもあるでしょ」


 確認するとたしかに〈拠点〉があった。

 試しに押したところ、画面は切り替わらずにアラートが出た。


『現在、あなたは拠点を所有していません』


 隣から俺のスマホを覗きつつ、麻衣は「だからね」と話を続ける。


「まずは拠点の確保が大事だと思うわけ! コクーンを使えば食糧の確保はできそうだし、服は制服でどうにかなるとして、雨風を凌ぐ住居が欲しいじゃん?」


 俺は「たしかに」と同意しつつ、麻衣の目を見て尋ねた。


「麻衣は今みたいな状況に陥ったことがあるのか?」


「え? ないない、あるわけないじゃん。どうしてそう思うの?」


「やたら落ち着いているし、妙に慣れている様子だから」


「あーね。それは……」


 そこで麻衣の言葉が止まる。

 考えが変わったようで、「ま、色々とね」と流された。


「とにかく拠点を探そう!」


「はいよ」


 麻衣が何か知っていることは間違いない。

 だが、問い詰めてもしらを切るだろう。

 とりあえず今は拠点を見つけるのが先決だ。


「拠点ってどういう感じなんだ? 外見の特徴とか分かる?」


 海とは真逆の方向へ進みながら尋ねる。


「たぶん洞窟だよ」


 たぶんと言っているが、その口調は自信に満ちていた。


「洞窟か」


 キョロキョロと辺りを見渡す。

 洞窟らしいものは見当たらない。

 角ウサギ等の魔物ならしばしば見かけるのだが。


(このまま当てもなく彷徨っていると気が狂いそうだ……)


 ゴールの見えない道を歩き続けるのは想像以上に辛い。

 体力的には平気でも、精神的には結構な負荷になっていた。


「現在地を正確に知りたいから〈地図〉を見てもいいか?」


「ほいほい。私はグルチャでも見とくね」


 グルチャとはグループチャットの略称だ。

 俺は頷き、〈地図〉を立ち上げた。

 近くに川があるようだ。


『マジでどうなってんだよこれ!』


『意味不明だし!』


『どうにかしろよ! 誰か助けてくれよ!』


 突然、大勢の喚き声が聞こえてきた。

 何事かと顔を上げて気づく。

 声は麻衣のスマホから出ていた。


「その絶望に染まった声って……」


「そ、グルチャ」


 グループチャットの音声通話をスピーカーで聞いているようだ。


「聞いているだけで精神がすり減っていくな」


「他所は今こんな感じなの。たぶんこれが普通だよ」


「俺達は異常者ってことだな」


 麻衣は「そだね」と笑い、グループチャットの通話を切った。


「〈地図〉を見て何か分かった?」


「近くに川があるってことくらいだな」


「気分転換に行ってみる? その川まで」


「そうだな」


 俺は地図を見ながら「あっちだ」と進路を指す。

 スマホを懐に戻して移動を再開した。


「川までどのくらい?」


「たぶん10分くらいだと思うけど、もう少し遠いかも」


 そう答えたところで、俺は足を止めた。

 斜め前方を指して言う。


「麻衣、あれを見ろ!」


 木々が邪魔で見えにくいが、それでも薄らと見える。

 麻衣も何のことか分かったようで叫んだ。


「洞窟!」


 拠点かどうかは分からない。

 しかし、洞窟であることは間違いなかった。


「行ってみよう!」


「うん!」


 俺達は洞窟に向かって走り出した。


「気をつけてね、風斗」


「ん?」


「洞窟にはボスがいるかも」


「ボス? ま、着けば分かるか」


 視界に占める洞窟の割合が増えていく。

 そして、いよいよ目の前にやってきた。

 洞窟前の開けた場所に立ち止まり、麻衣に言う。


「ボスらしき存在はいないようだが?」


 外から最奥部が見えるので断言できる。

 洞窟の中には何もいない。

 かといって手前に何かがいるわけでもなかった。

 それらしい形跡も見当たらない。


「おかしいなぁ……」


 そう言ってスマホを操作する麻衣。

 数秒後、彼女は「あ!」と声を上げた。


「風斗、コクーンを確認してみて」


「分かった」


 コクーンを起動すると、〈クエスト〉のボタンが点滅していた。

 導かれるように〈クエスト〉を開いてみる。

 画面の中央に「緊急クエスト」というタイトルで何やら表示された。


=======================================

【内容】魔物の群れに勝利する

【報酬】拠点

=======================================


 最後に「クエストを受けますか?」の確認。

 選択肢は「はい」と「いいえ」の二択で、その下に小さな注意書きがある。

 注意書きの内容を要約すると、「このクエストは誰かがクリアするとおしまいだが、それまでは何度でも挑戦できるよ」とのこと。


「これまでの流れから察するに、クエストを受けて魔物の群れを駆除すると拠点が手に入るのだろう。で、拠点ってのは目の前の洞窟コレのことか?」


「そうだと思う」


「誰もいないしそのまま利用しちゃいけないのか?」


 俺は洞窟に入ろうとした。

 しかし、どういうわけか入ることができない。

 見えない壁が進入を阻んでくるのだ。


「クエストをクリアしないと洞窟に入れないようね」


「だな」


「さっそく挑戦してみる? クエストに」


 麻衣は乗り気だ。

 どこに隠していたのか、右手には木の棒を握っていた。

 俺も近くの木の枝を折って武器の代わりにする。


「試してみて厳しそうなら逃げよう。何度でも挑戦できるみたいだし」


 ということで、俺達はクエストを受けることにした。


「風斗、いい? クエストを受けるよ?」


「いつでもいいぞ」


 陣形は俺が前衛で麻衣が後衛。

 洞窟前にある開けた空間の外側いっぱいに立つ。

 敵が出るなら目の前のスペースないし洞窟内からだろう。


「押しまーす!」


 麻衣が「ポチッ!」と言いながらスマホをタップする。

 次の瞬間――。


「「「「ガガガガガーッ!」」」」


 案の定、大量の魔物が召喚された。

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