第4話 古海栄徳・1-3


 ページが読み込まれると、文字化けしていたタイトルが正しく表示される。


『【自己紹介】迷える星々の導き手だよ【無戯星ルゥラ】』


 果たしてそれは、予想通りVTuberの動画だった。

 見たところ、新人が自身を知ってもらうために撮影した物らしい。投稿されたのはつい最近だ。既にレッドオーシャンの業界に飛び込むとは。無謀というか夢見がちというか。もっとも、挑戦せずに腐る俺とは比較にならないほどマシではあるのだが。

 やがて、動画が再生される。

 時間はたったの三十秒。

 簡潔にキャラクター設定と動画の方針について紹介している。

 それだけだ。

 それだけなのに、俺はくぎ付けになってしまった。


「……好きだ」


 画面の向こう側にいる二次元少女。

 その双眸そうぼうは青い右目と赤い左目の虹彩異色オッドアイで、たたえる輝きは研磨された宝石のよう。左頬には電子回路が刻まれており、両耳には銀色のヘッドホンを装着。うねる長髪はグレースケールで、先端に向かうほどその濃度を増しており、頭頂部には黒い星形の髪飾りが鎮座している。

 身に纏う衣装は全体的にサイバー風。肩だしトップスは黒地に虹色レインボーが幾重にも走り、シースルーのパフスリーブが仮想空間の虚ろさを演出。ロングスカートは白黒のハニカム構造を描いており、水色の淡い光を帯びている。そして、胸元の集積回路ICチップ型のブローチより伸びるコードが、近未来的な雰囲気を醸し出していた。

 自己紹介通り、電脳世界の深淵より生まれたような出で立ちだ。時折手足にブロックノイズが走る仕様なのも、そのキャラクター性を補強している。それに、拝金主義の臭いがしない。ゲーム実況や歌配信など、数字が取れそうなコンテンツを切り捨てお悩み相談一本ときた。再生回数を稼ごう、広告収入や熱烈なファンの投げ銭スーパーチャットを得よう、という前のめりな姿勢が見られない。というよりも、ファンからの貢ぎ物を望んでいないのだ。設定通り、本当に視聴者を救うために生まれた存在なのでは、と錯覚してしまう。


 こんなVTuber、見たことがない。

 一目惚れだ。ガワだけではない。彼女のキャラクターそのものに胸を撃ち抜かれてしまった。気付けばチャンネル登録ボタンをタップしていた。

 これまで幾度となく推しに裏切られてきた。

 学生時代に好きだったアイドルは裏で彼氏を作り、婚前妊娠できちゃった結婚の末に引退した。社会人になったばかりの頃応援していた声優は、SNSで同業者の悪口を呟く性悪女だった。そして、最近まで応援していた無名のVTuberは、何の報告もなく突然活動休止して音沙汰がない。

 気持ちを傾けるほど、裏切られた衝撃は筆舌に尽くしがたい。おのが人生そのものを否定されるに等しいだろう。

 だが、無戯星ルゥラは違う。

 彼女なら、きっと俺の絶望を受け止めてくれる。

 根拠はない。だが、そう確信できた。

 陳腐な表現になるが、運命の相手に出会えたかのような衝撃だった。

 俺を愛してくれるのは彼女だけ。

 だから俺も、彼女を全力で応援するのだ。


「過去の動画は……一切なしか」


 チャンネルページにてこれまでの軌跡を漁ろうとしたが、ショート動画はおろか生配信のアーカイブすら残っていない。くだんの自己紹介動画だけだ。しかし、幸いにも現在進行形で配信中らしい。ライブのアイコンが赤く灯っている。

 まさか、生配信限定なのか。

 躊躇ためらっていれば幸福を逃してしまう。

 脇目も振らずに配信中の動画へとジャンプする。

 画面は黒々とした背景と、無戯星ルゥラのバストアップCGを映し出す。ライブの同時接続数は十三人ほど。人気の配信者と比べたら過疎地だろうが、かつて推していたVTuberよりは遥かに多い。大半の視聴者がチャットに参加しているようで、様々なハンドルネームが下から上へ、ゆるりと緩慢に流れていく。数人が相談事を直接コメントしている。事前にメッセージサービスを通じて募る方針ではないようだ。ルゥラは逐一お悩みを拾い上げて真摯に答えていた。


〇Re:ロイⅡ世

 僕は学校でいじめられています。毎朝行きたくなくて布団から出られません。それなのに、親は「学校に行け」と言うばかりです。友達もいじめに巻き込まれないように離れていきました。僕は独りぼっちで生きるしかないんでしょうか。


『Re:ロイⅡ世さん。君の抱える気持ち、よく分かるよ。誰も助けてくれない、それどころか理解すらしてくれない。辛いよね、寂しいよね。でも安心して。何があってもボクが味方になる。君が救われる未来に導いてあげるから』


〇テケりん

 かれこれ十年以上引きこもり続けています。もちろん無職です。親族からはうとまれさげすまれ、ずっと邪魔者扱いです。でも、社会に出る勇気もありません。こんな自分に存在価値があるのか疑問に思ってしまいます。


『テケりんさん。そうだよね、周りからずっと責められていると、自分のことを否定したくなるよね。でも、君は悪くない。むしろ、存在価値がないのは、人を責めても心が痛まない方だよ。だから気にしなくていい。君のペースでゆっくりと、できることから始めていけばいいんだから』

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