プロボクサー

プロテストを受けることになったが、特に練習メニューは変わらなかった。

いつも通りの練習を続けていれば合格できる、というのが会長の見解だった。

僕にとっては特別なプロテストでも、会長には日常の延長だったのだろう。


プロテストは、実際にプロボクサーが試合をする会場で行われる。

何もない広い会場にリングを組み立て、空いているスペースにひたすらパイプ椅子を並べる。

その後、プロボクサーの試合が始まるまでの間に、さきほど組み立てたリングでプロテストのスパーリングは行われる。

スパーリングとは、実戦形式で行う練習試合のことだ。


プロテストの場では、勝敗は関係ない。

基本的な攻撃のコンビネーションを打てるのか、防御姿勢を取ることができるのかを見られる。

簡単なことのように思えるかもしれないが、プロテストのスパーリングでは、まったくパンチが出せずに失格になる人もいた。


僕のスパーリング相手は、国民体育大会で見かけた選手だった。

おそらく僕より一階級上の体重で出場していた選手だ。

スパーリングは終始、僕のペースで進み、優勢のままゴングを聞いた。

後になって、「相手の選手も合格したらしい」と聞いた。

彼とは、この年の新人王戦の地方大会決勝で再び相見えることになる。


僕はプロボクサーになった。

いつの間にか二ヶ月後に試合をすることも決まっていた。

映画館に行き、その旨を伝えると、翌月にはバイトを辞められることになった。

雇うことを決めてくれた面接官には、本当に申し訳ないと思っている。

だが、それでもやはり続けることはできなかったのだとも思う。

その程度には、僕の心は削れていた。


僕は仲のいいバイト仲間に本を贈ったことがあった。

間違えて二冊買ってしまったからだ。

通勤電車で、その本を読んでいると嬉しそうに話してくれたことが、僕にはとても嬉しかった。


貸与されていた映画館の制服には、キャラメルポップコーンの甘い香りが染みついていた。

僕は、それを返却する前にクリーニングに出すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る