倉庫業

一人暮らしは、お金がかかる。


ボクシングに専念したいが、バイトを探さなくてはならない。

大型ショッピングモールに自転車を買いに行った際に、無料求人誌を見つけた。

もちろん、また無料求人誌で仕事を探すつもりだ。


この無料求人誌には、路線図も付いていた。

僕は、この路線図を切り取り、部屋の壁に貼り付けてみた。

電車に乗る事に慣れていない僕は、この複雑に絡み合った路線図を見るたびに、人々の波に飲まれ、呆然と立ち尽くす自分を想像した。


都会の無料求人誌には、求人数が多く載りすぎていて選びようがなかった。

幸いにも自転車は購入済みなので、電車に乗らなくても行ける所にしようと考えた。

すると、選択肢は一気に減り、勤務先の候補を絞ることができた。

そのため、部屋の壁に貼り付けた路線図はもはや不要となった。

僕は、片手で剥がしたそれを両手でしっかりと握りつぶし、静かにゴミ箱へ放り込んだ。


勤務時間と曜日を選べる場所の中から、二ヶ所の面接を受けることにした。

まず面接を受けたのは、倉庫業だ。

倉庫業なら、他人に会わなくても済むと考えたからだ。

そう、人見知りの僕が、ボクシングをやっているのだ。

やっぱり、僕はボクシングに向いていない。


倉庫では、月・水・金に加え、日曜日にも働くことになった。

冷蔵室で「ピッキング」と呼ばれる業務を行う。

ピッキングとは、数多くの荷物の中から、注文に応じて商品を取り出す作業だ。


8℃設定の冷蔵室の中で、黙々とピッキング作業を行う。

この作業には、迅速さと正確さが求められる。

しかし、ピッキングが終わったら、その日はもう退勤となる。

効率よく仕事をこなすほど、早く上がる羽目になる。

なんとも皮肉なジレンマだ。


もう一つの面接は、サービス業を受ける。

サービス業とはいえ、対人ではない業務内容だ。

生活費のためにも、落ちるわけにはいかない。

僕は自転車のハンドルをしっかりと握りしめ、倉庫からほど近い映画館へと向かった。

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