第三十一話 少年期(小学5年生) その24
地区大会決勝戦。対MKスラッガーズ戦。
七回裏の追加点のピンチは、凪乃がピッチャーゴロで抑えた。
とはいえ、投手戦が続いた中で、このタイミングでの失点は、ゲームの流れとしてかなり痛い。
八回表、0対1の投手戦となった中、カルムズの攻撃だった。
「大丈夫か?」
俺はベンチに座る凪乃の肩や腕にアイシングをしてやる。
「ありがとう……………」
凪乃は、七回までで126球も投げていた。
制球の乱れは、明らかに投げ過ぎのサインだ。肩や腕が張っているのだろう。
向こうの方では、6年の田井中くんが控えのキャッチャー相手にピッチングをして身体を温めている。
その投球は、決して悪くない。
球速はそれなりにあるし、時折厳しいコースにも入る。
だけど、それだけのピッチャーでしかない。
そのへんの少年野球チームなら優秀なエースだが、この決勝戦の、しかも並外れた選手たちを前にしたこの場では、明らかに力不足だ。
あと2イニングだけだから、もしかすると逃げ切れる可能性もあるかもしれない。
だが、それほど甘くはないだろう。必ず攻略してくると、俺は踏んでいた。
「監督」
8番バッターが送り出されるなか、俺はベンチの監督に言った。
「凪乃はもう無理でしょう。さすがに投げさせすぎです」
「わかってる」
そうだろう。監督が愛娘の肩を心配しないはずがない。
「次の回、俺を出してください」
言うと、案の定監督の表情が変わる。
「しつこいな。ダメだって言ってるだろ」
「あと2イニングだけです。たったそれだけの投球で俺が潰れると思います?」
「前みたいに延長になるかもしれない」
「なら、その時点で交代させてください」
監督は考え込む。
その向こうでは、8番バッターの子がバットを短く持って当てに言っていたが、それでも球速に翻弄されて手が出せずにいた。
カウント、ワンストライク、ワンボール。
「前も話をしたが、お前は病み上がりだ。そんなお前を出して猛打を喰らったらどうするつもりだ?」
「だからって、俺と凪乃以外で向こうの打線が抑えられると思います?」
「……………」
辛辣な言葉だし、場の空気が悪くなることもわかっている。
だが、それを口にしてでも、チームを勝ちに導きたかった。
それは、監督だって同じだろう。
事実、監督は叱り飛ばすこともせずに黙り込んでいる。
「20球だけ。お願いします」
俺が頭を下げて頼み込む中、その間に濱北さんが入ってきた。
「いいんじゃないか?20球でどうこうなるもんじゃない」
「昇。お前は健人の方に付くのか?」
「ここまできたなら、俺だってチームを優勝させてやりたい。強がっているが、お前だってそうだろう」
監督が濱北さんにしかめ面を見せる。それからしばらく考え込む。
「……15球だ。それ以降は田井中を使う」
俺と濱北さんは顔を見合わせる。
やった!
これで、俺は決勝の舞台に立てる!
マウンドでは、高津がその長身を活かした大ぶりの投球を見せる。
8番バッターの子は、結局三振に倒れてしまった。
それと同時に、監督は咳ばらいを一つしてベンチから出た。
主審になにかを話している。
しばらくしてベンチまで戻ってくると、監督は俺の方を向いた。
「健人、バットを持て」
「えっ?」
「わからないのか。代打だ」
「今からですか!?」
いくらなんでも、唐突すぎるだろう。
「勝ちに行くなら、打順も多く回った方がいいだろう。ほら、凪乃につなげてこい」
監督に支持されるがまま、俺はバットを手に取る。
「ななみくん……」
「七海さん……」
2人は俺の背中を押した。
「がんばって!」
「必ず打ってきてください!」
俺は両手で頬を叩き、気合を入れる。
「まかせろ!」
そうして、俺は肩を揺らし、意気揚々と代打に向かった。
バッターボックスに立つと、初めて対峙する、高身長の少年がいた。
高津嘉喜。
彼は表情一つ崩さず、まっすぐ俺を見据えている。
歳に合わないほどの落ち着きだ。
前世を含めても、俺はこれまでメジャー流の投球と勝負したことが一度もない。
テンポも違えば、球の軌道も違う。
初見で相手をするには難しい投手だ。
だが、この八回までの間に、その投球はベンチで十分に見てきた。
小学生としてはトップレベルの一人だろうが、それもあくまで小学生としてだ。
戦って、勝てないということはない。
バットを握りしめ、俺は両腕を広げて構える。
すると、自然に背景が薄らいでいき、集中状態へと入っていく。
「タイム!」
だがそのとき、主審は唐突に中断を告げた。
思わず振り向くと、そこには大男が立っていた。
たくましい腕をかるく上げて、高津監督は主審に申告した。
「投手交代で」
その次に告げられた交代選手の名を聞いて、俺は思わず耳を疑った。
高津嘉喜は眉一つ動かさずにマウンドを降りていく。
そして交代投手として走ってきて、マウンドに立ったのは、ポニーテールの女の子。
「高津和葉……」
集中状態に入っていた俺の胸に怒りの感情が沸々と沸き上がってくる。
さっき自販機前で散々うちのチームをコケにしてくれた、あの生意気な双子の片割れだ。
先ほどまで彼女が守っていたショートには、バトンタッチする形で高津嘉喜が入る。
「お前、ピッチャーもできたのかよ……」
ここにきて、初見の投手。
怒りに燃えながらも、俺は同時に緊張を感じ始めていたのだった。
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