第17話 シュエン・フェイロックの日記 3


 俺は臆病だった。

 思っていても言えなかった事。

 俺の望みはもう決まっている。


「父上、お言葉ですが。何故他国の風を入れようとなさらないのですか。龍王と言う名の上にあぐらをかいているだけではないのですか」


「貴様っ!」

「良い!」


 父が右手を上げ、兄を制止する。


「俺は外の世界を知らない。この里に生まれて百年以上、一度も出た事がないのです。父上がこの里に異国の文化を入れたくないと言うのであれば、俺はこの島から出てみたい。異国の文化に触れてみたい。それが俺の唯一の望みです」


 父は目を瞑り少し考えている。


「シュエンよ。お主はいささか思い違いをしておるな」

「と、おっしゃいますと?」

「まず、儂は龍族が島から出ることを禁止してはおらぬ。そして、龍王の名など何の意味も成さぬ」


 意外な返答だ。


「順を追って話そう」


 父は、この世界の歴史を語り始めた。


「『始祖四王』の名は知っておるな? 『鬼王』『仙王』『魔王』そして『龍王』だ。古来より四種族の間には争いが絶えんかった。儂は多くの仲間、家族を亡くした。この不毛な争いに辟易した。儂だけではない、龍族全員がこの争いを終わりにしたかった。そして、比較的友好関係あった仙王に頼み、仙族の後方に位置するこの島に移住したのだ。龍族はその争いから降りた。いや、逃げたと言っても良い」


 俺は、いつの間にか正座して聞いていた。


「長い大戦で各国は疲弊していた。そして三国は停戦する事になる。魔族と鬼族はそのまま国力の増強に。仙族は新たな種族を生み出した。それが『人族』だ。ここまではよいか?」

「はい」


「鬼族、仙族、魔族、我々龍族は、その魔力の高さ故か、なかなか子が出来ぬ。二千年以上生きている儂ですら子は八人だ。三人は戦で亡くしたがな」


「……」


「我々を含む四種族は、個人差はあるが最低でも千年は生きる。しかし、仙族が生み出した人族は、長くとも百年程しか生きる事が出来ぬが、代わりに子を多く産む。今やこの大陸で一番多いのは人族である。他種族間では子は出来ぬ。それが我々の共通の認識であった。しかし、鬼族と人族の間に子が産まれたのだ」


 兄たちも知らなかった話なのだろう。

 身を乗り出して聞いている。


「その子は『鬼人』と呼ばれ恐れられた。その高すぎる魔力故に、自我の制御ができず暴れまわり、鬼族の実に四分の一を壊滅させるに至った。それを好機とみた魔族が攻め入った結果、鬼人一人により壊滅的な被害を受けた」


「……その鬼人はどうなったのですか?」


「鬼族と魔族が協力して封印したのだ。敵対する種族が協力するなど、事態がいかに深刻だったかが窺えよう。それ以降、種族間の争いは起きておらぬ。これがこの世界の話だ。理解したか? 故に、龍王の名には何の意味もない。意味を付けるとすればとすれば、負け犬かの」


「はい……よく分かりました」


 父は俺の反応を確認し、一息ついてから話を続けた。


「よし、では始めに龍族は争いから降りたと言ったな? その後に生まれた人族は、龍族の存在をお伽噺としてしか知らぬ。彼らは我々を『髪が黒い人族』と思っておるのだ。壊滅的な被害を受けた鬼族と魔族の中でも、我々の存在を知るものは少数しかおらぬ上、歯牙にもかけておらぬ。仙族は、我々の想いを汲んでおる。故に、この黒髪が龍族の証と知っておる者は、我々を除いて殆どおらぬ。そもそもこの里は、大陸の者を迎える事は禁止しておらぬ。そして里の民は、我々が龍族であることを口外せぬと誓うならば、島外に出ることを咎めぬ。それが我々龍族の総意だ。儂が勝手に決めたことではない」


「それでは、私が島外に出ても良いと?」

「構わぬ、人族として生きるならな」


 俺は父を見誤っていた。

 誰よりも龍族を想っていた。


「それでは、龍族であることを口外しないと誓います。あと、刀や防具、織物を大陸に持ち出しても?」

 

「それらは我が里の産業だ。既に大陸に流通しておるわ。あと、異国の文化を取り入れぬのかと言う問に関してだが、見当違いも甚だしい。この島の灯具や空調器具、快適便利な魔法具は全て人族の技術である」


 そうなのか……俺は里の事を知ろうともしていなかったんだな……。

 急に恥ずかしさが込み上げて、耳が熱くなった。

 

「練気術や遁術を扱うことに関しては?」

「構わぬ。人族には適した戦闘法である。教えてやっても良かろう」

 

「他に条件はありますか?」

「条件ではないが、我々は有事の際はこの里を守らねばならぬ。その為に日々鍛錬は欠かさぬ。お主もその心得は持っておくことだな。外に出るのなら、儂等は仙族に恩義がある。人族も友好関係にある。何かあれば助けてやるがよい」

「はい」


「あとは、そうだな……他種族と子を作るときは気をつけることだ。出来るとは思わぬがな」


「分かりました。ありがとうございます。近日中に旅に出ようと思います。その時には挨拶に参ります」


 一礼して屋敷を後にした。

 


 ◆◆◆

 


 四日後、ヤンの屋敷に行った。


「おぅ、出来てるぞ」


 二本の刀を受取り腰に差す。


「これ見てみろよ。ヤマタノオロチの革の防具だ」


 そう言って革鎧、篭手、脛当てを並べた。


「軽くて信じられんくらい丈夫だ。こんな素材他にはねぇよ。着けてみな」


 確かにすごく軽い。

 丈夫な上に柔らかく、着けてる感じがしない。


「これはすごいな。ヤン、いつも貰ってばかりだ。こいつのお代くらいは払わせてくれ」

「しつけぇ奴だな。要らねえって言ってんだろ。あんな化物バケモンの首が飛ぶ瞬間なんて見せてもらったの俺くれぇだよ。皮や魔晶石まで貰ったんだ、報酬としちゃ十分すぎんだろ」

「しかし、手間賃があるだろ」

「いや、こりゃ俺の仕事である前に趣味だ。手間だなんて思っちゃいねぇ」


 こいつは言い出したら絶対に引かない。


「はぁ……お前には世話になりっぱなしだな。いつもありがとな」

「構わねぇよ」


 そして、ヤンに話を切り出す。


「ヤン……俺、この島から出るよ」

「そうか。そりゃ寂しくなるな」

「なんだ、えらくあっさりだな」


 拍子抜けした。


「俺ぁこの島でしか作れねぇもんに全てを捧げちまってるから、出ることはできねぇ。でもお前ぇは違うだろ? お前ぇにはこの里は狭すぎる。お前ぇと俺の刀の名を世界に轟かせてこいよな」


 泣きそうになった。


「あぁ、悪名にならないようにしないとな」

「いつでも帰ってこい。刀も防具も最高の状態にして送り出してやる。旅の話も聞かせてくれよ」


「あぁ、行ってくるよ」


 シュエン・フェイロックとしての人生はこの島に置いて行く。

 これからはただのシュエンだ。


 俺の第二の人生が始まる。

 

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