第16話 シュエン・フェイロックの日記 2


 治療術で腕の傷を癒やしながら、新しい刀をマジマジと見る。木陰から差す陽の光が、刀身に反射して目に刺さる。


「しかしすごい切れ味だな」

「だろ? 文句なしの特級品だ。これ以上の刀ぁ打てる気がしねぇ」


 とんでもない刀をもらったもんだ。

 こいつに見合う様な剣士にならないとな。


「さて、帰るか!」


 町に向かって帰ろうと、数歩進んだ時だった。

 ドンッ! と突風の様に禍々しい魔力が背中を押した。


「なんだよこの魔力……」

「そういやここ、封印の祠の辺りじゃねぇか……?」

「これ、逃げたほうが良いよな……」


 そう思ったときにはもう遅かった。


「おいおい……マジかよ……」

「実在するのかよこいつ……」


 八つの首に八つの尾。

 神話の世界の化物が目の前に現れた。


「ヤマタノオロチだ……」


 八本の頭が、それぞれに俺達を視界に捉え揺れている。


「やるしかねぇぞ! 気合い入れろ!」

「全力で攻撃する! 守りは頼んだぞ!」


 ヤンは化物の正面に立つと、練り上げた気力を幅広の愛刀に注ぎ身構える。

 八つの首が、それぞれ意志を持つかのようにヤンに降り注ぐ。


「うぉー!! シュエン、横から叩き斬れ!」


 言われるまでもなく渾身の力で斬りかかる。


「キィーン!」


 高い金属音が鳴り響いた。


「何だよこの硬さ!」


 普通に斬りかかったんじゃどうにもならない。更に精度を上げ気力を練り上げ、刀に纏う。


『剣技 乱れ氷刃みだれひょうじん


 練気で研ぎ澄ました刃を、無数に斬りつける連続攻撃。


「ギャァァァ!」


 首を一本切り落とした。


 よし! いける!

 と思った瞬間、八本の尾が俺に襲いかかった。


「ぐぁっ!」


 後ろに突き飛ばされる。


 ヤンは残り七本とはいえ首で手一杯だ。近づけば八本の尾が飛んでくる。

 どうする……。


「ヤン! 十分……いや五分だけ持ちこたえれるか!?」

「言ってる間に早く練り上げろぉ!」


 体中の気力。頭の先からつま先までの全気力を練り上げる。

 集中しろ……失敗すれば俺たちは死ぬ。

 ヤンが鍛え上げたこの刀を信じろ。薄く鋭く、全ての練気を刀に纏わせる。今の俺が繰り出せる最高の一撃だ。


「ヤーン! 伏せろォォォー!!」


『剣技! 横薙一閃よこなぎいっせん!!』


 全力渾身の横薙ぎの斬撃が、ヤマタノオロチの全ての首を切り飛ばした。

 斬撃はそのまま後ろの柳の大木を切断し、岩山の奥深くに吸い込まれた。


「うぉぉ……すげぇ……」


 顔を上げたヤンが感嘆の声をあげた。


「ヤン、この刀の名前決めたよ」


 今の一撃で閃いた。


柳一文字やなぎいちもんじだ」


「おいおい、柳の前にとんでもねぇもん斬ってるだろ……まぁお前らしいわ」


 二人で力尽きて倒れ込んだ。


「死ぬかと思った……気力切れだ」

「だな。良く生き残ったよ……気力吸い取りゃ良かったじゃねぇか」

「流石の俺も気力まで吸収できねーよ」


 こんな禍々しい魔力だ。誰も気づかない訳がない。父と兄二人が駆けつけて、目を丸くして見ていた。


「お主らがやったのか……?」

「貴方の息子と俺の刀が斬ったんですよ。里中に触れ回ってくださいよ……」


 そのまま二人で気を失った。

 


 ◆◆◆


 

 丸二日寝込んだらしい。

 全気力使い果たしたんだ。よく死ななかったもんだ。


「シュエン様、ご無事で何よりです。目覚め次第御前にと里長より言付かっております」

「あぁ、わかった。でもヤンが心配だ。その後に行くよ」

「かしこまりました。そのようにお伝え致します」


 二日も床に伏せていたからか、体がダルい。

 鍛冶屋街のヤンの鍛冶場に入ると、元気に金属音が鳴り響いている。

 今日も元気に武具制作に勤しんでいるようだ。


「おいおい、お前鉄人だな……もう大丈夫なのか?」

「おぉ、生きてたか! 昨日ヤマタノオロチの体皮を持ち帰ってきてよ。すごいぞこいつぁ!」


 変態だなこいつは……。

 身の危険よりも創作欲が勝るらしい。


「体皮は大量にあるからな。とりあえずは革鎧と篭手と脛当てを作るか。当然お前の分もな、出来たら伝えるわ」

「そりゃありがたい。相当な物が出来そうだな」

「これも見てみろよ。こんなもん見たことねぇよ」

「でかいな。確かにここまでデカいのは見たことない」


 拳大の『魔晶石』だ。小さい魔晶石ですら、通常の魔石とは比べ物にならない。

 長い年月で出来た幾重にも重なる層が、鍛冶場の灯りを蓄え発光しているようだ。

 

「そうだ、春雪はどうする?」

「あぁ、俺にとってもヤンにとっても思い出深い刀だ。でも、お前さえ良ければそのまま俺が持っておきたい」

「元々お前ぇに譲った刀だ。返せなんて言わねぇよ。最高の状態に研いでおくからまた取りに来いよ。柳一文字も手入れしとくから置いていけ」

「分かった。ありがとな」


「ヤン……」

「ん? なんだ?」


「いや、何でもない。お前が親友で良かったよ」

「何だよ気持ち悪ぃな」

「刀と防具はまた取りにくるよ」

「おう、楽しみにしとけよ!」


 柳一文字を手渡し父の元へ向かう。

 

 

 ◆◆◆


 

 龍王の御前。

 二人の兄、カイエン、コウエンが両脇に立っている。


「体はもう大丈夫か?」

「えぇ、二日も休みましたので」


 心なしか、父の顔が優しく見える。


「封印が何故解けたのかは判らぬ。しかし、お主らが祠の前に居たお陰で里の危機は免れた」

「たまたまですよ。俺たちが一番驚いた」


「儂らがヤマタノオロチを封印したのは知っておろう」

「へ……? いや、存じませんでした。神話の化物が目の前に出てきて驚いたんですから」


「そうか、儂らですら封印するので精一杯であった化物をお主は斬り伏せた。お主らを認めざるを得ぬであろうな。なんぞ望みはあるか?」


 俺の心はもう決まっていた。

 

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