第15話 シュエン・フェイロックの日記
この島は退屈だ。
龍王の名の上にあぐらをかき、他国の風を入れようとしない父。
娯楽もさほどない。刀を振る以外することもない。
この島に生まれて百年以上になる。
龍王クリカラの末子として、剣術と練気術の英才教育を受けてきた。父や兄姉達には及ばないが、実力は里内では上位だろう。
俺は特に魔力操作に長けている。修練するうちに、魔力を吸収する事ができるようになった。どうやら俺だけの特異な能力らしい。メイファ姉さんからは、魔力障害の恐れがあるから多用はするなと釘を刺されたが。
ただ、こんな力をどこで使うんだ。
島の外に出ることは無い。出たところで大陸の港町くらいじゃないか。
本当に俺たち龍族は強いのか?
ただの思い上がりじゃないのか?
そんな事を思っても父や兄達には問えない。海外に出たいとも言ったことがない。
俺は臆病だ、この弱さが嫌になる。
◆◆◆
俺の屋敷は、父の館からは少し離れた敷地の外れにある。食事など館に赴く際は不便だが、町中に出かけるには門が近いので気に入っている。
俺は島から出ることは無いが、島の中なら何処でも行く。最近、南東の山に住み着いている魔物が悪さをしているという噂がある。近々行ってみよう。
町の中心街にある鍛冶屋の集落では今日も鋼を叩く音が響き渡っている。そのうちの一軒に入り声をかける。
「ヤン、いるかー?」
「シュエンか! こっちだ!」
屋敷の奥から汗だくの男が出て来た。
俺の親友で刀鍛冶のヤンガス・リーだ。
「朝から精が出るな」
「まぁな、刀は俺の生き甲斐だからよ」
「で? 話があるっていうから来たんだが?」
「そうだそうだ、その刀ぁ俺が独立する時に打ったやつだから、もう十年くらいになるか?」
俺の『
いわゆる天才だ。
「その刀ぁ超えるのに十年もかかっちまったよ」
そう言って、奥から一振の刀を持ってきて俺に手渡した。
「おぉ……とうとうやったか!」
「お前ぇにやるよ」
「え? いいのか?」
「俺が納得した刀ぁ、信頼するやつに使って貰いてぇからよ」
刀をゆっくりと鞘から抜き、正眼に構えてみる。両手に吸い付く様にしっくりくる。いい刀だ。
「で、お代は?」
「いらねぇよ。お前ぇが腰にぶら下げてるだけで俺の刀は売れるんだからよ」
春雪もお代は払っていない。
「ヤン、ありがとう。一生大切にするよ」
「あぁ、こいつを超える刀はそうそうねぇからな。大事にしろよ」
ヤンはそう言って笑った。
「で、名は?」
「いや、付けてねぇ。お前ぇがつけてくれ」
そういえば春雪も俺がつけたんだったな。
「前みてぇに春なのに雪がちらついてたからって『春雪』なんて安易な名にするんじゃねぇぞ!」
確かに安易に名付けたのは間違いない。ヤンに釘をさされる。
「今となっては愛着のある名だけどな。ちょっと今回は悩んでみるよ」
こうして俺は新しい刀を手に入れた。
「よし、試し斬りに行こう! ナグモ山で魔物が悪さしてるらしい」
「よっしゃ! 俺もついて行ってやる!」
ヤンは優秀な盾士だ。と言っても盾は持たない。
武器は刀とは思えないほど幅広で分厚い片刃刀だ。そいつを盾にしたり斬りかかったりと、独特のスタイルで戦う。
俺と背は変わらないが体格がいい。特に、槌を振り続けた右腕は、異常なほど発達している。ヤンが一緒なら安心して盾役を任せられる。
里の南東にあるナグモ山。
最近、魔物が多くて困るという噂が耳に入っている。
「何だ? やたらと虎が多じゃねぇか」
「そうだな。試し切りにもならないけどな」
この島の固有種、リーベンタイガー。
里の外れに現れては家畜を襲う厄介者だ。これだけ増えれば、里に被害が出るかもしれない。まぁ、こいつに負ける龍族はいないが。
山の中腹辺りにさしかかった頃、そいつは現れた。
虎の体に猿の頭、尾は蛇の魔物。
「ヌエか、こりゃ珍しいな」
「なるほどな。虎の多さはこいつのせいか」
五頭の虎を従えたヌエは、静かに足踏みをしている。
「周りの虎から片付けるか。防御は任せるぞ」
「おうよ!」
『風遁
無数の風の刃が、周りを取り巻く虎を一掃した。
「よし! このまま突っ込むぞ!」
一頭だけになったヌエが動き出す。
速い!
ヤンがヌエの体当たりを弾く。
『土遁 足絡め』
地面に魔力を送り、ヌエの足元を柔くする。
バランスを崩した隙に攻撃だ。
と、その時。右側からもう一頭のヌエが飛び掛かってきた。
火遁を放とうとした右腕を、鋭い爪で引っ掻かれた。
「シュエン!」
「大丈夫! かすり傷だ!」
「厄介だな、二頭か」
「ヤン、一頭任せてもいいか? すぐに片付ける」
「おうよ! 俺も攻撃に転じるかな!」
途中参加のヌエに正面から向き合う。
さて、ヤンの新作の切れ味を確かめてみるか。
刀を上段に構え、練った気力を刀身に纏う。反応がいい。
『剣技
一気に距離を詰め、袈裟斬りにする。
ヌエは肩から真っ二つになり息絶えた。
ヤンの方に振り返ると、頭から真っ二つに叩き斬っていた。相変わらずの馬鹿力だ。
「最初から刀で戦うべきだったな」
「あぁ、ヌエの名前に踊らされたな」
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