第14話 修行開始


 次の日の朝、昨日のお膳に朝食が並んでいる。エミリーも少し遅れて来て座った。

 白い米に昨日とは違う汁物だ。焼いた卵料理と一緒に食べる、素朴で美味しい。昨日の炊き込みご飯も美味しかったが、白いご飯もいい。


「昨晩に続いて朝食まで用意して頂いて……ありがとうございます」


 配膳してくれた弟子に声をかける。


「良いってことよ。この家の料理は絶品だろ?」

「うん、すごく美味しかった!」

「盛り付けが美しくて、目でも味でも楽しめました」

「そりゃ良かった」


 ヤンガスの弟子は微笑んで、部屋を後にした。


「そういえば、この家の女の人の服見た? キモノって言うんだって! 私も着てみたいなぁ」

「エミリーが着たら、また違う可愛さがあるだろうね」

「また買ってこようかな!」


 後日里内を改めて観光しよう。

 今日から修行が始まる、準備して出発だ。


「ヤンさん、おはようございます。昨日の宴会に続き、朝食までありがとうございます」


 三人でお礼を言う。

 

「おう、おはよう。俺も楽しかったからよ、いいってことよ。ほらよ、刀だ。今日は何するか知らねぇが、革鎧はいいだろ。武器と盾だけ持っていけ」

「ありがとうございます」

 

 刀を鞘から抜いてみる。


 ――これが春雪の本当の姿……。

 

 全くの別物だ。刀身が眩しいほど輝いている。

 ユーゴは一級品の所持者になった。この刀に恥じないように強くあらねばと、自然と気合いが入る。


「良し、行くか!」


 ヤンガスの後について修練場へ向かった。

 朝だと言うのに容赦無い日差しが照りつけている。少し歩くだけで額に汗が滲んだ。

 

 着いた場所は、修練場と言うだけあってかなり広い。少し待っていると、里長クリカラがメイファを伴って歩いて来た。


「おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「はい!」

 

「里長、久しぶりです。で、なんで俺まで?」


 ヤンガスが里長に恭しく一礼して問いかける。

 

「我が里で盾士と言えばお主であろう。こやつらに教えてやれ」

「買いかぶり過ぎだって……」


 ヤンガスは頭をボリボリ搔いて俯いたが、文句を言える立場では無いのかそのまま黙った。

 

 三人は里長の前に並び、一礼した。


「さて、早速お主らの現状を見るか。ユーゴ、刀に気力を纏ってみろ」


 始祖四王の一人の前での実演だ。緊張の面持ちで刀を抜き、柄を両手で握り締め気力を込めた。薄く薄く、丁寧に。


「待て、練気術はどうした」

「レンキ……? 何ですか?」

「おかしな事を言う。シュエンに教わったであろう」

「いえ、父に教わったのは、魔法と魔法剣だけです。気力の使い方すら詳しくは……」

「なんだと……? 何故だ」


 里長は、怪訝な顔で考え込んでいる。

 メイファとヤンガスも顔を見合わせて首を傾げた。


「まぁよい。あやつの事だ、考えても分からぬ。では他の二人も練気術は知らぬのだな?」

「はい」

「左様であるか、では練気術から指南しよう」


 里長は腰に携えた刀を抜き、気力を込めた。


「これが先程ユーゴがした事だ。ただ気力を刀に纏わせただけだ。気力が目に見えるであろう」


 刀身に気力が薄く安定している。今まで見てきたどの剣士よりも薄く鋭い。全くレベルが違う。


「次に、練気術で練った気力を刀に纏わせる」


 ――なんだ? 何も見えない。


「何も見えぬか? これならどうだ」


 里長は刀を近くの岩に乗せた。

 すると刀が、食後のデザートにフォークを入れるように、スーッと岩に吸い込まれていった。


「えっ!?」


 三人は目を剥いて声を上げた。

 

「切れ味が段違いであろう。これが練気術だ。更に鍛錬すると」


 次に、片手で刀を大岩に向けて構えた。


剣技けんぎ 剣風けんぷう


 横薙ぎに放たれた斬撃が、ものすごい速度で大岩に吸い込まれて行った。


「この通り、斬撃を放つことも出来る」


 ――凄い……これが刀の本来の扱い方か。


「練気術で練った気力を様々な術に使う。基礎の基礎からもう一度言おう。魔力は放つ力、気力は纏う力であることは理解しておるな。練気を魔力に乗せて放つのが『遁術』だ。簡単に言えばな」


 船の船長が、シードラゴンに放った術だ。


「次に、魔力を主に使うのが回復術だ。我々は練気を主に使う『治療術』を扱う。回復は傷を治す力、治療は治す行為そのものだ。予後も治癒の速さも違う。治療術は回復術よりも上位の術である」


 エミリーが、口を開けたまま聴き入っている。


「治療術は、全員が使えるに越したことはない、習得するが良い。補助術も練気を使うと効果が段違いだ。我々は『強化術』と呼んでおる。そこのメイファが我が里で一番の治療術師だ。遁術にも長けておる」


 エミリーがメイファに羨望の眼差しを向けている。エミリーの師匠は決まった。


「次だ。先程は練気を刀に纏ったが、盾に纏えば更に強靭な盾になる。それを周りに張り巡らせれば守護術だ。トーマスといったか、お主、守護術を張ってみろ」


 言われてトーマスが盾を構える。


『守護術 シールドシェルター』


 広範囲に張れる魔力の盾だ。

 モヤモヤと、薄黄色の膜が張っているように見える。


「では、ヤンガス」

「へぃ」


 言われてヤンガスは、その場で腕組みのまま実演した。

 

『守護術 堅牢けんろう


 六角形の透明なシールドが、蜂の巣状にヤンガスを囲んだ。陽の光を鋭く反射している。


「練気の盾を自身の周りに張り巡らせる。見た目から別物であろう。分かるか?」

「凄い……見ただけでレベルが違うのが分かる」

「これは習得するのに骨が折れそうですね……」

「いや、練気術自体はそうでも無かろう。お主らは、もう既に基礎は出来ておる」


 ――基礎が出来ている……?


 三人には何の事か分からない。

 里長は説明を続ける。


「よいか、魔法は魔力を属性別にそのまま放つが、『術』と名の付くものは、全て気力を介して発動する」


 里長の指示で、メイファが数歩前に出て説明を始めた。

 

「例を出そうか。回復術は、回復用に生成した魔力に、気力を練り込んで対象に纏わせて回復する。さっき盾士のお前が張った守護術は、生成した魔力に気力を練り込み、周りに形として安定させる」


「言いたいことは分かるな? お主らは知らんうちに、気力を練り込む術を知っておる。気力のみを練り上げ、扱うのが練気術である」


 それを聞いて、ユーゴは落胆の色を隠せなかった。


「里長、オレは術を扱えません……」

「魔法剣は扱えるであろう。発動前の魔法に気力を練り込んで、剣に纏わせ戦うのが魔法剣だ」


 なるほど……。

 実に分かり易い説明に、三人は大きく頷いた。

 里長は続いて、練気術の利点について説明を始めた。

 

 一番は気力の節約だ。練った気力を薄く小出しにして扱う。気力そのまま扱うのとは、使用量が格段に減る。しかも効果が数段高い。 

 気力も有限では無い。燃費の良い素晴らしい戦闘法だ。


「では、今までの様に魔力に気力を練り込む要領で、体の中で気力のみを練り上げてみろ」


 気力のみを練り上げる……体内を流れる様に存在する気力を意識して練る。

 なるほど、魔力とは違う何かが、体の中心に集まり圧縮されていく様に感じる。


「出来たか? それを右手に集中させてみよ。薄く小出しに、を意識するようにな」

 

 体の中心に渦巻く様に存在する錬気の一部を、意識的に移動させる。右手にとんでもない力が集まっているのを感じる。


「良し、上出来だ。これからその力を、それぞれの術に昇華させる鍛錬を各自ですると良い」

「すごいね……これをぶっ放したらどうなるのか、恐ろしいんだけど……」


「エミリー、これからメイファの屋敷に住込みで修行せよ」

「うん! メイファさん、お願いします!」


 ――おぉ、エミリーが敬語使った……。


「トーマス、お主はヤンガスの家だ」

「はい! ヤンさん、よろしくお願いします」

「おう、俺は厳しいぞ。覚悟しとけ」


 ――本当に厳しそうだ……。


「ユーゴ、お主は儂の屋敷の庭で修行だ。門の近くにシュエンの屋敷がある。定期的に手入れはしてある。そこで寝泊まりするが良い」

「分かりました!」


「今日はここまで。各自明日から励むが良い」

 

 こうして三人の修行が始まった。


 

 ◇◇◇ 


 

 里長の屋敷で食事と風呂を頂き、シュエンが過ごしていたという屋敷に行く。

 一人で過ごすには広すぎる屋敷だ。


 一通り見て回ると本棚があった。そこまで本が多い訳では無い。

 その中からシュエンの日記が出てきた。


 ユーゴが知らない父親の思い出。

 その日記を開いてみた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る