第15話 ゆるりと休日

 北部地域は寒冷ではあるが、それでも植物は育つし、ここでしか採れない薬草もある。

 そんなわけで、薬草採集の依頼を受けたあたしたちは、フロッグの街からほど近い山中にいた。

 目的は希少なツルベラという薬草を採取する事。

 この薬草は花だけに価値があり、夜明け頃にのみ開花するので、寒い中夜明け前の暗い山道をせっせと登っていた。

「イース、ツルベラはもうやめようね。比較的高額で取引されてるけど、この労力に見合う報酬じゃないよ」

 明かりの魔法で進路を照らしながら、あたしは後ろにいるイースにぼやいた。

「リズ、根性がありません。薬草のためなら、このくらい…」

 魔法薬が好きなイースが、小さく笑った。

「へいへい。行き先はイース任せだから、ちゃんと案内してね」

 あたしは苦笑した。

 無論、無策でこんな暗い山を歩いているわけではない。

 ツルベラは何度も採取しているし、この山にいくつかある群生地は心得ているが、どこが効率がいいかは、今までの経験とイースの直感に掛かっている。

「分かっています。恐らく、山頂近くの群生地でしょうね。このところ晴天だったので、日当たりがいい開けた場所の方が元気があるでしょうから」

 イースが笑った。

「まあ、イースがそういうならそうなんでしょ。あと二時間しかないし、急ぐよ」

 あたしは歩みを速め、イースもそれに続いた。

 大した山ではないが、登山道は完備され、突発的に魔物や野生動物に襲われない限り、さほど難しい道行きではない。

 念のため、周辺探査魔法を使っているが、これといった反応はなかった。

「しっかし、寒いねぇ。やっておくか」

 あたしは呪文を唱え、自分とイースを囲むように結界を張り、中の空気を寒くない程度に温めた。

「はぁ、これで楽になった。油断すると、夏でも凍死者が出る山だからね」

 あたしは小さく息を吐いた。

 さほど高山というわけではなく、健康のためにハイキングするのにちょうどいい程度ではあるが、甘く見ると寒さで命を落とす事もある。

 まあ、この辺りは北部地域に住む人なら、常識ではあった。

「はい、気をつけましょう。山は山ですからね」

 イースがニコニコ笑顔で答えてきた。

「相変わらず、薬草が絡むと楽しそうだねぇ。あたしも嫌いじゃないけど、イースほど喜びはないな」

 あたしは笑った。

 イースと雑談しながら、急ぎ足で登山を続けていくと、やがて空が薄らと白みはじめた。

「おっ、ちょうどいい時間。間に合ったね」

 あたしはイースに声をかけた。

「はい、ちょうどいいです。花だけ採取する方法が難しいので、いつも通り私だけでやります。リズは警戒と作業後の休憩場を確保して下さい」

 イースがクスリと笑った。

「分かってるよ。そういうのは、イースの担当だから。せいぜい、温かいココアでも準備しておくよ」

 私は笑みを浮かべた。

 ちなみに、朝食のサンドイッチはちゃんと用意してある。

 折り畳み式のアウトドア用テーブルと椅子もあるし、問題はない。

 歩みを進めるうちに、程なくほんのり青白く咲く、小さな草が群生している場所に出た。

 これが、目的のツルベラだ。

「よし、それじゃよろしく。あたしは準備するから」

 あたしは足を止め、休むのにちょうどいい場所を探し、テーブルなどの設営にかかった。

 その間、イースはよく薬草採集に使っている道具を片手に、さっそく作業をはじめた。

「さて、ここにするか。まずは、テーブルを出して…」

 あたしは空間ポケットから、小ぶりな折り畳み式のテーブルを取りだして設置し、そこに小さなランタンと屋外用小形コンロを取り出して置き、小形のポットに持参した水を注いだ。

 そのポットをコンロに乗せて火をつけ、マグカップを二つ取り出してテーブルに置いた。

「よし、あとは結界を張って…」

 あたしはテント型に薄い結界を張り、魔法で中の空気を快適な温度にした。

「これでよし。あとは、イース待ちだ」

 あたしは椅子に座り、せっせと作業しているイースを見守った。

「これ難しいんだよね。元々小さいのに、先端の花だけ切り取るって。あたしは難しいな」

 あたしは笑った。

 そのうち夜が明けてきて、朝焼けに照らされた山の光景を見ながら、あたしは思い切り深呼吸した。


 無事にツルベラの採取を終え、フロッグの街に戻ったあたしたちは、さっそく酒場で依頼完了の報告と報酬の受け取りを終えてから、宿の部屋に戻った。

「はぁ、寒かった。朝が早かったし、少し寝よう」

 あたしはマントを外して壁にある金具に引っかけ、そのままベッドに横になった。

「はい、休みましょう。薬草採取の依頼はあと二十件です。作戦を考えないと」

 イースが自分のベッドに座り、依頼書の整理をはじめた。

「二十件か。結構、あるね」

 あたしはぼんやり呟いた。

「はい、大した難度ではないですし、三日もあれば全て終わると思います。全て、この街から徒歩で行ける場所で手に入りますし」

 イースが笑った。

「ならいいけど。それじゃ、あとはよろしく」

 イースに声をかけ、あたしは目を閉じた。

 しかし、やや眠い程度の睡魔では寝られるはずもなく、ただベッドの上でゴロゴロしているだけだったが、それでも十分休養は取れる。

 時刻は緩やかに流れていき、イースが依頼書をバサバサ弄る音も止まった。

 気が付くと、イースはベッドに座ったまま船を漕いでいた。

「やれやれ、ちゃんと寝なよ。よっと」

 あたしはベッドから下り、イースをちゃんとベッドに寝かせ、あたしは苦笑した。

「さてと、起きちゃったし、散歩でもしてくるか。まだ、昼メシって気分にもならないし」

 あたしは呟き、マントを羽織って部屋を出た。


 宿を出ると、相変わらず街は喧噪に包まれていた。

 大通りにはトラックやバスが列をなし、たまに軍やパトロールの車両が通り過ぎ、なかなか活気に溢れていた。

 街中を歩く人も多く、あたしは人混みをかき分けるようにして歩いた。

「やれやれ、ここはいつもこうだな。あたしとしては、ひなびた村が好きなんだけど、そうすると仕事がね」

 あたしは小さく笑った。

 北部地域にはひなびた町や村などいくらでもあるが、拠点を構えるとなると様々な理由で、このフロッグが最適だった。

「そういえば、『北の魔女』は元気かな。薬草採取の依頼が片付いたら、久々に顔を出すのも悪くないか」

 あたしは呟いた。

 北の魔女とは、なにかとお世話になっている知恵袋的存在だ。

 魔法使いではなく魔女と呼ばれるのは、既存の魔法体系から外れた独自の魔法をいくつも開発し、その功績から尊敬の念を込めて自然と呼ばれるようになった、あたしたちの北の勇者みたいな称号だ。

 噂では齢三百を越えるなどと言われるが、見た目は二十才くらいの女性で、人間的にも出来た人だった。

「北の魔女が住むのはトポリ村。ここから、バスで二時間か。思い出したら気になってきたな。まずは、手紙でも書くか」

 この一年くらいご無沙汰だ。

 いきなり訪れて、迷惑をかけたらいけないという程度の常識くらいはある。

「まあ、それは宿に帰ったらやるとして、なにしようかな」

 あたしが呟いた時、常に携行している無線ががなった。

『アリサだよ。今日は非番なんだけど、暇でねぇ。どうせ、リズも暇してるんでしょ。お茶でもしよう』

 アリサの元気な声が聞こえてきた。

「いいよ。イースは寝てるけど、それでいいなら宿の前集合で」

 特に断る理由もないので、あたしはアリサにそう返した。

『分かった。十五分でいくよ』

 アリサが笑った。

 これで、予定ができた。

 あたしは来た道を引き返し、宿に戻った。


 あたしが宿に戻ると、街道パトロール隊の制服を着たアリサが、出入り口付近で立って待っていた。

「あっ、お待たせ。非番なのに制服なんて、相変わらず大変だねぇ」

 あたしは小走りにアリサに近寄った。

 アリサが制服を着ている理由は、いつ何時も緊急呼集に対応するためだった。

 せっかく街をブラブラするのに、野暮ったい迷彩柄の戦闘服というのは、女の子としては可哀想ではあったが、これも職業柄致し方ないだろう。

「そんなに待ってないよ。まあ、制服なのはどうにもならん!」

 アリサが笑った。

「アクセサリー一つつけられないもんね。まあ、いいや。どこかお目当てあるの?」

 あたしはアリサに問いかけた。

「特にないけど、甘いものでも食べたいな。どこか、お勧めある?」

 アリサが笑みを浮かべた。

「甘いものか。近くに『ホトトギス』って店があるよ。チーズケーキが美味い」

 あたしは笑った。

「分かった。そこにいこう」

 アリサが笑みを浮かべた。

 それから移動を開始して、雑談を交わしながら約十分。

 大木をモチーフにしたデザインをした店の出入り口にある扉を開いて店内に入ると、そこそこの客の入りだった。

「いらっしゃい。二人かい?」

 ちょうどレジを打っていたオッチャンが、笑顔で声をかけてきた。

「うん、繁盛してるね。勝手に座るよ」

 あたしはアリサを率いて、適当な空きテーブルに陣取った。

「なに、ここよく来るの?」

 アリサが笑った。

「うん、近いし美味しいから。あたしにお任せでいい?」

 あたしはアリサに問いかけた。

「いいよ。ここは、常連さんに任せておこう」

 アリサが笑った。

「分かった。オッチャン、いつもの二つ!」

 あたしが声をかけると、カウンター席の片付けをしていたオッチャンが、親指を立てて応えてきた。

「へぇ、本当に行きつけなんだね。私はこういう店、あまり縁がないからなぁ」

 アリサが感心したように呟いた。

「あたしだって、基本的に酒場だよ。砂っぽいし、荒くれ者ばかりだから、夜はイースと一緒が必須だけど」

 あたしは笑った。

「そっか、私も似たようなもんだな。そうじゃないと、なにかあった時に身動きが取りにくい」

 アリサが笑った。

「そりゃそうだ。さて、名物のチーズケーキを待とう」

 あたしは笑みを浮かべた。

 雑談を交えながら、待つ事しばし。

 オッチャンがケーキとコーヒーを持ってテーブルに置いた。

「はい、ごゆっくり」

 オッチャンが笑顔を浮かべ、カウンターの向こうに去っていった。

 なんの変哲もなく見える、ベークドチーズケーキ。

 しかし、これが美味い。

「さて、食いますか。ここのチーズケーキは、そんんじょそこらのケーキと違うよ」

 あたしはフォークを手に、さっそく一口いった。

 チーズの香りと、さりげなく生地に練り込まれたオレンジピールの味が調和して、やはり美味い。

「へぇ、いい味してるね。リズがこんな女の子らしい店を知ってるなんて、ちょっと意外だよ」

 アリサが笑った。

「あのね、なんか文句あるか!」

 あたしは笑った。

「あるよ。なんで、こういう店を教えてくれないの」

 アリサが笑った。

「教えたって、行く暇なんて滅多にないでしょ」

 あたしは笑った。

「そりゃそうだけど、なんかズルいな」

 アリサが小さく笑った。

「あたしは、根無し草の冒険者だからね。暇なんて、作ろうと思えばいくらでも作れるし」

 あたしは笑みを浮かべた。

「それがズルいんだよ。待機中だって仕事だし、私も自由に遊びたいな」

 アリサが笑った。

「じゃあ、転職する?」

 あたしは冗談めかして、アリサに返した。

「出来るならやってる。隊長まできちゃうと、簡単に辞められないからね」

 アリサが笑った。

 こうみえて、コイツは結構責任感が強いので、仕事熱心なのだ。

「そうだね。アリサがいなくなったら、隊員が困る。まあ、今日は休みなんでしょ。満喫しよう。次に行きたい場所は?」

 あたしは笑った。


 喫茶店でひとしきり雑談したあと、あたしたちはアリサの希望で、近くのマーケットに行った。

 ここはフロッグでも有数のマーケットで、立ち並ぶ屋台の数も多く、歩くだけで楽しめる。

 途中で串焼きなどを囓りながら奥に進んでいると、どこからか悲鳴が上がり、人混みを突き抜けるように、ナイフを持った男がダッシュで向かってきた。

「やれやれ、多いんだよね」

 あたしとアリサは即座に戦闘モードに切り替え、たまたま進路上にいたあたしたちにナイフを突き出したが、アリスが手早くナイフを叩き落とし、あたしが一本背負いでぶん投げて、男の体をしたたかにコンクリートに叩き付け、動けなくなった所をアリサがポケットから取り出したタイラップで、両手を背中で拘束した。

「さて、あとはシティパトロールの仕事だね。この騒ぎですぐに駆けつけてくるでしょ」

 あたしは小さく息を吐いた。

 まあ、恐らくスリか強盗だろう。

 男の体を探り、いかにも男用の使い古された財布を取り出して身分証明を確認し、ついでに有り金全部頂いておいた。

「こら、盗るな!」

 アリサが苦笑したが、それ以上はなにも言わなかった。

「悪人の財産はあたしのもの。倫理的に問題はない」

 あたしは笑った。

 程なく、黒いシティパトロールの隊員が二名駆けつけ、あたしたちに軽く事情聴取したあと、男を引っ立てていった。

「あの男も運がないね。北の勇者と私のコンビに、ナイフを向けるなんて」

 アリサが笑った。

「まあ、武器を持ってないくても、邪魔だから同じ事をするけどね。さてと、気を取り直して、散策を続けようか」

 あたしたちは、なに事もなかったように、再びマーケットの散策を再開した。

 ここは夏でも寒冷なので、育つ作物は限られている。

 それでも店に並ぶ野菜や果物が豊富だが、これは南の暖かい地域で収穫されたものだ。

 今でこそ鮮度を落とさない大量輸送手段があるからいいが、昔は誰も人が住み着かなかったような、捨てられた地域だったらしい。

「はぁ、普段同じようなメシばっか食ってるから、こういう息抜きが必要だよ。隊員たちにもお土産買わないとね」

 アリサは笑い、適当な屋台に寄っては、箱ごと街道パトロールの詰め所に送る依頼をして回っていた。

 そのまま買い食いしたり、適当に屋台をみているうちに、客付きもない怪しげな屋台を見つけた。

「なんか、臭うな。いこう」

「えっ、リズ。急にどうした?」

 あたしはアリサの手を引いて、その屋台に近寄った。

「いらっしゃい。魔法使いだね」

 そこのオッチャンが、笑顔で声をかけてきた。

「そうだよ。魔法書ばかりみたいだけど、他にも魔道具が…」

 あたしは陳列されている魔法書や魔道具を、一点一点手に取りつぶさに観察した。

「ふむ。そうねぇ…」

 あたしは呟きながら、密かに『鑑定』した。

「全部か。オッチャン、正式な許可証あるなら見せて」

 あたしはこっそり、睡眠の魔法を準備した。

「お客さん、疑ってるのかい。まあ、魔法使いなら分かるか。これが許可証だ」

 オッチャンは笑い、店の奥にある額縁を取り出してあたしに見せた。

「ああ、良かった。下手に買うとまずかったから。ごめんね」

 私は笑みを浮かべ、同時に睡眠の魔法を発動させた。

 オッチャンが地面に倒れ、アリサが目を見開いた。

「な、なに、なんかマズかったの?」

 アリサが驚きの声を上げた。

「ここの品、全てが災害級の破壊力がある魔法が書かれた魔法書とか、魔道具の類いだよ。扱うなら、国家資格が必要なんだけど、許可証は一発で偽造って分かった。無線で魔法庁の犯罪対策課に連絡するから、ちょっと待ってて」

 あたしは腰のポケットから無線機を取りだし、魔法犯罪を管轄している魔法庁に連絡を入れた。

「へぇ、私には分からなかったな」

 アリサが笑った。

「まあ、そもそもこんな大っぴらに屋台で売ってる辺り、怪しいとは思ったんだけどね。こんなもん、魔法使い以外がうっかり発動させたら、下手するとこの大陸が吹っ飛ぶから」

 あたしは笑った。

「笑い事じゃないって。そんなのあるの?」

 アリサの顔が引きつった。

「いくらでもあるよ。迷宮とか遺跡にいけば、たまに手に入る。大方、知識がないのに珍しいから、金持ち相手に高値で売れるって思ったんじゃない。そうと知って買ったら、売り手と同じ罪に問われちゃうから、早いうちに対処しておくに限るよ」

 あたしは笑みを浮かべた。

 つまり、買わなければいい。

 あたしは、めぼしい魔法書や魔道具をパクった…もとい、没収した。

「こら、盗むな!」

 アリサがあたしの頭にゲンコツを落とした。

「だって、危ないじゃん。特にこれなんか、頭のポッチを押すと起爆して、王都くらいの街ならまるごと消し飛ぶよ」

 あたしは、変な形をした石像を見せた。

「なんじゃ、そりゃ。なんで、そんなもんがあるんだよ!」

 アリサが頭を抱えた。

「古代文明はなにかと派手でねぇ。こんなのが出てくるから、冒険者も怖いんだぞ」

 あたしは笑った。

「まあ、いいや。役人がくるまで待とう。なにも触るな」

 アリサが苦笑した。

「知識があれば平気だって。この魔法書なんて、即死系魔法だよ。蘇生魔法と並ぶ禁術中の禁術。並みの腕じゃ使えないけど、腕が立つ魔法使いなら簡単だろうね。こういうのは、普通は裏のマーケットで流れるものだよ。こんな屋台で売っていいもんじゃない」

 あたしは笑みを浮かべた。

「なんか、その裏のマーケットを取り締まりたくなってきたな。放置してるの?」

 アリサが小さく息を吐いた。

「いや、魔法庁も監視してるけど、上手く偽装されて完全には防がれていないのが現状だね。大金が動くから、裏社会の連中も本気だから」

 あたしは小さくため息を吐いた。

「そういうもんか。まあ、私が気にしてもなんの役にも立たない。早く、役人こないかな」

 アリサが笑った。


 十五分ほどで、白いローブを纏った魔法庁の職員がきて、寝ているオッチャンを抱えて運んでいき、屋台も撤去された。

「全く、迷惑な」

 アリサが苦笑した。

「このマーケットはなんでもあるからね。奥にいくと、戦車も売ってるほどだよ」

 あたしは笑った。

「どんなマーケットよ。まあ、さすがに戦車はいらないからってか、そんな予算はないから、適当にブラつこう」

 アリサが笑い、あたしたちは引き続き、マーケット散策に戻った。


 そういえば、腹減った。

 昼メシには少し遅いが、アリサも空腹になったようで、マーケットから大通りに出て、いつもの定食屋に入った。

 ピークはとっくに過ぎ、なにかホッとしたような空気が流れる店内に入り、案内されるまま席につくと、アリサがさっそくメニューを物色しはじめた。

 その時、無線機ががなり、イースの声が聞こえてきた。

『外出中ですか。差し支えなければ、私も行きますよ』

 イースの眠そうな声が聞こえてきた。

「うん、いつもの定食屋にいるよ。今日は、アリサもいる。暇ならおいで」

 あたしが返すと、イースの小さな笑い声が聞こえてきた。

『分かりました。十五分でいきます。では』

 通信が切れ、あたしは無線機を腰のポケットに戻した。

「イースもくるんだね。こりゃ楽しみ!」

 アリサが笑った。

「うん、今日は夜明けから活動してたからさ。やっと起きたらしい」

 あたしは笑った。

「リズは平気なんだ。むしろ、いつもより元気だし」

 アリサが笑った。

「ただの徹夜ハイだよ。電池が切れたら、即刻動きが悪くなる」

 街の外なら話しは別だが、街中は休息時間だ。

 必要以上に気を張る必要はないし、ゆっくり寝られるという特典付きだ。

「そっか、寝たら置いてくからね」

 アリサが笑った。

「寝ないよ、さすがに。イースがくるまで、ゆっくりメニューでも見てて」

 あたしは笑った。

 ちなみに、あたしはもう注文を決めている。

 この店はオムライスが美味い。

「そうだねぇ、奮発してビフテキでも頼もうかな」

 アリサが笑った。

「ビフテキなら、普通のソースじゃなくて、塩コショウだけがお勧めだよ。ここはいい肉使ってるし、マスターの腕もいいから」

 あたしは笑みを浮かべた。

「ほうほう、そりゃまた通だね。じゃあ、それにしよう」

 アリサが笑った。

「よし、注文しよう。オバチャン、ビフテキのソース抜きとオムライス大盛りね。あとで一人くるから、ゆっくりでいいよ」

 あたしは、テーブルを拭いていたオバチャンに声をかけた。

「あいよ。相変わらず、オムライス好きだね」

 オバチャンが笑い、オーダーを厨房に通した。

 それから待つ事しばし。店の扉が開き、イースが入ってきた。

「お待たせしました。つい、寝てしまって」

 イースが笑みを浮かべた。

「寝るのが普通だよ。もう注文しちゃったから、イースも好きに頼んじゃって」

 あたしは隣に座ったイースに声をかけた。

「はい、分かりました。すいません、牛丼大盛りつゆだくで」

 これは、イースの好物だ。

 ここはセットにしなくても、生玉子とお新香、味噌汁とサラダまで付いてくるので、とてもリーズナブルだ。

「さて、イースも揃ったし、メシ食ったらどこをブラつこうか」

 アリサが笑った。

「うん、イース。どうしようかね。ホトトギスは行ったし、マーケットは行ったし、あとなんだ?」

 あたしはイースに問いかけた。

「そうですね、適当に歩くなら、テレサ大公園でも行きましょう。歩くだけですが、暇つぶしには最適でしょう」

 イースが笑った。

「あそこね。まあ、いいか。アリサはどう?」

 あたしはまだ追加するのか、メニューブックをみていたアリサに声をかけた。

「うん、いいと思うよ。私は異存なし」

 アリサが笑った。

「よし、決まり。メシ食ったら行こう」

 あたしは笑った。


 目的のテレサ大公園は、街の中心近くにある大きな公園だ。

 とくに目立ったものはないが、ダラダラ歩くにはちょうど良かった。

 あたしたちがいるフロッグ東地区から、テレサ大公園があるフロッグ中央区までは、少しばかり距離がある。

 タクシーを使ってもいいような距離だったが、そこは全員が肉体派のあたしたちだ。

 迷うことなく徒歩移動を選択し、大通りを中央区に向かって歩いていった。

「相変わらず、混んでるな。滅多に街中には行かないから、新鮮だよ」

 アリサが笑った。

「迷子にならないでね。全員無線を持ってるから平気だけど、探すのが面倒だから」

 あたしは小さく笑った。

「はい、気を付けましょう。この程度で迷子になったら、冒険者としてどうかと思いますが」

 イースが笑った。

「あのね、迷宮と街は違うよ。迷宮の方がまだマシかもね」

 あたしは笑った。

 実際、人混みを進むより迷宮の方が楽だった。

 これも、冒険慣れしているせいかもしれないが、あたしはあまり街中は得意ではなかった。

「まあ、そうですね。もう、ここにきて長いですが、私もイマイチです」

 イースが苦笑した。

 癖になっているようで、ちゃっかりメモ帳にマッピングしていた。

「なんだ、田舎者め。私は都会好きだぞ!」

 アリサが笑った。

「やれやれ、都会生まれはいいねぇ」

 あたしは苦笑した。

 ちなみに、あたしは山間の村、イースは高山の麓にある村生まれだ。

「まあ、田舎もいいんだけど、たまに旅行で行くからいいんだよ。都会の方が便利!」

 アリサが笑った。

「まあ、便利なのは確かだけどね。さてと、この先混むから気を付けてね」

 あたしは笑った。


 一時間程度歩き、あたしたちはテレサ大公園に到着した。

 砂っぽくて緑が少ないこの街で、ここはリセットするにはちょうどいい場所だ。

 三人で公園に入り、まずは外周路を歩く事にした。

「やっぱり緑はいいねぇ。そういえば、イース。次の薬草採取はどこだっけ?」

 あたしは、まだ律儀にマッピングしているイースに問いかけた。

「はい、アサギリ草です。アラミ平原ですね。他にも、ここで殆ど揃います」

 イースが淀みなく答えた。

「全部覚えたんだ。まあ、ゆっくりやろう。急ぎの依頼じゃないし」

 あたしは笑みを浮かべた。

「なに、北の勇者が薬草採取の依頼やってるの。そういうのは、初心者に回してあげなよ」

 アリサが笑った。

「そうなんだけど、数が多かったから雪が降る前にってね。北部地域の夏は短いから、時間勝負だよ」

 あたしは笑みを浮かべた。

「なるほどね。雪か。積もると履帯が滑って大変なんだよね」

 アリサが笑った。

「まあ、その分盗賊も魔物も動きが鈍るじゃん。出動依頼の殆どが、雪の吹きだまりでスタックした車の救助なんでしょ?」

 あたしは笑った。

「そうなんだよ。そういうのを狙って、盗賊がきたりするから、放っておくにもいかないし、街道パトロール以外に出来る組織がないから。あれ、乗用車ならともかく、トラックだと大変なんだよねぇ」

 アリサが笑った。

「ご苦労様。さて、ゆっくりしよう。特にアリサは普段忙しいから、ゆっくりしてね」

 あたしは、アリサの肩を叩いた。

「うん、もうリフレッシュ出来てるよ。明日から、またバリバリ盗賊どもをしばいてやれる!」

 アリサが笑った。


 公園散策を終えた頃、時刻はすでに夕方になっていた。

「さてと、そろそろ戻らないとね。今日はありがとうね」

 アリサが笑った。

「いや、いいよ。アリサとゆっくり出来る機会なんて、滅多にないから」

 あたしは笑った。

「うん、楽しかった」

 アリサが笑みを浮かべた。

「よし、それじゃ門までいこう。少し急いで、タクシーを使うか」

 中央区から街道パトロールの詰め所がある東地区の門まで、急ぎ足で歩いても二時間はかかる。

 ここは、素直にタクシーを使うの方がいいだろう。

「ン? バスの方が安いぞ。東門経由の便もあるし」

 アリサが笑った。

「この時間は渋滞で、いつくるか分からないんだよ。中央区の真ん中を通る便だから。待つ時間がもったいないから、タクシーが一番速い」

 あたしはアリサに返した。

「私はそこまで急いでないよ。もったいないからバスにしよう」

 アリサが笑みを浮かべた。

「分かった。バス停はこっちだよ」

 あたしは二人を先導する形で、十五分ほど歩いてバス停まで移動した。

「えっと…。あと、十五分でくるよ。いやー、何分遅れるかな」

 あたしは笑った。

「こら、遅れを祈るな。まあ、ゆっくりでいいよ。あまり早く帰っちゃうと、せっかくの休みが終わる!」

 アリサが笑った。

「タクシーを嫌がったのはそれか。まあ、いいや。あたしたちは暇だから、いつ帰ってもいいんだけど」

 あたしは笑った。

「いいな、それ。そんな冒険者たちを守るのが、私の仕事だぞ。感謝しろ!」

 アリサが笑った。

「へいへい。さて、暇だし適当に喋るか」

 あたしは笑った。

「はい、いいですね。なんなら、料理しましょうか?」

 イースが笑った。

「こら、そこまで待たなくていいし、恥ずかしいからやめなさい」

 あたしは笑った。

「はい、冗談です。それにしても、いい休日でしたね。私もしっかり休みました」

 イースが笑みを浮かべた。

「よく寝てたしね。イースが爆睡なんて、珍しい」

 あたしは笑った。

「はい、疲れていたようです。起きたらリズがどこかに出かけているし、なんだか寂しくなりました」

 イースが笑った。

「無線で呼べばいいじゃん。まあ、いいか」

 あたしは笑った。

「はい、過ぎた話しです。寝ぼけて忘れていました」

 イースが苦笑した。


 結局、十分遅れで到着したバスに乗り、あたしたちは東地区に移動した。

 門の前で全員で降り、迎えにきていた街道パトロールの車で、アリサは帰っていった。

「では、私たちも帰りましょうか。その前に、晩ごはんにしましょう」

 イースが笑った。

「そうだね。宿は逃げないし、腹減った」

 あたしは笑った。

 こうして、緩やかに過ごした休日は、トラブルらしいトラブルもなく、やはり緩やかに終わっていったのだった。

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