第13話 帰還
エルフの里は朝が早い。
特に用事がなければ起こされる事もないわけで、あたしが目を覚ました時には、すでにエルフ的朝メシの時間が終わっていて、先に起きていたイースが日課にしている背嚢の中身をチェックしていた。
「あっ、起きましたか。長老が朝ごはんを用意して待っているそうです。ダイニングにいきましょう」
イースが笑みを浮かべた。
「おはよう、分かった。さっそくいこう」
あたしは眠い目を擦りながら立ち上がり、イースと一緒に部屋を出た。
廊下を歩いてダイニングに入ると、お手伝いさんがさっそくコンロに火を入れ、メシの温め直しをはじめたようだった。
「うむ、おはよう。よく眠れたか?」
ダイニングテーブルの椅子に座った長老が、笑みを浮かべた。
「おかげさまで。相変わらず、みんな早いね」
あたしは笑った。
「うむ、ここでは遅いぞ。さて、まずは朝食を済ませてくれ。一つ依頼がある」
長老がテーブルに金貨五枚を乗せた。
「金貨五枚って事は、少し面倒な依頼だね。どんなの?」
ちなみに、よほどの事でもない限り、長老からの依頼を拒否した事はない。
これも、良好な関係を維持する秘訣だった。
あたしは金貨を受け取り、長老に問いかけた。
「うむ。実は今日の昼に他の里との会議があるのだが、護衛として同行して欲しいのだ」
長老があたしとイースの顔を順に見た。
「えっ、それってまずくないの。あたしたちは人間だよ。問答無用でぶっ飛ばされそうだし、長老の立場もヤバいでしょ」
さすがに、あたしは愕いた。
エルフは気位が高く、下に見ている人間と相容れる事はない。
この里が例外中の例外で、無論他の里に出向いた事はない。
「私の立場は問題ない。すでに、各里にはお前たちの噂が流れている。早く合わせろとうるさいくらいで、排斥される事はない」
長老が笑った。
「そうなんだ。エルフの間でも評判のあたしたちって、一体…」
あたしは思わず苦笑した。
「はい、愕きました。リズ、暴れたらダメですよ」
イースが笑みを浮かべた。
「分かってるよ。で、どこまでいくの?」
あたしは長老に問いかけた。
「ああ、隣のアラス族の里だ。あそこは広いからな」
長老が笑みを浮かべた。
「分かった。どこだか知らないけど、隣の里ってどのくらいかかるの?」
あたしが長老に聞くと、少し考え込んだ。
「そうだな。エルフの足なら二時間程度だが、お前たちだと倍は掛かるな。だからといって、迷惑とは考えてはいないぞ」
長老が笑った。
なるべく速く朝メシを済ませたあたしとイースは、長老が指名した里の護衛四名と一緒に森に入った。
ここは森の奥。完全にエルフのテリトリーだ。
人間のあたしやイースはなかなか進むのに苦労したが、やや前を行くエルフチームは慣れたもので、あたしたちのために茂みを切り開いて道を作ってくれたり、色々と助けてくれた。
「いやー、これは凄いね」
あたしは額の汗を拭い、少しだけ足を止めて辺りを見回した。
「そうですね。迷子にならないで下さいね」
イースが笑った。
「さすがに、迷子にならないよ。ほら、おいで」
あたしは笑い、イースを従えて先を行く長老たちを追った。
途中、何度か休憩を挟み、目的地のアラス族が住む里の門が見えてきた。
「うむ、ここまでなにもなかったな。あとは里に入れてもらうだけだ。私たちは平気だが、お前たちはこれを腕につけてくれ」
長老があたしとイースに緑の腕章を手渡してきた。
「これはなに?」
とりあえず腕章をつけながら、あたしは長老に聞いた。
「お前たちは人間だ。ここは、噂の北の勇者とまだ面識がない。この腕章は、エルフと同等に扱って欲しいという意味合いのものだ。持っている人間は希少だぞ」
長老が笑った。
長老たち一行は里の門まできて、ストップをかけてきた門番の前で止まった。
「ようこそ。そちらの人間は?」
エルフと同等と扱うとはいえ、これは当然の反応だった。
「なに、私の友人たちだ。北の勇者といえば、分かるだろう」
長老が笑うと、門番はビシッと姿勢を正した。
「これは失礼しました。どうぞ、お通り下さい」
長老は頷き、一行は里の中に入った。
それなりに旅をしているが、さすがに長老の里以外にエルフの里に入った事はない。
長老の里も広かったが、ここはさらに一回りは大きな里だった。
「それにしても、あの門番の様子からして、あたしたちは有名なんだね。エルフ絡みの案件は殆ど扱っていないけど」
あたしはイースに声をかけた。
「はい、どう有名なのかは気になるところですが」
イースが笑った。
「それは気になるね。まあ、入れてくれるって事は、悪い噂ではないだろうけど」
あたしは笑った。
「うむ、疲れただろう。ここの里長が挨拶にくるはずだ。休めるように手配しよう」
長老が笑みを浮かべた。
「そっか。それにしても、ここものどかだねぇ」
あたしは辺りを見回して、小さく笑った。
もの珍しそうにこちらを見ている者もいたが、畑や素朴な木造の家など、里の雰囲気は長老のそれと動揺だった。
「おっ、出迎えがきたぞ。アラスとは友人でな」
長老が楽しそうに右腕で示した。
そちらを見やると、エルフの正装に身を包み、柔和な笑みを浮かべた女性が近寄ってきていた。
ここはエルフ式の挨拶。
あたしとイースは地面に片膝を付き、両手を組んで祈りを捧げるようにしてアラスさんを見上げた。
「うむ。あまり堅苦しい挨拶は苦手なヤツなのだがな。おい、元気にしていたか?」
長老が近くまできたアラスさんに声をかけた。
「はい、元気にしていますよ。あなた方が噂の北の勇者ですね。堅苦しい挨拶は抜きにして下さい」
アラスさんが笑った。
「では、失礼して…」
私とイースは立ち上がり、それぞれアラスさんと握手した。
「あたしはリズで、こっちはイース。よろしく」
あたしは笑った。
「はい、私はこの里の長を務めているアラスです。よろしくお願いします」
アラスさんが笑った。
「うむ。まずは休める場所を教えてくれ。我々はともかく、人間には辛い道行きだっただろうからな」
長老が笑みを浮かべた。
「分かりました。里の集会場がありますので、ご案内しますね。会議の会場でもありますので」
こうして、アラスさんに案内されて、あたしたちは里の真ん中にある、大きな建物に向かっていった。
集会場の中は板張りの床で、大きな円形に座布団が敷かれていた。
座布団は会議参加者の里長が座る事になるわけで、私とイースは集会場の片隅の床に座り、そこそこ疲れている足をマッサージした。
「リズ、今回は平和に終わるといいですね」
イースがナイフを手入れしながら、小さく笑った。
「こら、それフラグだからいわないの。まあ、この様子なら平気だろうけどね」
あたしは苦笑した。
その後、イースと適当に雑談していると日が傾き、会議に参加する各部族の長たちが集まってきた。
「さて、イース。護衛らしく、長老の後ろに控えておこうか」
あたしはすでに座布団に座っている長老の元に移動した。
すでに、里から同行してきた四人が控えていたので、その後方で床に座り、念のためホルスターからトカレフを抜いて、そっと手にした。
ゾロゾロと会議参加者が集まり、全ての座布団が埋まると、議長らしき人が出てきて静かに会議が始まった。
議題は里の防備についてだったようで、皆がそれぞれ意見を出し合い、最近はたまに結界を破って里に入ってきてしまう盗賊まがいの冒険者たちの対応やらなにやら、暇といえば暇な議題が進んでいき、少し眠くなってきたので居眠りをしていると、いきなり長老に声をかけられた。
「リズ、イース。円の中央に出てくれ」
正直、エルフの問題には無関係だと思っていたが、呼ばれたからには理由がある。
あたしはわけのわからないまま、イースと一緒に座布団サークルの中央に立つと、会議参加者たちから小さなどよめきが起きた。
「私からの提案だ。なにかあったら、まずはこの者たちに相談するといいだろう。噂に聞いているだろう。北の勇者だ」
長老が静かに語ると、会議参加者たちから大きな拍手が上がった。
「え、えっと…」
困ってしまって長老を見ると、ウィンクして応えてきた。
「なにか困った事が起きたら、お前たちに依頼を出すという話しだ。とりまとめは、付き合いが長い私がやる。可能な限り、協力して欲しい」
長老がとんでもない事をいいだした。
いくら北の勇者とかなんかよく分からない呼ばれ方をしていても、エルフの依頼まで受ける冒険者はいないだろう。
そもそも、エルフは閉鎖的で外部から人を頼って、里の問題解決をする事は滅多にしない。
同族ですらそれなので、人間に依頼する事などまずあり得ない話しだったのだが、この反応をみる限り、抵抗感はなさそうだった。
「もちろん、報酬さえもらえれば対応はするけど、いつも受けられるとは限らないよ」
あたしは釘を刺した。
「分かっている。朝に渡した金貨は、手付金という扱いにしてくれ。連絡手段は手紙を使う。緑色の封筒が目印だ」
有無を言わせず、長老が畳みかけてきた。
「あ、あのね…。なんで、エルフが人間の力を頼るか分からないんだけど。長老の里では、里の外から侵入してくる者は、容赦なく排除だったはずだけど…」
あたしは頭を掻いた。
「うむ。基本的にはな。だが、例外を作っただろう。どうしても、里の問題を解決出来ず、たまたま近くにいたお前たちを迎え入れた。それから親交を深めていたが、お前たちなら大丈夫と判断した結果だ。この件については、すでに各部族の長たちには話してある。あとは、決断だけだったのだ」
長老が頷いた。
「まあ、そうだけど…。じゃあ、そのつもりでいいんだね。いつも、フロッグの街にいるわけじゃないから、緊急依頼とか出されても、いつも応じられる保証はないよ」
あたしは小さく息を吐いた。
「うむ、それで構わん。その腕章は常につけておいてくれ。森に入る時、我々から攻撃を受ける心配がない」
長老が笑みを浮かべた。
「分かった。やれやれ、忙しくなりそうだ」
あたしは苦笑した。
会議が終わったのは、すでに深夜の頃。
これから帰るのは危険という事で、集会場にはハンモックが準備された。
しばらくは各族長が雑談して和やかな雰囲気だったが、徐々に休む人が増えていき、場内は寝息だけになった。
「さて、あたしたちも寝るか。イースはまだ?」
あたしは、隣のハンモックで、ゆらゆら揺れているイースに声をかけた。
「はい、さすがに眠れません。散歩でもしたいところですが、見知らぬエルフの里ではやめた方がいいですね」
イースが小さく笑った。
「そうだねぇ。さすがにあたしでもエルフは怖いし、変なトラブルに巻き込まれると、対処が厄介だしね」
あたしはハンモックに横になり、天井を見た。
「リズ、ここは穏やかでいいですね。一応警戒をしていますが、今のところ問題はないようです」
イースが囁いた。
「うん、あたしも警戒してるけど、今は平気だね。長がよくても、納得できない人もいるかもしれないって思っていたけど」
あたしは苦笑した。
当然ながら、ここも一枚岩ではないだろう。
長であるアラスさんが良くても、反発する者が出る。当たり前だ。
「はい、私もそれを警戒していたのですが、ここはちゃんと意思の統制が出来ているようですね」
イースが笑みを浮かべた。
「総意か。なにか、困った事でもあるのかねぇ。なにも聞いてないけど」
あたしはぼんやり呟いた。
結局寝そびれてしまい、イースと迷惑にならない音量の声で話していると、そっとアラスさんが近寄ってきた。
「あっ、起きていらっしゃいましたか。少し、お話ししませんか?」
アラスさんが小さく笑った。
「はい、暇していたので構いませんよ。下ります」
イースがハンモックから床に下り、あたしも下りた。
「では、少し歩きましょうか。今日はまだ暖かいです」
アラスさんが笑みを浮かべ、あたしたちを先導して集会場を出た。
北部地域の夜はことさら冷えるが、確かに今日は少し暖かかった。
「この里の人口は約二百人です。エルフの里としては、比較的大きいですね」
アラスさんが笑った。
「確かに大きいね。長老の里の約二倍か」
これも正確な事か分からないが、長老はそんな事をいっていた。
「はい、そのくらいですね。聞いている話しですが、あなた方と長老はもう付き合いが長いと。実は彼女はことのほか慎重というか、エルフ同士でもなかなか相手を信用しないのです。ですから、最初にこの話を聞いた時、かなり愕いたのです。そうでなければ、先ほどの会議で、あなた方を紹介する事はありません。私は人間に対して特になにも思いませんが、冒険者に里を襲われたガラン族の長まで賛同したのは愕きでした」
アラスさんが小さく笑った。
「そりゃ酷いね。冒険者も色々か」
満月の明かりの中、あたしは苦笑した。
「はい、色々ですね。先ほどの会議ですが、本当によろしくお願いします。困った時に、人間の仲間がいると、なにかと心強いですからね」
アラスさんが笑みを浮かべた。
「あまり期待しないでね。それにしても、平和そのものだね。この里はいつもこうなの?」
あたしはアラスさんに聞いた。
「はい、特に問題もなく平和です。全ての里がそうだといいのですが、色々と問題がある里もあります。これから、細かな連絡体制を整えますので、改めてお願いします」
アラスさんが笑った。
「可能な限り対応するよ。報酬はもらうけどね」
あたしは笑った。
ハンモックに揺られ、明け方になるまでの記憶は残っている。
あたしが起きた時には、すでに昼になっていた。
「はぁ、よく寝た。みんな帰っちゃったみたいだね」
集会場の中はハンモックが撤収され、残っていたのはあたしとイースだけだった。
「はい、みなさん夜明けと共に帰って行きましたよ。私はリズより少し早く起きましたが、特になにもなかったです」
ハンモックを片付けながら、イースが笑った。
「そっか、なら良かった。そういえば、長老は。姿が見えないけど」
ハンモックから下りて片付けながら、あたしは集会場の中を見まわしたが、長老の姿がなかった。
「はい、起きてすぐにアラスさんに呼ばれて家にいったようです。もうすぐ戻ると思いますよ」
イースが笑った。
「なるほど、挨拶回りかな。あたしたちは、ここで待つか」
あたしはせっせとハンモックを片付けた。
「はい、それがいいでしょう。下手に動くと、トラブルの元ですからね」
イースが空間ポケットから小型コンロを取りだし、ポットで湯を沸かしはじめた。
「紅茶でいいですね。リズお気に入りの梅昆布茶を切らしてしまって」
イースが笑った。
「なんでもいいよ。はぁ、慣れないエルフの里は疲れる」
あたしは苦笑した。
慣れている長老の里でさえ、滞在中は少し緊張する。
基本的にエルフは人間嫌いだ。
変な行動を取れば、目をつけられてしまう。
早く長老の里に戻りたいというのが、偽れざる本音だった。
「はい、私も落ち着きません。これは、慣れようとしても慣れないですね。あっ、お湯が沸きました」
イースが木製のマグカップ二つに紅茶を注ぎ、一つをあたしに寄越した。
「ありがと。さて、あとは長老待ちだね。なんか食っとく」
あたしは背嚢から干し肉を取りだし、ナイフで削った。
それから一時間ほどで、長老が集会場に戻ってきた。
「うむ、大人しくしていたようだな。この里では肩から力を抜け、みな人間には好意的だし、昨日の会議で決まったように、お前たちはエルフの人間側代表だ。もし、危害を加える輩がいたら、それはこの里を敵に回す事になる。疲れてしまうぞ」
長老が笑った。
「分かってるけど、そういわれてもね。いつまで、ここにいるの?」
あたしは苦笑した。
「うむ、もう少し滞在予定だ。久々だからな、なかなか帰してくれぬのだ」
長老が笑みを浮かべた。
「そっか。散歩しても平気?」
あたしは長老に問いかけた。
「うむ、問題ない。なんなら、護衛もつけようか?」
長老が笑った。
「護衛はいらないよ。この里に問題はない?」
あたしが問いかけると、長老が考える素振りを見せた。
「今のところなにも聞いていないが、ここは街道から比較的近い。その分、結界を厚くしているが、最近は術者が代替わりしたようで、それ以来多少揺らぎがあるらしい。その事に関して、なにか相談があるかもしれん」
長老が小さく頷いた。
「分かった。こっちからいくかな。アレスさんでいいの?」
あたしはお茶を一気に飲み干した。
「うむ、アレスで構わん。まずは、私が聞いてこよう。術者にもプライドがあるからな」
長老が笑みを浮かべた。
「うん、よろしく。問題があるようなら、手伝うよ」
あたしは笑みを浮かべた。
長老が集会場から出ていくと、特にやる事もないので、あたしは武器の手入れをする事にした。
AK-47はかなり乱暴に扱っても作動する信頼性が高いアサルトライフルだが、整備出来るタイミングがあれば、こまめにメンテした方がいい。
せっせと分解整備していると、長老がアレスさんを連れてやってきた。
「お話しは伺いました。なんでも、結界の不具合を見て頂けると。担当者が手を焼いているのは事実です。お知恵を拝借させて頂くと助かります。案内の者をつけますので、森の中で作業中の担当者に直接お話し下さい。よろしくお願いします」
アレスさんが笑みを浮かべた。
「分かった。イース、いくよ」
あたしは笑った。
集会場から出ると、ガッチリした体格のエルフ男性が立っていた。
「この度は、客人の手を借りる事になってしまって申し訳ありません。行きましょう」
そのエルフ男性に続き、あたしとイースは里から森の中に出た。
「実は結界担当は私の愚息なのです。エルフでありながら魔力が低いので、今ひとつ結界が上手く展開出来ないのです。なにか、アドバイスがあれば、教えて頂きたい」
エルフの男性が軽く頭を振った。
「うん、分かった。上手くやれば、結界に魔力はほとんど必要としないよ」
あたしは笑った。
「そうですか。ぜひ、ご教授お願いしたい。そろそろ、里を囲む結界を抜けます」
先頭を行くお父さんに続いて進んでいくうちに、軽い酩酊感を覚えた。
確かに結界としては成立しているが、かなり薄い。
これでは、容易に解除されてしまうだろう。
「確かに弱いね。こういっちゃ難だけど、なんでこれで結界担当を?」
あたしが聞くと、お父さんが頷いた。
「この里では結界担当は世襲制で、ノウハウも一子相伝です。他に担当出来る者がいないのです。これも、結界の秘密を漏らさないための配慮でして」
お父さんが小さく息を吐いた。
「なるほど、それじゃ息子さんに対応策を教えるよ。魔道具を使うけど、これは大丈夫?」
あたしが聞くと、お父さんが頷いた。
「嫌がるかもしれませんが、プライドがどうこういっている場合ではありません。魔道具を使ってでも、役割を全うしなければなりません」
お父さんが頷いた。
「ならば、一瞬で終わるよ。魔力不足が原因なら、簡単に対処できる」
あたしは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。もうすぐ、愚息が作業を行っている現場に到着します」
お父さんが進んで行くと、森の中に爆音が散発的に響くようになった。
「作業中ですね。魔力コントロールが未熟なので、よく失敗して爆発させているのです」
お父さんがため息を吐いた。
しばらく進むうちに少し森が開け、まだ少年という感じのエルフっ子が、地中に半分埋められているオーブに手をかざしていた。
「おい、また失敗か?」
お父さんがエルフっ子に声をかけた。
「あっ、お父さん。これ難しいよ。この術式だと、僕の魔力じゃ…」
エルフっ子が小さく息を吐いた。
「泣き言をいうな。この術式でないと、必要な結界強度が維持出来ん。焦らずやるのだ」 お父さんがエルフっ子の肩を叩いた。
「分かった。あっ、そっちの人間二人は?」
エルフっ子があたしたちを見てお父さんに聞いた。
「里の客人であり、我々エルフ族全ての相談役だ。今回の件を聞いて、様子をみてもらいにきて頂いたのだ」
お父さんがもう一度エルフっ子の肩を叩くと、エルフっ子は露骨に嫌な顔をした。
「お父さん、なんで人間なんか連れてきたの。僕だって頑張っているのに」
エルフっ子はプイッと顔を横に向けた。
まあ、この辺りは予想通りである。
「人間だが優れた魔法使いだ。感覚で分かるが、お前よりはるかに魔力も高く熟練度も高い。素直に教えを請うのだ」
お父さんがまたエルフっ子の肩を叩いた。
「嫌だよ。このくらい」
エルフっ子が再びオーブに向き合い両手をかざすと、オーブが派手に光を放った。
「…あっ、ヤバい」
あたしが呟くと同時に、イースが全員に防御膜を張った。
ほぼ同時に派手に爆発し、周囲の木々がメキメキと音を立てて倒れた。
「バカ者、なにをやっている」
お父さんがエルフっ子に、ゲンコツを落とした。
「人間に教えてもらうくらいなら、このくらい」
再びエルフっ子が両手をオーブにかざした瞬間、イースが魔封じの魔法を使った。
「あれ?」
使おうとした魔法が失敗した理由も分からない様子で、エルフっ子が何度も同じ事を繰り返したが結果は同じで、そのうち疲労困憊という感じで倒れこんだ。
「な、なんで…」
エルフっ子は地面に仰向けに横たわり、自分の両手を見つめた。
「危ないので、魔封じをさせて頂きました。あのままでは、オーブが爆発して大惨事になりかねなかったので」
イースが小さく笑った。
「よ、余計な事しないでよ。人間のくせに」
飛び起きたエルフっ子の頭に、お父さんのゲンコツが三発落ちた。
「素直に礼を言え。確かに、あのままでは危険だった。気づいて欲しくて手を出さなかったが、最後まで状況が分からず、その原因に気が付きもしなかった。これでは、危なくて任せられん。里の掟には反するが、長に私が一緒に作業する旨を打診してみよう。一から修行のし直しだ」
お父さんがピシャッと言い切った。
「お父さん、待ってよ。やっと役目をもらえたんだよ。僕は出来る。出来るから!」
エルフっ子は泣きはじめた。
「いや、私の意見は変わらん。遊びではないのだ。お二方の意見を聞きたい。どうでしょうか?」
お父さんが私を見た。
「そうだね。魔力が少ないのは確かだけど、それが原因じゃないよ。単純に魔力コントロールの未熟さだね。コントロールしやすくする魔道具はあるけど、それを装備すると使える魔力が大幅に下がっちゃうんだよ。彼の気持ちを考えると、この魔道具を使って欲しいけど、それで結界が展開出来るかはあたしには分からないな。これが、現状でのアドバイス。判断するのは、お父さんだよ」
あたしは空間ポケットを開き、小さな宝石が付いたペンダントを取り出した。
これは、魔法の練習をする魔法使い見習い向けの魔道具だ。
一種のリミッタで、一定以上の魔力放出を防ぐ効果がある。
「お、お姉さん。それちょうだい。それさえあれば、僕だって…」
必死の形相で訴えてきたエルフっ子の頭を、お父さんが力一杯押さえた。
「バカ者、もしあの魔道具をなくしたり壊れたらどうする。お前は訓練のやり直しだ。掟で定められた年齢とはいえ、まだ早すぎたな」
お父さんがスパッと切った。
「そ、そんな、また訓練なんて嫌だよ。コルゴレ婆さん怖いんだよ」
エルフっ子がお父さんにしがみついた。
「なるほど、怖くて逃げたかったクチか。基礎は出来てるから、訓練あるのみだよ。魔法は危険だから、厳しくて当たり前だね」
私は笑みを浮かべた。
「ひ、酷いよ。あんまりだよ。ちょっとダメなだけだよ」
エルフっ子がジタバタ暴れた。
「そのちょっとがいかんのだ。お話しにならん。帰るぞ」
お父さんがオーブに魔法を掛けて結界を正常化させ、エルフっ子を引きずるようにして森を進みはじめた。
「ちょっと、やめて。作業させて。お願いだから!」
エルフっ子が暴れた。
「ダメだ。失格だ。その方が、里のためにもお前のためにもなる」
しかし、お父さんは相手にせず、しまいには睡眠の魔法を使って眠らせ、エルフっ子を肩に担ぎ上げて里に向かっていった。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまいました。あとは、こちらでなんとかします。ありがとうございました」
お父さんがこちらを振り向き、小さく笑みを浮かべた。
「どういたしまして。なにかの役に立つかもしれないから、里に帰ったらさっきの魔道具を渡すよ。息子さんによろしく」
あたしは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。数ヶ月も経てば、ちゃんと仕事が出来るようになるでしょう」
お父さんが笑った。
里に戻ってお父さんたちと別れると、あたしたちは取りあえず集会場に戻った。
集会場の中ではアラスさんと長老が立ち話をしていたので、あたしたちはそこに近寄った。
「あっ、お疲れさまでした。いかがでしたか?」
アラスさんが笑顔で問いかけてきたので、あたしは事の顛末を話した。
「なるほど、術者があまりにも未熟すぎたのですね。ありがとうございます。さっそく、掟を書き直しますね」
アラスさんが笑った。
「うむ。これが初仕事だな。我々は受けた役目を死ぬ気で全うせよという掟がある。それが、こういう時に邪魔をするのだ。柔軟に対応せねばな」
長老が笑みを浮かべた。
「荒事じゃなくて良かったよ。あの子には可哀想な事をしちゃったけど、実力不足で役に立てないなら、ちゃんと対応しないとね」
あたしは笑った。
「お世話になりました。さて、そろそろお昼です。料理を運ばせますので、しばらくお待ち下さい」
アラスさんが笑った。
「うむ。せっかくだが、私たちはそろそろ自分の里に戻ろうと思う。今から出ないと夜中になってしまう。また、近いうちに顔を出す」
長老が昼メシの誘いをやんわり断った。
「そうですか。夜の森は危険ですからね。道中お気をつけて」
アラスさんが笑った。
アラスさんの里をあとにしたあたしたちは、来た時と同様に四人の護衛を加えて、森の中を進んだ。
時刻は昼だが生い茂った木々に遮られて日差しは細く、薄暗い中をひたすら進んでいた。
「うむ、そろそろ昼にしよう。弁当をもらってしまったからな」
長老が足を止め、護衛があたしたちの周囲を囲った。
アラスさんの里で渡された弁当は、手軽に食べられるサンドイッチだった。
あたしとイース、長老が食ったあと、護衛の皆さんが交代でメシを食って満腹になると、少し休んでから、再び森を歩きはじめた。
ここまで深い森になると、魔物や獰猛な野生生物に注意が必要だが、長老が焚いている香の効果でそういったものは近寄ってこないらしい。
つまり、ひたすら歩くだけだが警戒は怠らず、それなりに緊張して進むうちに、差す日差しが赤くなり、鬱蒼とした森は夜のように暗くなった。
「うむ。もうすぐ完全に暗くなる。私たちは夜目が利くが、お前たちはそうもいかないだろう。明かりを点すといい」
長老の言葉に従い、あたしとイースはほのかな光球を浮かべた。
やんわりとした光に導かれて進んで行くうちに、辺りは完全に闇になり、気温も下がってきた。
温度調整の魔法をかけてあるマントでも寒いと感じる中で進む事数時間。
長老の里が見えてくると森が開け、そろそろ日暮れという感じの時間で無事に戻る事が出来た。
「うむ。疲れただろう。私の家で休むといい。私は留守中になにかなかったか、警備の者に確認してくる」
長老が里のどこかに向かっていく背中を見送ってから、あたしとイースは長老宅向かった。
中に入ると、お手伝いさんが晩メシの支度をしていて、軽く声をかけてから、借りている客間に入った。
「はぁ、イース。お疲れ」
あたしは床にひっくり返った。
「はい、お疲れさまです。明日はどうしますか?」
イースが小さく笑った。
「うん、そろそろフロッグに帰ろうかな。十分、遊んだし」
あたしは笑った。
「分かりました。そのつもりでいます。さて、休みましょう」
イースが笑みを浮かべた。
特にやる事もないので、床に敷き詰められた草マットの上に寝転がり、イースと雑談をしていると、ひょこっと長老が顔を出した。
「うむ。くつろいでいるようだな。そろそろ夕飯ができるから、ダイニングにきてくれ」 長老が笑みを浮かべた。
「分かった。明日、帰る予定だからよろしくね」
あたしは身を起こし、長老に伝えた。
「そうか、分かった。楽しかったか?」
長老が笑みを浮かべた。
「おかげさまで。たまにはいいねぇ」
私は笑った。
「うむ。いつでもこい。歓迎するぞ」
長老が笑った。
翌朝早く、あたしたちは長老の里を発ったあたしたちは、森の中にある道をひたすら歩いていた。
所々で気配を感じたが、これは里の警備にあたるエルフたちだろう。敵意を感じないので間違いない。
「いやー、色々あったね」
あたしはイースに声をかけた。
「はい、色々ありました」
イースが笑った。
何度もいっている長老の里でさえ、心の底からリラックスはしていないのだ。
それなのに、今回はアラスさんの里まで出向いた上に、全エルフから厄介ごとが起きた時に、その対処にあたる人間側の代表者指名まであった。
基本的にエルフは問題事が起きても、自分たちでなんとか対処しようとするので、滅多に依頼が舞い込んでくる事はないと思うが、逆にいえばそれだけ厄介な案件が持ち込まれるという事で、手紙がこない事を祈るしかない。
「まぁ、なるようになるか。イース、急ぐよ。暗くなる前に街道まで出ないと」
あたしは歩く速度を上げた。
「はい、なるべく野宿は避けたいですからね。いくらエルフが守っているテリトリ内とはいえ、なるべく森の中で夜営は避けたいです」
イースが笑った。
「笑い事じゃないよ。全く…」
あたしはため息を吐いた。
長老の仕掛けで、鬱蒼とした森の木々が退いて道があるとはいえ、街道までは数時間かかる。
こんな場所に盗賊がいるとは思えないが、魔物や野生動物はいる。
最大限の警戒をすると歩く速度が遅くなるので、ほどほどに警戒しながら歩く事三時間半。
ようやく街道が見えてくると、あたしは小さく息を吐いた。
「やっとだね。バスはあるかな」
道へと通じる茂みが閉じると、あたしはバス停の時刻表をみた。
「よし、二時間後に最終便があるね。ゆっくりしよう」
ここまでくればもう安心。
あとは、バスに乗ってフロッグに帰るだけだ。
「はい、ゆっくりしましょうか。ポットを出しますので、お茶にしましょう」
イースが背嚢から小形ガスコンロを出し、ポットに水筒から水を入れて湯を沸かしはじめた。
「このお茶は美味しいだろうね。嫌いじゃないんだけど、エルフは下手に刺激出来ないし、どうしても警戒しちゃうよね」
あたしは苦笑した。
こうして、バスがくるまでの間、あたしたちのお茶会は続いた。
日が傾いた頃、三十分遅れでフロッグ行きの最終便が到着した。
バスに乗って料金を支払い、ガラガラの車内で適当な座席に座ると同時に、バスが走りはじめた。
フロッグに到着するのは、夜中になってからだ。
「あとは帰って寝るだけ。イース…」
隣のイースに声をかけたが、彼女はスヤスヤと寝ていた。
「お疲れのようで。邪魔したらいけないね。あたしも寝るか」
この街道はしっかりパトロールが守っているため、盗賊に襲われる可能性は低い。
しかし、念を入れてあたしは無線機を取り出した。
『はいよ、リズ。どうした?』
パトロール隊で街道を走り回っているはずの、アリサの声が聞こえてきた。
「うん、今は例のエルフ里から帰る途中。バスに乗っているけど、精根尽き果てているから、何台か直援に寄越して欲しいな。盗賊や魔物と戦う余力がない」
『なんだ、そんな事か。空いてるチームがあるから、すぐに向かわせるよ。455線でしょ?』
アリサが笑った。
「うん、フロッグ行き最終便だよ」
『分かった。五分で着く』
アリサの声は、どことなく楽しそうだった。
「ありがと。バスの運転手に伝えておくよ」
あたしは無線を切り、席を立って運転手に事情を説明した。
再び席に戻ると、窓の外を警備隊マークをつけた装甲車が追い抜き、バスの前方に付いた。
そのほか両サイドと背後にも付き、なにか大事になってしまった。
「LAV-25か。また、派手なものを」
最新鋭の装甲車を見て、あたしは苦笑してしまった。
パトロールの装甲車に守られて、バスがフロッグに到着したのは、ちょうど晩メシ時だった。
「さて、帰ってきたね。イース、晩メシ食ってから宿に戻ろう」
あたしはバスから降りてきたイースに声をかけた。
「はい、そうしましょう。取りあえず、帰還祝いに」
イースが笑った。
こうして、あたしたちの休暇は無事に終わったのだった。
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