112. 先生って大変だよね

「それではこれより一年教職員による職員会議を始めます」


 ダンジョン・ハイスクールは一学年につき千人弱が入学する。そして一クラスを二十人前後に割り振り、しかも全てのクラスに担任をつけるとなると一学年だけで五十人近くの教師が必要となる。これほど多いと全ての学年の教師が連携することは難しく、学年ごとに独立して運営されている。


 ゆえに職員会議も学年ごとに分かれていて、一年生は白髪が目立つ大人しそうな学年主任の男性教師が開始の音頭を取った。


「まず連絡事項ですが……」


 学校全体での連絡事項や細々とした事務連絡を淡々と済ませる。これらに加えて特に個別に報告したい話があれば最後に手を挙げて共有し、普段ならそれで職員会議は終了する。


 だがこの日はどうしても話さなければならない重要な議題があった。


「では次に本校で行われていた生徒の拉致洗脳について、一年教職員としての対応方針を話し合いましょう」


 桃花やダイヤ達が巻き込まれた誘拐洗脳未遂事件。この件については臨時全体職員会議にて周知され、激しい議論の結果『悪鬼夜行』については証拠不十分により調査継続と要注意観察に留める方針が決定された。


 ただしその決定を受けて各学年ごとに教職員が独自の施策を実施しても良いというのがこの学校の方針だ。全体方針からあまりにも大きく逸れていなければ、解釈違いは許される。一年生担当の教職員は今回の職員会議でこのことについて話し合いをすることになっていた。


「話し合いも何も生徒達が狙われたんだ!徹底的に奴らを調べ上げて潰すべきだ!」


 いきなり強い声を挙げたのは屈強な男性教師、熱盛あつもり。体育教師兼ダンジョン戦闘教師兼生徒指導担当であり、内面も外面も暑苦しくやや過剰とも思えるくらいに生徒思いの教師だ。


「まぁまぁ熱盛あつもり先生落ち着いて。潰すだなんて大げさな」

「落ち着いて!?大げさ!?何を馬鹿なことを!むしろ貴方達はどうしてそんなに落ち着いているんだ!悔しくないのか!腹立たしくないのか!生徒達のことをなんとも思ってないのか!?」


 『悪鬼夜行』については解散が当然で、主要メンバーは全員逮捕されることになるのだろうと熱盛は考えていた。だが全体教職員会議の結果はあまりにも温い対応であり、その時に抱いた激情を今こうしてぶつけている。


 とばっちりを受けたのは彼を諫めようとした隣の女性教諭。下手に声をかけてしまったが故に、彼の怒りを真正面から受け取ることになってしまった。


「わ、私だって悔しいですよ。でもどうしろって言うんですか」

「どうにかするんですよ!生徒のことを想っているなら上の決定なんて」

「熱盛先生」


 組織の人間として言ってはならないことを言おうとする熱盛を止めたのは『英雄』クラスの担任教師、狩須磨かりすまだ。たった一言名前を呼んだだけなのだが、その言葉にはプレッシャーが籠められており、熱盛の勢いはピタっと止まってしまった。


 ねじ伏せられて勢いを削がれてしまった熱盛だが、それだけではまだ退けなかった。


「か、狩須磨先生。あなたの担当クラスの生徒達が被害者なのですよ。私なんかよりもあなたが怒るべきでしょう。それなのにどうして私を止めるのですか。やはり貴方は外部の人間で生徒のことなど」

「熱盛先生」

「っ!?」


 先ほどまで以上にとてつもないプレッシャーを感じ、熱盛はそれ以上口を開くことが出来ず胸を押さえて苦しんでいる。熱盛とてBランクでありかなりの実力者なのだが、そんな彼をこうも簡単に制することが出来ると言うのは流石Aランクと言ったところだろうか。


「勘違いしないでください。私だって腸が煮えくり返るほどに腹立たしい気持ちはあります。ただ、今やるべきは生徒の代わりに復讐・・することではない」

「!!」


 復讐という言葉を聞き、熱盛から力がふっと抜けた。自分のこの怒りが狩須磨の言うように大切な生徒が襲われたことに対する復讐心であることに気付いてしまったから。それが人を導く教師として相応しい行いなのかと自問してしまったから。


「私達が何よりも優先すべきは子供達の事です。安全を確保して、不安を取り除いてあげること。そして怯える彼らの心のケアをすることが大事ではないでしょうか」


 もちろん『安全の確保』の方法として熱盛が言うように『悪鬼夜行』の強制解体と逮捕という方法もあるだろう。だがそれを『復讐心』に駆られて行ってしまっては、それを目撃した生徒達は『復讐』というネガティブな感情を受けて更に不安になってしまわないだろうか。


 やるならばあくまでも教師として毅然とした態度で臨むべきであり、熱盛のように暴走するべきではない。そんな姿を子供達に見せるべきではない。


 などというのは建前であり、狩須磨が熱盛を止めたのには別に理由があった。


「(オーラに呑まれる前に止められたようだな)」


 熱盛の瞳に赤黒いオーラが宿りそうだと狩須磨は感じていたのだ。Bランクの熱盛がオーラの影響で暴走したらAランクの狩須磨とはいえ被害無しで取り押さえて解除できるかは分からない。ゆえにそうなる前に止めたかったのだ。


「私が悪かった。気持ちを落ち着かせたいから、続きは皆さんで議論してください」


 狩須磨の狙いに気付いていない熱盛は、冷静になろうと努めて自席に座り腕を組んだまま目を閉じた。瞑想なんてしてないで会議に参加すべきだが、暴走して場を壊すよりはマシだと判断したのだろうか。


 熱盛のせいで沈黙状態になってしまった会議の場を再度始動させるべく、学年主任が口を開いた。


「今回の事件の直接的な被害者は『英雄』クラス、『富豪』クラス、『夜職』クラス、『精霊使い』クラスの生徒達になります。それぞれのクラスの担任の方々はどう思われますか?」


 まずは一番の被害者がいるクラスについて意見を聞いて見た。

 四人の担任はお互いに視線を合わせると小さく頷いた。どうやら意見は一致しているようだ。代表で狩須磨が答えた。


「それが彼らは全くトラウマになっていない様子なんです。むしろ洞窟での冒険に満足してしまっているようでして」


 しかも大半が恋愛に夢中になっていたとなれば、良い思い出ですらある。


 もちろん怖い目には沢山遭った。辛いことも苦しいことも、死にかけたこともあった。だがそれらを上回るほどに彼らは楽しかったのだ。

 ダンジョン・ハイスクールにはメンタル管理のプロが常駐しているが、彼らの診察結果は誰もが驚くほどに問題なし。生徒達はそれだけ強い心の持ち主だった。


「ですので本当に大変なのは我々以外でしょう」


 今回は助かったけれど、それまでは助からなかった。ゆえに二年生以上には手遅れになってしまった被害者がいるのだ。


 被害の大きさで比較するのは良くないことなのかもしれないが、それでも実際問題この差は大きい。決して口外出来ることでは無いが、一年生はラッキーだったのだ。


「むしろ心配なのは巻き込まれなかった生徒達ですね。彼らのメンタルケアが急務でしょう」


 大災害の時に被災者よりも被災状況を聞いているだけだった遠く離れている人のメンタルの方が危ないなんて話は良くあることだ。今回も無事だった一年生の方が不安を抱いている。


「『悪鬼夜行』の調査はもちろんのこと、他のクランの調査も必須です。ダンジョン・ハイスクールが安全であると生徒達に安心して貰えるために、他の学年の先生方とも協力しましょう。これは地道にやっていくしかありません」


 そしてその方法をこれから教師達で考えて絞り出す。


 教師としては新人だが、Aランク上位の実力があるとして有名な狩須磨の言葉となれば、教師達はやらざるを得ない。もちろん受動的ではなく能動的な教師が殆どだが、ダイヤが追い出した楽伍のようにやる気のない教師も一定数いる。そんな教師達をも巻き込んでダンジョン・ハイスクールの改革をしなければならない。


 全ては生徒達のために。


 狩須磨が話し終えるとポツポツと意見が出始め、やがて職員室は熱気に包まれて行く。扇動のために狩須磨がスキルを多少使用したが、基本的には生徒達想いのやる気のある教師が多いと言うことだろう。


 同僚が生徒の為に活発に意見を出し合う姿を見ながら狩須磨は思う。


「(世代が進むにつれて犯罪が増加している。しかも今回の事件はオーラとは無関係に起こった。俺達の世代では考えられないことだ。この状況でオーラが蔓延しようものなら、世の中は復興どころじゃ無くなってしまう)」


 そしてそれが世界の荒廃、ひいては人類の滅亡にまで繋がる予感が狩須磨にはあった。


「(鍵を握るのはやはり彼なのだろうか。後進の育成が必須と思い教員の道を目指してみたが、俺は世界の命運をかけた場に立ち会うことになるのかもしれないな)」


 狩須磨の脳裏に浮かぶのは人畜無害そうなのほほんとした笑顔を浮かべる一人の少年。今や世界中の注目を浴びることになったダイヤを中心とした騒動はひとまずの佳境を迎えようとしていた。




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これにて間章二は終了となります。

常闇君、朋一行、ロボット大好き先輩の内面はご想像にお任せします。

他で出て無い二章のキャラがいたらごめんなさい。(スピが無いのは意図的です)


三章ではこれまで小出しにしてきたこの世界の設定、『明石っくレールガン』が知りたがっていたダンジョンの存在理由、ダイヤ達がこれからやらなければならないことなどを全て描く予定です。そしてハーレムメンバーも増えて来たしハーレムハウスも出来たのでついに……


色々とお楽しみに!

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