111. 中に入れろー!
「うーーーーぎゃーーーー!なんで入れないねーーーーん!」
「いーせーきー!いーせーきー!」
「爆破しろ爆破!」
「んなことして遺跡がぶっ壊れたらどうすんだクソ野郎!」
「この扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実がこの扉の向こうに真実が」
「俺、この扉が開いたら結婚するんだ」
「…………相手居ないくせに」
「お前は言ってはならないことを言った!」
「どりゃああああ!」
「おいばか止めろ!ドロップキックするな!この扉だって貴重なんだぞ!」
「うわああああん!開けてよおおおお!」
「うるせえ!折檻を受けて閉じ込められてる太古の子供みたいに泣くんじゃねぇ!」
血走った瞳で騒ぎまくるのは、主に『明石っくレールガン』を始めとした考察クラン。
ダイヤが事件に巻き込まれた洞窟に逆走して入ろうとしているのだが、どれだけ頑張っても出入り口の扉が開かないのだ。
その先に彼らが長年求めていたダンジョンの真実があるかもしれない。喉から手が出るほどに欲しいものが目と鼻の先にあるのに入れない。そう考えたら暴走してしまうのも仕方のないことだろう。
「ああもう休憩や休憩!」
何十回目かの扉の調査を切り上げて外に出て来たのは『明石っくレールガン』の団長、俯角。
「お疲れ様です。こちらをどうぞ」
土まみれでボロボロの探索服を着た彼女を迎えてくれたのは、外でクランメンバーに指示を出していた副団長。彼女がペットボトルのスポドリを差し出すと、団長は直接口をつけて一気に飲み干した。
「ぷは~!生き返るっちゅぅやっちゃな!」
美味しい飲み物で足りない水分を補う快感だけでイライラしていた気分が治まるのだから人間とは不思議なものだ。俯角は気持ちの良い笑顔を浮かべ、いつもの付け耳をぴくぴく動かしている。
「そういえばソレ、何の動物の耳ですか?」
「モグラや。穴掘りならこれやろ」
「でしたらこっちではなく上に向かうことをお勧めします」
「あんな単純な肉体労働なんか嫌や!」
上というのは、ダイヤ達が落下した洞窟のこと。穴は塞がってしまったが、それならば掘れば良い。
なんて口で言うには簡単だが実際はかなりの重労働。
「スキルも何故か効果無いし、重機も入れへんし、手で掘るしかないとか、か弱い女子にやらせちゃアカン」
「か弱い、ですか」
「何か?」
「いいえ、何でも」
塞がった落とし穴のところしか遺跡への入口が無かったのならば嬉々として掘り進めるくせに、とは内心思っていても言わない副団長であった。
「(団長が暴走しないのは彼らのおかげでしょうか)」
ダイヤの動画、そして二手に別れた時にダイヤを真似て実は撮影していた桃花の動画。それらがあるから団長は洞窟の中に入ることをそれほど優先していなかった。というよりも、オーラを纏ったキングコブラなど、現在中に入ったとしても見ることの出来ない貴重な情報が動画にはあるためそちらの方が今は価値が高い。
「(あの動画のおかげで団長だけでなく外もどうにか抑えられている。まさか彼はそこまで考えていたのでしょうか……)」
世界初の情報、しかもダンジョンの秘密が分かるかもしれない情報がその遺跡に眠っているかもしれないともなれば、世界中から調査団が押し寄せてくるのは当然の流れである。
ここが学園都市的な側面を持つ島であるため、学生の安全を考えて無関係な人々は入島させない仕組みにはなっているが、何事にも限度はある。中に入れろと物凄い抗議が殺到している上に、授業の手伝いをするから入れろだなんて搦手を使ってくる人も居る。Sランクの人物までも訪れようとしているだなんて噂もあるくらいだ。
それが水際でどうにか食い止められているのは、ダイヤ達が残した動画の影響が非常に大きい。それが無ければ戦争になるのも厭わずかなりの無茶をして島に乗り込む人が続出しただろう。
「団長の言った通りでしたね」
「何のこっちゃ?」
「貴石ダイヤは泳がせた方が新発見をするだろう、という話です」
「それな。実はちょっとばかし失敗したんや」
「え?」
狙い通りにとんでもない情報を見つけたというのに、一体何が不満だと言うのだろうか。
「もっと監視を厳しくしとけば一緒に洞窟に入れたっちゅーこと」
ダイヤが最も危険なのは森の中の廃屋で生活している時間帯であり、それ以外は校内やダンジョン内にいるため外部からの刺客に襲われる可能性は低い。ゆえに監視兼ボディーガードは森だけにしてあったのだが、その結果、洞窟に急ぐダイヤに追いつけずに美味しい情報を共に得るチャンスを失ってしまったのだ。
「ですがそれだと彼が嫌がるのでは?」
「ないない。そりゃ露骨にチラ見えしてたらなんか言ってくるだろうけれど、離れた所で監視するくらいなら気にするタマじゃあらへんよ」
「そんなものですか」
むしろダイヤは守ってくれてありがとうとすら思うかもしれない。プライベートが見られることをあまり気にしないタイプだということを俯角は分かっていた。
「いっそのこと副団長がそのおっきいので誘惑して彼のハーレム入りしてくれればええんやけどな」
「私の胸は安くないですよ」
「ぐへへ、いくらかいな」
「団長の全財産の十倍ですね」
「買った!」
「団長が買ってどうするんですか……」
「そりゃもう、ぐへへ」
「はいはい。買ってから言ってくださいね」
考察厨にしては珍しく身の無い会話に興じるのは、扉が開かないストレスから逃避するためだろうか。
「そういえば今ので思い出しましたが、結局例の動画をいくらで売り付けたんですか?」
「彼が無償で提供してくれたものを売るだなんて酷い真似出来る訳あらへん!」
「で、いくらですか?」
「…………こんくらい」
「うっわ」
あまりにも法外な値段に副団長は思わずドン引きしてしまった。確かにそれだけの価値があるかもしれないが、団長が言っていたように善意でタダで貰ったものを超高額転売するとか鬼畜の所業である。
「か、勘違いしないでよね!別にお金が欲しくて売ったわけじゃないんだからね!」
「気持ち悪いです」
「ひどっ!」
「それに分かってます。厳しい対価を求めることで彼が軽々しく何でも言うことを聞くような人物ではないって外部にアピールするためなんでしょう?」
「せやな。あの子は超お人よしだから、頼まれたらなんでもやってしまいそうや。あの動画も私達のために撮ってぽいっと渡してくれたしな。洞窟攻略に集中せいっつーねん」
「それをあなたが言いますか」
「私らはええんよ。それが生きがいみたいなもんやから。でも彼は違うやろ」
「…………そうですね」
ダンジョンの秘密を解き明かそうだとか、考察が楽しいとか、ダイヤはそういうタイプではない。そんなダイヤに外部の人間があれもこれもお願いして、自分が本来やりたいわけでは無い仕事にてんやわんやになってしまったら彼の自由が奪われてしまう。それはダイヤの自由奔放さから生まれる新発見を阻害することになるし、そもそも俯角は想像を絶するほどの情報を沢山くれたダイヤにかなりの恩を感じているため不自由にさせたくない。
それゆえ俯角はダイヤから動画を超高額で買い取ったということにして、それを更なる高値で転売し、ダイヤは高いぞ、と周囲にアピールして牽制したのだ。
「で、そのお金はどうしたのですか?」
「…………あの壁画の意味ってなんやろな」
「もっと普通に誤魔化せないんですか?」
「出来ない」
「ドヤ顔で言われましても。まぁ良いですが、貴方の事だから間違った使い方はしないでしょうし」
「てれてれ」
「ふん!」
「あ、こら!耳を引っ張るな!」
情報のためなら何でもする。それこそ犯罪行為すら辞さないと言われている『明石っくレールガン』も、二人の様子を見ていると微笑ましい学生クランにしか見えなかった。もちろんそれは彼女達がダイヤの味方というポジションであり、しかもダイヤの自由こそが大事だと考えているからそう見えているだけである。表には見えない面、例えば森でダイヤを陰から守っている人物など、金を貰えればどんな仕事でも請け負うという、本来であれば学生が集まる島になんか入れたら大問題になるような悪名高い人物だったりする。
油断して近づこうものなら、骨の髄までしゃぶりつくされて破滅すること間違いない相手ということを決して忘れてはならない。
「それと、壁画の意味ならもうあなたには分かっているのでしょう?」
「しくしく、耳がもげちゃった……分かっているも何も答えが無いからなんとも言えへん」
「確かに答えが無ければ何を考えても妄想の域を出ませんね」
これが他にも様々な文献があり、合わせて考えられるのならば話は別だ。そもそも遥か昔の出来事はそうやって読み解いてきたのだから。だがダンジョンに限っては長い歴史も他の文献も何も無い。世界に一つだけの壁画だけで正解を導き出せというのは無茶な話だ。
「ちなみにその妄想の内容を聞いても良いですか?」
「終末論」
「やはりそうなりますか」
「あんな頭の狂った連中と同じことを言いたくはないんやけどな」
ダンジョンの出現は人類の滅亡を意味している。魔物達はいずれダンジョンから出て来て人類を駆逐するだろう。今からでも遅くない、神に祈り許しを請うのだ。
などと言い出した人々が少なからず存在する。
それでただ祈るだけなら良いのだが、金集めの道具としたり、本気で恐れ祈るだけで仕事をしなかったりと社会問題になっている。
「団長は彼らとは違います。狂ってはいますが」
「ひどい!というか、狂ってるならおっぱいちゃんの方が酷いと思う」
「うふふ。ご冗談を」
「橋を爆破して外部から人が来れないようにすべきって提案したのは何処の誰だったかな?」
「そうすればゆっくり調査出来ると思ったからです。普通ですよね?」
「私が止めなかったら本気でやってたでしょ」
「うふふ」
橋が潰れたら四方八方から船での上陸を狙われるから面倒だと説得した俯角の大ファインプレーである。
「まぁ狂ってようが狂ってなかろうが、滅亡しちゃったら終わりやけどな」
「壁画に描かれた丸い物体が攻めてくるのでしょうか?」
「アレは比喩だと思うで。でないと赤黒いオーラの謎が解けん」
「例のオーラも滅亡に関係していると?」
「せや。オーラ、壁画、洞窟出現、精霊使い、そして貴石ダイヤ。全部繋がってる」
もしも俯角の考えが正しいとなると、世界の生存はダイヤにかかっているということになる。
「彼は何か知っているのでしょうか?」
「あの反応は白やろ。あれで演技だったら大したものや」
「だとするとやはりこれ以上の情報は洞窟の中に入ってから入手するしかないということになりますね」
「せや。だからこうして学校にも行かずに急いで調査してるってこっちゃな」
「不良生徒ですね」
「お互い様や」
だがもしもこの先、どうしても洞窟の中に入れないとなれば
だがその感覚は大きく外れ、今より数時間経たないうちに扉が開かれ、歓喜のままに彼らは洞窟に雪崩れ込むことになる。
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