102. 間に合わなかった者達 精霊使いクラスver

「は?桃花ピンクが噂の洞窟に突入?なんだこれ?」


 その時、取巻とりまき 蒔奈まきなは自室でダイヤから渡されたクラン一覧を見ながらどのクランに入るかを検討していた。

 彼女は咲紗の取り巻きではあるが、ゴールデンウイークも全て咲紗と一緒にいるというわけではない。というかそこまでされたら咲紗がウザイと思うだろう。今日は彼女達はそれぞれ自由行動をする日となっていた。


「なんだよ、噂のこと知らないのは私だけかよ」


 SNSではクラスメイト達が事態を把握してすぐに動き出していた。何のことだかさっぱりな蒔奈だが、探索モードに急いで着替えてSNSで流れて来た洞窟へ向かうことにした。


「この洞窟って合宿で偽お嬢と会ったあそこか」


 幸いにも洞窟の場所は知っているところだったため迷わず向かうことが出来る。ただ問題はそこへと向かうバスがこの時間は運航していないことだ。バス停でそのことを知った蒔奈は渋い顔になって考える。


「足が無いならしゃーないな。皆も協力してるみたいだし、任せて戻るか」


 SNSを確認すると、クラスメイトが友達や知り合いの先輩や教師に声をかけてくれている。どうやって洞窟まで向かう気なのかは分からないが、これだけ協力者がいれば大丈夫だろう。


 蒔奈はそう自分に言い聞かせるようにしてバス停から去った。


「しっかし桃花ピンクも無茶するな。いくら友達のためとはいえそこまでするかね」


 バス停に移動するまでの間に咲紗や萌知に個人的に連絡して噂の内容を聞き出していた。どう考えても胡散臭さしかなく、洞窟には結構な危険が待ち構えているであろうことは素人判断でも分かった。


「私は友達のために体を張るなんて無理無理。そういうのは仲間想いなやつらに任せるよ」


 どうせ何かをするにしても裏方で良い。咲紗のところにでも赴き、知り合いに声をかける手伝いをするのが性に合っている。そうしてすべてが終わるのを待っていれば良い。なぁに心配する必要なんて無いさ。


「あの変態がいるんだ。なんとかなるだろ」


 イベントダンジョンで男を魅せたダイヤが関わろうとしているのだ。桃花に何かあっても颯爽と助けるだろう。




「なんて思ってるのに、どうして私は全力で走ってるんだろうな!」




 危険になど近寄りたくないだなんて思いとは裏腹に、蒔奈は全力で洞窟に向かって走っていた。足が無いと分かった直後から、まったく迷うことなく走り出した。


「まったく意味が分かんねぇ!」


 などと叫ばなければ恥ずかしくてやってられなかった。桃花やダイヤがあまりにも心配で居ても立っても居られなくなっているなど、自分らしくないから。


 自分がこんなにも『精霊使い』クラスを気に入っていて、あの合宿が心から楽しくて、咲紗の取り巻き役とかどうでも良いと思い始めていて、ずっと隠していた本当の自分が表に出て来てしまっていることが恥ずかしかった。


「貴石の野郎、私をこんなにした責任を取れよな!お前のクランに入って絶対に弄り倒してやる!」


 不条理な八つ当たり。そんなことは分かっている。

 

 ただ、ダイヤのクランに入る理由付けが欲しかっただけ。


 ダイヤのことは恋愛的な意味では好きでは無いが、ダイヤの近くにいれば高校生活が楽しくなることをもう知っているから。


「だから絶対に桃花と一緒に無事に帰って来い!」


 おそらく自分は間に合わないだろう。そんな予感がある。だから走りながら蒔奈はそう強く願った。


ーーーーーーーー


「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!な、なんつー人の量だ!」


 蒔奈が洞窟前に辿り着いた時、そこは人だかりになっていた。


「知らねぇ人ばかりだ。先輩や先生に……お、アレは貴石の女じゃん」


 いんの姿を見つけた蒔奈だが、特別知り合いというわけでもないし、しかも妙に荒れている様子だから近づくことは止めた。


「クラスのやつらはいねぇのか。まさか私が一番だなんてな」


 なんてことを言ったら近くで聞き覚えのある声がした。


「なんだこの人の量は!?」

「おお、剣じゃん。どうやらこれ全部があいつらの救援部隊らしいぜ。私もさっきついたばかりだから何がどうなってるのかさっぱりだが」

「取巻が先だったか。じゃあ近くの人に聞いてみるか」


 コミュ強な藍子は見知らぬ近くの先輩に話しかけて状況を確認した。


 すると洞窟内にダイヤが入ったというメッセージが残されてはいたものの、彼らがここに来た時には洞窟内には誰も居なかったらしい。ただし、異常に大きなエネルギーをこの付近で観測したため、何かが起きたのは間違いないということで周辺を調査しているというのが現状だった。


「間に合わなかったか。私の剣が役に立つと思ったのだが」

「活躍のチャンスが無くて残念だったな」

「そんなことはどうでも良い。彼らが無事であることの方が重要だ」

「…………だな」


 その無念はあくまでも仲間を案じてのもの。そしてその想いに突き動かされてここまでやってきたのは彼女だけではない。


「とうちゃくわーん!」

「どうなったかにゃん?」

「お前らダンジョンの奥にいたんじゃなかったのか?やけに早く着いたな」

「全力だーっしゅ!」

「速さなら負けない」


 基礎ステータスならば犬猫コンビが『精霊使い』クラスの中で圧倒的に一番だ。スタート地点が遠かろうがハンデにすらならなかった。


「でも道に迷ったから遅れたわん」

「洞窟の場所分かりにくかったにゃん」

「(ああ、それで私が一番に着いたのか)」


 取り立てて身体能力が高いわけでも、スタート位置が近いわけでも無かった蒔奈が何故クラスで最初にここについたのか。それは彼女が洞窟の場所を知っており、迷わず一直線に進めたからだった。


「(私よりも先輩達の方が早かったのは、身体能力の差か、個人的な乗り物とかでも持ってるのかな)」


 ゆえに最初に連絡を受けたと思われる『精霊使い』クラスの面々よりも、後から知った彼らの方が先に到着していたのだろう。いんなどの同級生が先だった理由までは分からないが。


「何だコレ!?」

「ケッ、人だらけでうぜぇ」

「すっごい人だね咲紗」

「そうね。声をかけたかいがあったわ」

「ぶるぶる、人怖い……」


 そうこうしているうちに、クラスメイト達もどんどん集まって来た。全員息を切らせていたので、走って来たのだろう。


 蒔奈と藍子は彼らに状況を説明する。


「そう、間に合わなかったのね」

「桃花平気かなー」

「ケッ、心配かけさせやがって」


 桃花達のピンチに間に合わなかったことを知り、一様に落胆する。


 何が出来るかは分からない。

 恐ろしい敵が待っているかもしれないと思えば足が竦んでしまう。


 だがそれでも彼らは仲間の為にとここまで来た。『精霊使い』クラスの結束は、すでに一年生全てのクラスの中で最も固いものとなっていた。


「あれ、そういえば夏野さんがいないわん」

「常闇君もだにゃん」


 無口で存在感が薄い茂武と易素は既に到着している。

 朋はダイヤと一緒に洞窟に突入したと伝言があった。


 だが向日葵と暗黒についてはSNSでも反応が無く音沙汰が無かった。


 暗黒については反応が無いのも分かると咲紗は思う。


「常闇が連絡無いのはいつものことでしょ」


 合宿後にSNSで何度かクラスで話をしても、暗黒は決して投稿しなかった。


「私達と距離を置きたいっぽいよねー」


 そう萌知が言うように、クラスメイト達は暗黒との間に視えない壁を感じていた。ゆえに彼だけはクラスメイトがピンチであっても反応しなくてもおかしくないと思ってしまっていた。全てを知った後に驚き、考えを改めることになるのだが。


 問題は向日葵の方だ。


 咲紗は彼女について思い当たることがあった。


「そういえば夏野さんはダンジョンで金策に励んでたわね」

「私もそれ見たな。やっすい素材集めてた。あんなん小遣いにもならねーって思った記憶があるわ」

「じゃあなんだ。彼女はお金欲しさにあの噂に騙されてしまったとでも言うのか!?」


 そんな馬鹿なと憤る藍子だが、SNSの使用頻度が高い向日葵から何も返事が無いことを考えると、巻き込まれている可能性はありえてしまう。もちろん寝ていて気付かなかったなどという可能性もあるが、彼女が金策をしている場面の目撃情報と合わせると嫌な予感をせざるを得ない。


「夏野さんのことを詳しい人っている?」


 咲紗のその質問にクラスメイト達は俯き黙ってしまう。


「しゃーないだろ。いくら仲良くなったって言っても、まだ私達は出会ってから一か月も経ってねーんだ。踏み込んだところまで話をする程じゃないだろ。それにそういうのはタイミングってのもあるしな」


 家族同士の付き合いが求められる婚約者でもなければ、ただの友達相手に重いバックグラウンドを話す機会なんてまずないだろう。秘密にしているわけではなく、あくまでもきっかけが無かっただけ。それは普通にあり得ることだ。


 向日葵が金銭的な面でどれほどの問題を抱えているか。


 彼女が隠したかったのか、それともきっかけが無かっただけなのかは分からないが、知らなかったことを悔いる必要など全くない。


「そんなことより先のことを考えようぜ」


 ゆえに蒔奈はそんな無駄な思考に時間を費やすのではなく、今の問題を解決するために何が出来るか考えようと提案した。その言葉にクラスメイト達はようやく顔をあげた。


 出来ることと言えば、周辺の調査に協力することと待つことくらいか。あるいは噂の出どころを調査するなんて方法もあるかもしれない。


 肝心なところでクラスメイトの危機に間に合わなかった彼らは、それでもまだ出来ることがあるのではと考え行動するのであった。

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