20. 【ボス戦】おしおきなんてされてたまるか!
「おかしい。何で見つからないんだろう」
「
彼女が指輪を失くしたとしたら、マッドフロッグの攻撃を受けた後に移動した場所だ。
特に沼地の中は限定的な場所にしか入ってないため、その辺りを中心に探していた。
「あるいは、沼地から出て戻る途中に落としちゃったとか」
そうだとすると、どの道順で帰ったかを知らないダイヤには探す術が無い。
それに仮にその道順を教えて貰ったとして、真っ暗な森の中で草木や落ち葉で一杯な地面の中から小さな指輪を探すのは絶対に無理だろう。
せめて物を探す魔法でも使えればと思うのだが、残念ながら素材や魔物などのダンジョン関連の物を探す魔法しか存在しないとされている。
「そろそろタイムアップか。残念、大変だけどまた後で探そう」
ダイヤは一旦沼地から外に出て、体を伸ばしたりストレッチをする。
ずっと同じような体勢で探していたから、色々と凝り固まってしまいそうだったのだ。
このままではこの先の
ダイヤは知っていた。
この沼地で24時間マッドフロッグを倒し続けると何が起きるのかを。
知っていて、それが起きるのを待っていた。
「お、始まったね」
沼地がまるで潮が引くかのように後退して行く。
引いた沼は沼地の中央部に集い、徐々に盛り上がって行く。
「今だ!」
沼が引き、無くなったところは剥き出しの地面だ。
もしも指輪が底にひっかかっているのなら、今なら目視で見つかるはずだ。
完全に引き切る前にと、ダイヤは慌てて指輪が落ちたであろう場所に移動し、目を凝らした。
「う~ん……」
その間にも沼はどんどんと中央に集まり巨大な形を取ろうとしている。
それが完成する前に見つけなければならない。
だが。
「ダメだー、見つからない。泥の中に入っててあっちに行っちゃったみたい」
見つからなかった。
慌てて探したから見つかっていない可能性もあるが、泥が引いた時に一緒に連れてかれた可能性もある。どちらにしろ普通に手探りで探しても見つからないから、沼が引いた一瞬の隙を狙って地面を探しそれで見つかったらラッキー、くらいの感覚だったから仕方ない。
「逃げ道は……無い」
いつの間にかドーム型の障壁が生まれ、ダイヤがその場から逃げられないようになっていた。
そして全ての泥が一つにまとまり、巨大な蛙の姿を取ったのだった。
「おしおきマッドフロッグ。悪いけど、おしおきされるつもりは無いからね!」
ダンジョンでは特定の条件下で出現する強敵が存在する。
一定時間同じ場所に留まる。
同じ魔物を狩り続ける。
同じ素材を採取し続ける。
特に同じ行動を繰り返すと出現するケースが多く、出現する魔物はボス級の強さを誇る。
茶封粘土が収集可能な泥の沼地。
このダンジョン以外にもいくつかあるそこは、24時間連続で狩り続けると巨大なマッドフロッグが出現することで有名だった。そんなに長い間ここにいるんじゃないよと怒っているのではないか、という想像からつけられた俗称が『おしおきマッドフロッグ』。
途中でこの場所から離れて一晩時間を空ければ累計時間はセットされるのだが、ダイヤは沼の下の地面を確認するためだけに敢えて出現させたのだった。泥沼が移動することで泥沼の中にあるかもしれない指輪が移動してしまいおおよその場所すら分からなくなってしまうが、かなり長時間探し続けて見つからなかったのだからあのまま続けても変わらないと思っていたのでそれは気にしていなかった。
「ふぅ……」
ダイヤは軽く息を吐き、自分の数倍以上の高さのマッドフロッグが動くのを待った。
おしおきマッドフロッグはダイヤをじっと見つめると、口から大量の泥をダイヤに向かって吐き出した。
「うわわ!」
普通のマッドフロッグが吐く泥とは量が明らかに違い、もしまともに喰らってしまったならば泥に覆いかぶされて身動きが取れなくなってしまうだろう。慌てて右へ走ってそれを回避した。
だがおしおきマッドフロッグの泥吐き攻撃は一度だけでは無かった。
「うわわ!うわわ!うわわわわ!」
連続で泥を吐き飛ばされ、ダイヤは必至で走り続けてそれを回避する。
一度でも当たってしまったらアウトだ。
幸いにも泥が吐き出されるスピードはそれほど速くないため、吐き出される方向をしっかりと確認して走れば当たることは無さそうだ。
「これは……中々にしんどいね」
おしおきマッドフロッグの連撃が全く止まず、常に全力疾走を強いられている。
しかもただ走るだけではない。
泥が吐き出される位置を調整しながら考えて走っているのだ。
「(なるべく足場を残さなきゃ)」
泥が飛んでくるということは、それが落ちた所は泥塗れになるということだ。
そこに足を踏み入れたら、走るのが難しくなるだろう。
それゆえ、走れる足場が残るように、なるべく逃亡防止ドームの
「(しんどいけど、これだけならなんとか。でも問題は……)」
一分程度続いた連射が止まると、おしおきマッドフロッグの身体が大きく震え出した。
「(来る!)」
そしてその巨体が大きく飛び、ダイヤを押しつぶそうとして来た。
「~~~~!」
これまで以上に全力でその場を離れ、そしておしおきマッドフロッグが着地するタイミングを見計らてダイヤはジャンプした。
ズウウウン。
重く響く音と共に地面が大きく揺さぶられ、まともに立っては居られない。
それどころか振動が体に伝わり大ダメージを受けてしまう。
そのことを知っていたからダイヤは飛び、そのダメージを回避したのだ。
だがダメージを受けなくとも着地した時に大きな揺れはまだ残っている。
そこで中途半端にバランスを崩して倒れてしまったら、泥吐きの格好の的だ。
「(ここでわざと転ぶ!)」
ゆえにダイヤは走り飛んだ勢いのまま敢えて転び、そのままゴロゴロと横回転して移動した。
「(そしてこの回転の勢いを使って立つ!)」
地面の揺れが収まったタイミングを見越してさっと立ち上がると、おしおきマッドフロッグが泥吐き攻撃を仕掛けてくる直前だった。
「(よし、間に合った)」
再びやってくる泥吐き連射攻撃を、また誘導しながら避け始める。
「(これを三十分も続けるのか。しんど)」
おしおきマッドフロッグの撃破条件はおよそ三十分間逃げ続けること。
泥を吐くことで徐々に体が小さくなり、最終的に元の沼地に戻るのだ。
普通に倒せなくはないが、Bランクレベルの強力な魔法が必要であり、初級者にはまず無理だ。
「(でも簡単には負けないからね。体力には自信があるんだから)」
最弱職のダイヤが一番自信があること。
それは体力だった。
小さい頃から技を鍛え、勇気を育て、弱い魔物やドロップアウトしたEランク教師崩れ相手には無双出来るが、そんなものはスキル社会ではほとんど役に立たない。半年も経ち、探索慣れしたEランク一年生相手に『決闘』したら手も足も出ずに負けてしまうだろう。それほどに職業の差、スキルの差というのは大きいのだ。
強さも、賢さも、勇気も、自分より優れた人は沢山いる。
だが体力だけなら誰にも負けない自信がある。
幼い頃から今も毎日ずっと続けている体力トレーニング。
それがダイヤにとって他人に誇れる『努力』の成果であり、自信の源の一つ。
ひたすら全力で逃げ続けろだなんて、ダイヤにとっては朝飯前だ。
「(このまま逃げ切って、また指輪の探索に戻らせてもら…………え?)」
しかし神のいたずらか、何者かの意思によるものか、はたまた偶然か。
ダイヤは気付いてしまった。
おしおきマッドフロッグのお腹。
丁度自分の手が届く高さの辺り。
「(指輪見つけた!)」
延々と探し続けて見つからなかった失くしものが、このタイミングで見つかったのだ。
そうなると話は別になる。
ただ逃げ続けるだけというわけにはいかない。
もしこのまま放置しておしおきマッドフロッグが沼地に戻ってしまったのならば、あの指輪がどこに行ったか分からなくなってしまう可能性が高いのだ。
指輪を手に入れる最大のチャンスがやってきた。
「(でもどうやって近づけば!)」
おしおきマッドフロッグは絶え間なく泥を吐き続け避けるだけで精一杯だ。
かといってジャンピングボディアタックは威力が高すぎて丁寧に受けないと一瞬でゲームオーバーとなってしまう。
おしおきマッドフロッグに近づいてあの指輪を入手するタイミングが見つからない。
しかし悩んでいる間に、指輪はおしおきマッドフロッグの奥へと移動してしまい見失うかもしれない。
「(どうする。どうする。どうすれば良い)」
必死に頭を回転させ、おしおきマッドフロッグに近づけるタイミングが無いかを考える。
連射の合間に近づくか。
しかし近づくということは至近距離で泥吐きを喰らうことになり、避けるのが困難になる。
それならジャンプ攻撃の後を狙うべきか。
しかし地面が揺れて移動し辛く近づくのは容易ではない。
そうこう考えているうちに、指輪がおしおきマッドフロッグの奥へと入ってしまいそうな動きを見せた。
「(仕方ない!)」
これ以上、悩んでいる時間は無い。
ダイヤは連射が止んだタイミングを狙っておしおきマッドフロッグに突撃した。
「おおおおおおおお!間に合えええええええええ!」
そして勢いよく右手をおしおきマッドフロッグに突き刺した。
その瞬間、おしおきマッドフロッグが大きく震えて飛び上がろうとする。
今から逃げても逃げきれずに押しつぶされてしまう。
「(それなら逃げない!)」
要はおしおきマッドフロッグに押しつぶされず、おしおきマッドフロッグが着地した時に地面から足を浮かせて居れば良いのだ。
「ぐっっっっっっっっ!」
ダイヤは全身に力を入れておしおきマッドフロッグの身体を掴んだ。
しかし泥であるその体は掴もうにもボロボロと崩れてしまう。
だからダイヤは泥では無く水だと思うことにした。
当然並大抵の力では成しえない。
必死に両手を
顔が泥に埋まってしまい息も出来なくなるが、そもそも必死に歯を食いしばり全力で泳いでおり息なんて吐く暇が無い。
ダイヤの必死の泳ぎは成功した。
おしおきマッドフロッグが飛び上がると、ダイヤはその体にくっついて空を飛んだ。
このまま地面に着地し、それからおしおきマッドフロッグと距離を取れば良いだろう。
しかしダイヤは失敗した。
魔物はあらゆる情報を調べ尽くされているとは限らない。
特におしおきマッドフロッグのように限定的な条件で発生する魔物は、調査不足の可能性があるのだ。
ダイヤはおしおきマッドフロッグの倒し方についてもちろん知っていた。
だがそれは他人が調査した結果を覚えているだけに過ぎない。
その調査結果に漏れがあったとしたら、ダイヤにとって最悪な展開になってしまうかもしれない。
もちろんダイヤはその危険性に気付いていた。
そして予期せぬことが起きても大丈夫なようにと警戒はしていた。
だが指輪を探すために無茶せざるを得ない状況に追い込まれては警戒する余裕が無かった。
そして最悪にもその警戒を解かざるを得なかったタイミングでそれが起きてしまった。
おしおきマッドフロッグが地面に着地する。
その瞬間。
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
ダイヤは物凄い勢いでおしおきマッドフロッグの身体から弾き飛ばされ、地面を数度バウンドしてから逃亡防止フィールドに叩きつけられた。
「かはっ!」
おしおきマッドフロッグの押しつぶし攻撃。
それは大地を激しく振動させてダメージを与えるだけではなく、おしおきマッドフロッグの身体からも強烈な振動波が生成され、近くにいる者を弾き飛ばす効果があったのだった。
「ぐっ……あっ……」
強烈に背中を打ち付けたのと顔中が泥塗れなこともあり息が出来ず、あまりの痛みに視界がぐらつき、意識を失ってしまいそうだ。
体が悲鳴をあげ、全身が痺れたかのようで指一本動かせそうにない。
このままだと泥吐き攻撃が飛んできて、泥に埋もれてジ・エンドだ。
「(早く……逃げないと……)」
だが体が動いてくれない。
必死に力を入れようとしているのに、何も反応してくれない。
着地したおしおきマッドフロッグが体勢を整えてダイヤに狙いを定めた気配がする。
「(ぜったい……に……負けて……たまるか!)」
その気持ちがダイアの意識をクリアにした。
しかしそこまで。
意識がはっきりしようにも、衝撃波をまともにくらった体は痺れているかのようで動いてくれない。
「え?」
焦るダイヤの眼に入ってきたのは、逃亡防止フィールドの外の風景だった。
これまでおしおきマッドフロッグと戦うことで精一杯で、外の様子など全く意識していなかった。
フィールドギリギリのところで横になっていることもあり、今になって初めてその様子が目に入った。
「(……!……!)」
フィールド外の音は中には入ってこない。
だがダイヤにはその音が伝わった気がした。
その想いが伝わった気がした。
必死に、激しく、ダイヤを起こそうと、フィールドを両手で何度も叩きつけるその姿を見れば明らかだ。
「猪呂……さん……」
彼女の姿を認識した瞬間、ダイヤの身体に熱が籠った。
当然だ。
好きな女が傍にいるのにみっともない真似が出来る訳が無いのだから。
「おおおおおおおお!」
ダイヤは強引に体を起こそうとするが、吐き出された泥がすでに目前まで迫っていて立ち上がる時間的余裕はない。
そのためダイヤは少しだけ体を起こした後に地面を強く蹴って横っ飛びで強引にソレを躱した。
「はは……やれば出来るじゃん」
猛烈に悲鳴をあげ、動かすのを拒否していた体が自由に動く。
「絶対に負けない!」
気分が高揚し、今なら何にだって負けない気がする。
思考は最高に鮮明で、飛んでくる泥がスローモーションのように見える。
というのは大げさだが、余裕を持って避けることが出来る。
「さあ来い!打って来い!僕はここだぞ!」
調子にのって煽っているようだが、わざと沢山撃たせている。
おしおきマッドフロッグは泥を吐けば吐くほど体が小さくなるからだ。
そしてある程度の大きさになると泥の沼地に戻り、そこまでの時間がおよそ三十分。
もしも吐く量が増えれば、もっと早くに終わる可能性がある。
厄介なのは泥吐きよりも押しつぶし攻撃。
その回数をなるべく減らすための策だった。
挑発の効果があったのか、おしおきマッドフロッグは泥吐きのペースをあげてこれまで以上に連射してくるようになった。
「はぁ、はぁ、いいぞ、もっと、もっとだ!」
これまでずっと走り続け、とびかかり攻撃でのダメージを負っているダイヤは流石に息が切れてきた。一方でおしおきマッドフロッグの体積は最初の頃よりも半分以下になっていて、終わりが見えてきた。
「(くそぅ、足場が少ない!)」
おしおきマッドフロッグの攻撃を誘導して足場を残すようにしていたが、流石に終盤になると無事な足場が少なくなってくる。しかも外側から泥で埋めるようにしたため、その無事な足場はマッドフロッグに近い場所ばかりであり、近距離からの泥吐き攻撃を避けなければならない。
「う゛……まだまだ!」
腕に泥が掠ったが気にせずに走り続ける。
耐えて耐えて耐え抜いて、最後の最後で負けてしまうだなんて最悪だ。
残る力を振り絞り、全力で走る。
しかし。
「(逃げ場が無い!)」
おしおきマッドフロッグの押しつぶし攻撃。
小さくなったマッドフロッグだが、まだダイヤの身体よりは大きい。
しかもジャンプして逃げようにも、周囲は泥だらけで避ける先が無くなっていた。
「まだだ!」
それでもまだ諦めるわけにはいかない。
ダイヤは泥のある方向に向かって飛び、全身を再度泥塗れにしながら押しつぶし攻撃を転がり避けた。
このままでは起き上がれたとしても、泥に足を取られて泥吐き攻撃を避けられない。
「な~んてね」
だがダイヤは起き上がるとスムーズに走り出した。
おしおきマッドフロッグに向かうように前に走り、泥吐き攻撃を潜るように避け、地面に泥が無い場所に辿り着いてからは左右に避け出した。
なんてことはない。
ほぼすべてが泥で埋まっているように見えて、泥が薄く大して足を取られない場所もあったのだ。
ダイヤは逃げながらもフィールド全体の泥の様子をしっかりと把握し、いざという時の逃げ場所にしようと考えていたのだった。
「ここまで来たら一気に終わらせる!」
おしおきマッドフロッグの身体はかなり小さくなっている。
ここからはこれまで一方的にやられた鬱憤を晴らす時だ。
「おおおおおおおお!」
ダイヤはもう逃げずにおしおきマッドフロッグに向かって突撃した。
そしてその体に手を差し込むと、全力で泥を掻き出した。
「ぐっ……うるさい!」
そのダイヤに向かっておしおきマッドフロッグは泥を吐くが、もう吐く量も減ってきている。この程度なら全然耐えられる。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ~!」
掻いて掻いて掻いて掻いて、おしおきマッドフロッグの身体はどんどんと小さくなってゆく。
そして。
パァン!
と小さな破裂音を残し、おしおきマッドフロッグは全身を元の単なる泥へと変えたのであった。
「勝ったああああ!」
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