第6話 初心者ダンジョンvr2 憧れは原動力



 あの二人、危なっかしくて心配だ。

 さっきも熱球花に食べられてしまいそうだったし。すでに最適化されている、魔物の倒し方も知らないようだった。

 本当に大丈夫かなぁ? すごく若いって言うか……どうやら学生のようだし。家に帰した方がいいかな?


 なんだか随分と燃えている二人に、私はついていく。


「見て蒼、トカゲが屯してる」

「あれ、なにしてるの?」


 二人が視線を向けた先で、エリマキトカゲが巨大な熱球花の前でお腹を見せながら、日光浴をしていた。

 彼らは上手く距離をとっており、食われている個体はいないようだ。


 気持ち良さげに目を細めている魔物たちは隙だらけ。だがあそこに飛び込んでいけるのは、初心者ダンジョンvr2の他に、二、三個以上のダンジョンを攻略した攻略者たちだろう。

 少なくとも、一般人と変わらない元気さんと蒼さんが『うおーッ』と行っていい場所ではない。

 あれに突っ込んで行くようなら流石に止めたけど、その必要はないようだ。


「トカゲの顔を見てご覧、よく見れば愛らしいじゃないか」

「カガリさん。あれ、何してるんですか」


 説明を求めてくる顔は、雛鳥ひなどりのように可愛らしい。

 私は彼女達のそばにある、岩に腰掛ける。


「エリマキトカゲの顔の周りには、エリがあったよね? その一番外側に光る玉があったと思うんだけど、あれがビームの撃てる回数だよ。そしてそのビームを打つためには熱が必要らしくてね。ああやって熱球花から熱を吸収しているみたいなんだ」


 これは『香奈美さんの攻略ページ』を見れば、しっかりと載っているらしい情報だ。

 私も他の攻略者達から聞くまでは知らないかったけど、知ったからには、知識を後輩に伝えてゆかねばね。


「ちなみに、彼らはあまり視力が良くないようなんだ。目からビームする弊害かな? うふふ。なんだか可愛いよね」


 :かわい……くはないって顔してるな

 :大丈夫正常だ。

 :カガリくんはなんでも褒めるから

 :草

 :目からビーム!


 ピュアな二人は私にこれでもかと言うほど尊敬の眼差しを向けてくる。

 わかるよ、気品と知識を兼ね備える私は最高に素晴らしいよね。

 取り出した鏡加工のケースを前に、私はポーズを取って見せる。


 美しい……。


 アキト:二人の適応力すごいな


「そうだね」


 アキト:こういう、いつもとは違う成長を感じる苦労ってのもいいよな

 こども:カガリにぃが脱線せず先生してるなんてびっくりだよ

 アキト:いや結構脱線してるだろ

 子供:こんなものじゃないね


「私は常に真面目だよ」


 子供:真面目にふざけるじゃん。タチ悪いって

 お姉さん:二人はトカゲ倒せそう?


「さぁ。それはやる気次第じゃないかな」


 アキト:応援するか?

 こども:応援届くかな?

 アキト:頑張れーーーーー!

 子供:がんばれー


 応援届くと良いね。


 アキト:画面の前に立つなよ見えないだろ!

 子供:囲めー!

 こども:囲めー!

 アキト:ひか

 アキト:邪魔だってばー!


 ふふ、みんな楽しそうで何よりだよ。



 蒼さんが私の言葉を反芻はんすうしながら、エリマキと影の方を見ながら目を細めていた。


「蒼、光る玉見える?」

「熱球花の光が強くてよく分からない」

「だよね〜。粒っぽいのは見えるけど……。追いかけられた時も怖い顔ばっかり見てたし。そこまで相手のこと見てなかった」


 情報の大切さを理解した二人は、自らの未熟さに気づいたように知識を蓄える。

 今は水を吸うスポンジのような状態だろう。

 相手を知り、自分を知れば、死亡率を下げることができる。いいね、心構えは立派な攻略者のようだ。


「二人は攻略者としての素質あるようだね」

「本当っ!?」

「元気、静かに」

「油断は大敵だよ」

「……はーい」


 観察すれば、爪は鋭く、手足の指の長さは全然違う。ツヤツヤとした鱗は大きくなるにつれて茶色から黒くなっている。

 尻尾がとても長く、しかし根本から切れている個体もいるようで、トカゲと同じような性質も持っていることがわかる。

 そんな会話を聞きながら、私は微笑ましげに彼女達を見つめる。


 若いってすごいなぁ。

 今日だけで二度も命の危機にあったのに、戦意が衰えることを知らないとは。


 ガラス加工された楽器ケースをしまうと、暇になった私はリコーダーを取り出す。そして、音楽を奏で始めた。


「えっちょ、ストップ! 今なの!?」

「カガリさんできれば魔物いないところで……!」


 :諦めロン

 :素敵な音楽癒される

 :演奏ターイム!!

 :トカゲ来るぞ逃げろよww


 命のかかってるダンジョン攻略者へのコメントじゃない言葉が並んでおり。少女たちは可愛らしい顔を強張らせながら、私の背中を押してくる。

 移動なら着いていくのに。……そんなに私に触れていたのかな。可愛らしい子達だ。



 元気さんが背後を確認しながら問いかけた。


「来てる?」

「多分来てない……けどなんか別の方向から来てる気がする……!」

「いいね。周囲に気配を配る――」

「分かれ道、どっちいく!?」


 戦うなら。


「左へ行こう!」

「ひ、左にしよ」


 どこからか、ドスドスとやって来ている魔物の足音が響いていた。明らかにエリマキトカゲの足音だ。

 彼女達がトカゲに好かれすぎていて、ある意味すごい。



 道は広がり、広い場所に出た。


「来てない?」

「たぶん」


 振り返った彼女達が武器を構える。

 そこへ、私たちが通って来た道を、ゆっくり歩いてくる足音が近づいてきた。私たちを追いかけて来ていた、トカゲの魔物だ。


「来てんじゃん!」

「来てた……!」


 さっきの半分くらいかな。

 私は演奏をやめて二人に笑いかける。


「頑張って!」


 積極的に新しいことを学ぶ姿勢は本物だった。意欲があるのも知っている。あとは実戦を繰り返すしかない。

 この先も戦うなら、変化に対応する力が必要だ。

 だけど、今は小さな一歩を踏み出す勇気を持ってほしい。それはこの先、どんなことにも挑戦していける力となるから。


「さっきのことを思い出せばきっといけるよ! 君たちは戦える!」


 ハッとした蒼さんが剣を抜く。



「や、やるよ、元気剣抜いて!」

「無理ぃいいい〜〜〜!!」


 盾を構えた元気さんが魔物を前に悲鳴をあげる。

 最初に支援するのは良くないと思ったけど、少しくらいなら……。


 トンと軽やかな足音がした。彼は音もなく魔物のそばで剣を鞘に収める。すると、魔物は黒霧となって消滅した。


「騒がしいと思えば。年端もいかぬ幼子が死ぬのを見てはおれぬ」


 いや、そんなに危なくなかったと思うけど……。

 武装や魔力を見るに、明らかに上位の攻略者だ。

 彼は私を一瞥すると、びっくりしたように二度見して来た。そして、一瞬でその姿を消してしまう。

 私の美しさに度肝を抜かれたようだ。


 アキト:うわぁああーー! なんかいた!

 子供:早かったね!

 こども:なに今の!?


 :草

 :初心者ダンジョンに強いやついた

 :かっけぇ!!

 :鬼の攻略者か。いたかそんなやつ?

 :なにしてんのww


 走って行った方を眺めていると、元気さんと蒼さんはキョロキョロとしながら私に駆け寄って来た。


「い、今の見ました!?」

「しゃべる鬼でしたよね!?」

「お面かな」

「そ、そそっ、そんな感じじゃなかったです! なんですか今の!? 助けてくれたんです……よね!?」

「私は何でも知っているようで、難しいことはあんまり知らないんだ」


 うーん、彼と会ったのは今日が初めてだと思うんだよね……。あんなに強い攻略者なら、会っていてもおかしくないと思うんだけど。

 質問を続ける二人の熱い視線に、嬉しさが込み上げてくる。


「困ったなぁ。私は全知全能じゃないから、知ってることと知らないこと、出来ることと出来ないことがあるんだよ」

「…………なんか、そこはかとなくウザい」

「しー」


 素直じゃないんだね。私に嫉妬する気持ちは大いにわかるよ。私も、自分自身の素晴らしさに胸をときめかせることがあるからね。


「情報なしか……。よく分からなかったけど、さっきの人、凄かったってことはわかったよね」

「うん。すごかった。いつの間にか魔物が消えてて、一瞬見えたと思ったら、あの人も消えて…………、私たちもあんな風になれるかな」

「蒼さんと元気さんの二人なら、弛まぬ努力の果てに、追い抜くことができると思うよ」

「やるぞーっ!」

「おー」


 元気を取り戻してきたようだ。

 二人の顔には、言葉に言い表せない感情が巡っていることが浮かんでいた。


 人間というのは単純で、憧れる目標を見た時、いてもたってもいられなくなる。

 そんな時こそイケイケゴーゴー!


「まずはあいつ!」

「熱球花。動かないんだったよね」


 さぁ、リベンジと行こうか。



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